30 クロティルドside
「本日はお茶会へお招き有難うございます」
「あぁ、ゆっくりしていってくれ」
当たり障りなく私は言葉を返す。そろそろ婚約者を決めなければならないというのに。
モア・ウルダード嬢が静養のために隣国へ行ったままこちらへ戻ってくる気配はまるで無かった。それどころか伯爵は爵位を捨ててまで隣国に渡ってしまった。
彼女なら王妃に迎えてもよいと思っていたのに。
彼女は今どうしているだろうか。
私のせいで彼女の顔や腕に一生消えない傷を残してしまった。王妃としては難しくとも側妃や妾妃として迎える事だって出来たはずなのに。彼女の話は隣国から一切聞こえて来ない。
王太子妃は今日、このお茶会後に決定されるだろう。
母の派閥であったアーデル・メイエル公爵令嬢。彼女は確かに将来立派な王妃になるだろう。
来年には私は学院を卒業して本格的な執務に入る。そのためにも婚約者を今年中に決めて卒業後、共に執務を行う。王太子妃の教育が終わり次第婚姻となる。
アーデル嬢は母の勧めもあって既に王太子妃教育を行っていて来年には終わると話も聞いている。彼女は優秀なのだろう。
私の妃がモア嬢でないならもう誰でもいい、そう思っている。
お茶会開始の挨拶を行うと令嬢達は一斉に私の周りを取り囲んだ。少しでも良い家に嫁入りするためとはいえ、浅ましいな。私は王子の仮面を深々と被り令嬢達と接する。側近達は既に婚約者がいるのでのんびりと私の近くで過ごしている。
偶に側近に声を掛ける令嬢がいるようだが、婚約者である令嬢達が容赦なく叩き落としているようだ。
その時、ふっとノアが視界に入った。
今年確か十四歳になったところだ。私に付けられた暗部の一人。対外的には側近の内の一人となっている。彼のその優れた容姿を利用して夫人や令嬢達から情報を得る。彼も不憫だなと思う。生まれながらに好きになった令嬢を地獄へ叩き落とすことしか出来ない。
本当なら王家が解放してやらねばならないのだろうが、残念ながら国の情勢を考えると解放する事ができない。
笑顔で群がる令嬢と接しているのを見ると同情したくなる。
そう思っていると、ノアの手が震えたのか突然カップがカシャンと音を立ててテーブルから落ち、割れてしまった。その出来事に少し周りがざわつき始める。
……珍しいな。
こんな事で注目を浴びても平気だと思うが、彼の顔色が優れない。私は気になったのでノアに近づき声を掛けてみる。
「ノア、大丈夫か?」
ノアはハッと我に返ったようですぐに「申し訳ありません」と謝ってきた。
どうしたんだろう?
いつもの彼とは違う。
私は気になったが今はお茶会の最中。しかも婚約者を決めるための大切なものだ。彼には後で話を聞く事にしよう、そう思っていたのだが。彼はキョロキョロと会場中を確認するような素振りを見せている。
誰かを探しているのか……?
何か深刻そうな顔をして令嬢が話し掛けているのに気づいていない様子。どうしたんだろうか。
「クロティルド様、好きな色は何色ですか?」
「私も聞いてみたいわっ。好きな花は何ですか?」
令嬢達はノアを気にする事無くキャッキャと喜んで質問をしてくる。
「ご令嬢方、クロティルド王太子殿下が困っておいでですわ」
「メイエル公爵令嬢様っ、し、失礼いたしました」
彼女の一言でさっと令嬢たちが下がっていく。
「クロティルド様、こちらでお茶でもいかがですか?」
「あぁ、そうだな」
そうしてメイエル公爵令嬢と二人で席に着いた。その少し離れた場所に他の令嬢達も座ってこちらを窺うようにしながらお茶を飲んでいる。
「クロティルド王太子殿下、すみません」
そうして声を掛けてきたのはノアだった。
「どうしたんだい?顔色が悪いが」
「……えぇ。少し体調が、悪くて、他の方に移すと申し訳ないので今日は一足先にお暇させてください」
「……あぁ。それは仕方がないな。気を付けて帰るように」
そう声を掛けると彼は早足で会場を後にした。何があったのだろうか?そう思いながらもお茶会は恙なく進んでいった。
やはり私の婚約者はアーデル・メイエル公爵令嬢で決定だろうな。他に気になる令嬢も居なかった。
私は傷心気味の心を抱えながら今日のお茶会を終えた。学院へ登校しても王宮で執務をしていても何も変わらない退屈な毎日。
彼女は今何をしているのだろうか。
隣国とはいえ中々他国の情報が入ってこないし、考えてもどうにもならない事は分かっているのだがな。




