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「お婆様、只今戻りました」
お婆様と庭でお茶をしながら近況報告をする。
「半年見ない間にすっかり大人になったわ。試験はどうだったのかしら?」
「試験は残念ながら総合成績三位になってしまいました。もっと取れると思っていたのに残念です」
私は悔しそうに祖母にそう言うと、祖母はふふふっと目を細めて笑う。その後、祖母はその笑顔のまま私に聞いてきた。
「モア、あれから彼はどうなったの?」
「彼?」
「マティアス・レフト伯爵令息よ」
「マティアス様はとても素敵です。いつも紳士で私の知らないことを沢山教えてくれるのです。私、王都のレストランに初めて連れて行って貰いました。レストランって色々とメニューがあって王都名物?を食べたのですがとても美味しくて驚いたんです」
驚いた事や物珍しかった事など祖母に聞いてもらおうと張り切って話をしてはたと気づいた。
「お婆様、ごめんなさい。こんなに世間知らずで。マティアス様と一緒に街に行ってもらってようやく買い物の仕方も知ったのです。父やフルム兄様にはそれでいいといつも言われているのですが、付き合わされているマティアス様は大変かなって思うと……」
私は少し恥ずかしくなる。それを誤魔化す様にお茶を飲んだ。
「ふふっ。モアはいい子ね。それくらいで振り回されたなんて思っていないわ。もっと振り回したっていいくらいよ?マティアス・レフト伯爵令息は素敵な子なのかしら?」
「とても素敵で私には勿体ないくらいです」
すると祖母は私の言葉を聞いた後、侍女に何か指示を出したようだ。侍女が庭から出て行ったと思うとすぐに戻ってきた。後ろには彼の姿があった。
「お久しぶりです王太后様」
「マティアス・レフト、久しぶりです。学院での生活はどうでしたか?」
マティアス様が騎士の礼をしてから答える。
「充実した毎日を過ごしております」
「そう、良かったわ。ところでここに来た理由は何かしら?」
祖母はニヤリと笑いながら扇で口元を隠し、マティアス様を見ている。今日来る理由を知っているかのような素振りにも見えた。
扇子で口元を隠す祖母とは対照的にマティアス様はどこか緊張した面持ちというか、不安そうな感じが私まで伝わってくる程のものだった。
私はその二人の様子を見て不思議そうに首を傾げていると……。
「今日はモア・コルネイユ男爵令嬢に求婚の許しをいただきたく、こちらの離宮へと参りました」
マティアス様の言葉に私は驚いた。これ以上ないくらいに。祖母は先触れで知っていたに違いない。だからニヤニヤとしていたのだわ。
「あらあら。どうしようかしら?そうねぇ。コルネイユ男爵や夫君に許可をいただいたのかしら?」
「王太后様の許可を頂ければ問題ないと」
私は黙って二人のやり取りを見ている。
「シーラやダミアンはそう言ったのね。どうしようかしら?ふふっ。貴方はこの王太后グレイシアの掌中の珠が欲しいと言っているのよ?覚悟は出来ているのかしら?」
いつも優しい祖母が今日はどことなく意地悪な感じに見える。そして私は祖母に可愛がられているけれど、掌中の珠という程ではないと思うのよね。なんて考えていると。
「勿論です。全ての憂い事から彼女を守って見せます」
マティアス様はそう言うと、胸のポケットからそっと一枚の紙を取り出して祖母に献上する。その紙を見た祖母はフッと微笑んだ。
「いいでしょう。私は許可するわ。だけど、婚約出来るかどうかはモアの気持ち次第ね」
彼は祖母の話を聞いてから私に向き直った。そして跪くと胸ポケットに挿してあった一輪の薔薇を差し出した。
「モア・コルネイユ男爵令嬢。私は一目貴方を見た時から貴女の事が忘れられず、大勢の立候補者の中から護衛の権利を勝ち取り、こうして求婚する権利も頂いた。どうか、将来私の妻となってもらえないだろうか」
私は彼の真剣な様子に心臓が高鳴る。
「私はこのように顔に傷があるし、身体にも傷が残っています。それに、マティアス様を慕うご令嬢が沢山おります。男爵位で跡継ぎでもない私ではご迷惑が掛かります」
マティアス様の求婚に嬉しくなったけれど、私の置かれている状況は婚約者になる人にとってあまりいいものではない。
また顔の傷の原因となったクロティルド王太子殿下を慕う令嬢のような事があったらどうしようと不安も芽生える。そして前回のような事が起こってしまったらどうしようと。
今は嬉しさよりも不安が勝っていて素直にその花を受け取る事が出来ないでいた。
「モア、無理に受け取らなくて良いの。不安なのでしょう?彼に迷惑が掛かるとかまた怪我を負わされるんじゃないかって」
祖母は私の思っていた事を口にした。
「……はい。その通りです」
するとマティアス様はすくっと立ち上がって私の手を取り、両手で包みこむようにして話しはじめる。
「モア嬢、貴方の憂いは全て取り除きます。先ほど王太后様にお見せした紙にも書いてありますが、私はモア嬢を害する者全てを排除していきます。仮令顔や身体に傷があっても、どんな姿をしていようとも気にしないし、全ての者から貴女を守り抜く。どうか貴女と生涯を共に過ごす許しを」
切に願うようなマティアス様。
祖母に渡した紙はどんな事が書かれていたのだろう。私はマティアス様の熱烈な求婚に恥ずかしさと嬉しさと困惑や不安が入り混じった複雑な感情を持て余していた。
どうしようと祖母に視線を向けると祖母はふふふっとこの状況を楽しんでいるようにも見える。そしてお茶を入れていた侍女も微笑んでいた。
「……お婆様、その紙にはどのような事が書かれているのですか?」
私は彼から手を引き抜いてお婆様に向き直り聞いてみる。
「あぁ、これ?これはね、モアに求婚するための最低限の条件としてコルネイユ男爵に敵意を持っている家をちょっとばかり牽制してもらったの。彼は優秀だと聞いているけれど、実力はどうなのか分からなかったからね」
祖母の言葉に一瞬ドキリとする。マティアス様はノア様のような事をして情報を集めているのか、と。




