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009:出られぬの森


「ほら、口を開けなさいよ!」


「あ、あーん」


 小鳥のさえずりと虫の音だけが遠く聞こえる静かな森の中。

 暖かな木漏れ日が差し込むおんぼろ小屋のベッドの上。


 俺は少女の作った謎の物体を口にぶちこまれている。


 少女の名前はサン。


 澄みきった海のように青くて、そして宝石みたいにキラキラした大きな瞳と、太陽みたいに眩しい金色の髪を両サイドで二つに結んだ可愛らしい髪型が印象的な美しい少女だ。


 俺はサンに病人認定されてベッドの上で看病されている。

 口の中にぶちこまれた物体はサンの手料理だ。


 可憐な美少女が愛情を込めて作ってくれた手料理を「あーん」してくれる。


 全男子が泣いて喜ぶ嬉しいシチュエーションだと思う。

 その手料理が可愛らしさの対極のような狂気的な形状をしていなければ。

 

 まともな調理器具もない鍋とナイフだけの装備でキッチンとも呼べない焚火の熱だけを頼りに、良くぞここまでの物を生み出せたものだと感心するほどの出来栄えだ。


 元になったのは近くの小川でとれたサカナらしい。

 それを森で取れたキノコと煮込んだらしい。


 どちらも原型など少しもとどめていないので確認のしようがないのだが、調理した本人が言うのだからそうなのだろう。

 なんとなく栄養価はありそうな良いチョイスだ。


「……ど、どうかな? ちょっと、味付けを変えてみたんだけど。隠し味のバハムート草が効いてると良いな」


 心配そうに上目遣いで見つめてくるサンの姿は思わず抱きしめたくなるほどに愛らしい。

 もちろん口の中にぶちこまれた物体が虹色に鈍く発光する汚泥のようなモノでなければ。


 俺はサンが一生懸命に料理をしている姿を見ている。

 そう、見てしまっているのだ。


 だからこそ……


 まず味の前に見た目を気にして欲しい。

 明らかに人間が口にして良い形状の範疇を超えてしまっている。

 そもそも料理が発光しているのは良いのか?

 この世界では良くあることなのか?

 というかバハムート草って何だよ。

 それのせいでなんかヤバい化学変化が起きているだろ絶対。


 ……なんて言えるハズもなく、ただただ心を無にして全てを飲み込むだけだ。

 そして痙攣しようとする顔面の全ての筋肉を気合で抑え込んで優しく微笑む。


「……お゛、お゛い゛し゛い゛!゛」


 パァっと笑顔が咲く。

 口膣から鼻を突く強烈な刺激や舌を焼く辛味なんてものは、このサンの笑顔の前には些細な事だ。


 そもそもどうしてこんな状況になったのか。


 クラスメイト達から追放された俺は、居場所を失って王国から抜け出してきた。


 状況は中々にハードだった。

 追放どころかいつの間にか指名手配されているし、騎士達が探し回っているし、その中にクラスメイトたちも紛れているし。

 そしてさすがにゴリの巨体を背負っていると目立ってしまう。


 とにかく安全な場所を探して俺は王国を抜けて近くにあったこの森へ姿を隠す事にしたのだ。

 そこでサンと出会った。


 巨大な蛇に襲われていたサンを成り行きで助けたのがきっかけだ。

 これまで相対してきた竜や神や王に比べると少し大きい蛇なんて可愛く見える。


 サンをめがけて「ギシャアアアアアアアア!!」と叫びながら大口を開けていた大蛇を、俺はとっさに視線だけの「ドン!」で黙らせた。

 そして俺はそこで力尽きてしまった。

 

 王国から逃げる途中、何度か騎士たちに見つかって「ドン!」で黙らせてしまったせいだろう。


 致命傷を与えないように衝撃でスマートに気絶させる。

 すっかり威力の調整にもなれたこの「ドン!」を「峰ドン!」とでも名付けようか。


 だが俺の体力はとっくに限界を超えていたのだ。

 眠るように意識を失ってしまった俺をサンはこの隠れ家に運び込み、こうして介抱してくれている。


 そして俺は衝撃の事実を知る事になった。


 俺が逃げ込んだこの場所の名は「出られぬの森」。

 一度足を踏み入れたら最後、二度と外に出る事はできない呪われた森だったのだ。

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