1 舞姫
わたしを呼ぶ声がする。
闇に近い藍色のみなそこに、ぽうっと淡く輝くなにかが、少しずつ浮かび上がるように見えてくる。
近付くにつれ、巨大な岩があるのがわかった。輪郭を明瞭にしているのは、ぐるりとかけわたされたしめ縄だった。白い紙垂が水の流れにゆらめいている。
さざなみのような流れをうみだしているのは、ひとりの人魚だった。彼女自身が内側からほのかな光を発しているように見えた。
長い黒髪をふたつに編みおろし、装飾のない白い着物をまとい、桜色のひれが優雅にひらめく。しめ縄の岩を中心に円を描くように、すうっと泳いでは止まり、目を閉じて一心に舞っている。彼女が動きを止めるとき、手にしている銀の鈴が、しゃん、しゃん、と澄んだ音をたてた。三つの鈴は舞扇と同じようなものだろうか。
鈴についた紐のように細い白絹と、白い袖と、三つ編みが水中でたなびく。水の抵抗を知り尽くして舞う人魚の、もっとも美しい曲線は、流麗な尾ひれが描いていた。
彼女が、わたしを呼んでいる。
ぽうっと暖かな思いが灯る。同時に、はっとしたように、お神楽を舞っていた人魚が目を開けた。
『桜夜!』
鈴を持ったまま、顔を輝かせて、両手をさしのべてくる。懐かしい黒目がちな瞳が、とがめるように、嬉しそうに、にじんでいく。
『桜夜、待っていたのよ、わたくし、ずっと待っていたのよ……!』
泣かないで、お姉さま。わたしは、もう、どこへも行かない、ずっとそばにいる。
『……おかえりなさい』




