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 そしてクリストフェッル家へ嫁いで三か月が過ぎようとした頃。


 ノア様は結婚してから毎晩早く帰宅し、二人の時間を過ごしていた。彼は本当に優しくて、いつも私の事を一番に考えてくれていたわ。花やお菓子を買って帰ってきたり、宝石やドレスを送ってくれたり、いつのまにか私もノア様に心を許すようになっていったの。



そんなある時。


「モア、今度の舞踏会には君をエスコートするけれど、仕事があってすぐに離れる事になると思う。執事を入り口に待たせておくからすぐに帰宅するように」


舞踏会に入ってすぐに帰宅するように……?


私は事情が上手く飲み込めずにノア様に聞いた。


「すぐに、帰るの、ですか?ダンスはもちろん踊るのでしょう?」

「すまない。ダンスも踊れない。仕事なんだ」

「他の貴族への挨拶はどうされるのですか?」

「あぁ、それもしなくていい」


……夫婦となって初めての舞踏会だというのに。


ファーストダンスも踊らずに帰れと言われた私。そのショックは途轍もないものだった。


「ごめん。モアの事を一番に考えているし、一番大切なのはモアだけなんだ。分かってくれるかな?」

「……は、い」


手を振り払われたような感覚に心がついていけず、返事をするのがやっとだった。


「そんな顔をしないでほしい。悲しくなる。私にとっての一番はモアでしかないよ。ほらっ、このドレス。君のためにデザインしたんだ。きっと似合う」


 そして彼が私に着て欲しいと渡した一枚のドレス。とても高価なのは分かったけれど、悲しい事に彼の色は何処にも入っていない。その事に気づいてまたショックを受ける。


あぁ、彼は口では好きだ、大切だと言いながらも本当は違うのね。私は所詮金で買われた女なのね。


心の奥底にジワリと広がる澱。


「嬉しいですわ。ノア様、有難うございます」

「あぁ、機嫌が直ってよかった。モアは笑っている方がいい」


 彼のその言葉にまた胸の奥が詰まる。所詮私はこの程度にしか思われていないのよ。そんな思いがまた心を重くさせる。そんな私の気持ちに蓋をし、笑顔でノア様と睦合う。舞踏会までの数日は本当に憂鬱だった。


 彼は仕事と言って朝早くから出掛けては香水を纏わせて帰宅し、夜、仕事に出掛けたと思ったら朝帰り。女の香りを纏わせたままの体で私を抱く。そんなノア様の行動に私は理解できない。


心を許していた分、苦しい。


 実家の事を考えるとまだ離縁するわけにはいかない。今は黙って耐えるしかない。私は必死に笑顔を作り、ノア様を仕事へ送り出す。送り出した後はただボーッと気が抜けたように動けなくなる。自然と流れ出る涙に侍女は表情を変えずにハンカチで拭ってくれている。






「奥様、お綺麗ですわ。女神様のようです」


 朝から徹底的に湯浴みやマッサージを行い、今日の舞踏会に行く準備を侍女達がしてくれている。ノア様は仕事をしていて時間になったら迎えにくると言っていたわ。

まだ来ない、まだかしら。不安で心が押しつぶされそうになる。


私はノア様の事を信じるしかない。


「奥様、表情が暗いですよ。……大丈夫です。笑って下さい」


侍女達は一生懸命に私を励まそうとしているのが伝わってくる。やはり私の置かれた境遇を知っているのだろうか。


そうして時間ギリギリになってようやくノア様が邸に帰ってきた。


……香水を纏わせて。


「モア、なんて素敵なんだ。あぁ、誰にも見せたくない。ずっと邸に閉じ込めておきたいくらいだ」


ノア様はそう言って私をギュッと抱きしめた。


「……そう、言って下さると嬉しいです。ノア様、あの、少し、離れてもらっても?」

「ん?どうしたんだい?」

「いえ、少し、香りに酔ってしまいそうで」

「……あぁ、気づかずごめん。仕事で令嬢と話をしていたからその時に付いたんだろう」


 女の匂いを付けてくる仕事、ですか。舞踏会に出る前から気分は最悪な状態まで落ちた私。なんとか笑顔を取り繕って馬車に乗り込んだ。既に執事は無言で御者の隣に座っていたわ。


ノア様は機嫌よく話し掛けてくるけれど、作り笑顔で答えるのが精一杯。どうしてもノア様に付けられた香りが私の気分を憂鬱にさせる。


「モア、そんなに暗い顔をしないで。私が一番愛しているのはモアだけだよ」

「……有難う御座います」

「敬語なんて使って。帰ったら休みを取って海のある街にでも旅行に行こう?」

「楽しみに待っていますね」


 きっとその旅行も果たされる事はないのだと直感で感じ取る。どう形容していいのか分からない感情を持て余しながら曖昧に微笑みを返す。私の様子を見たノア様は何かを察したのかそれ以上旅行の事を話題にしなかった。


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