020:恐怖!ナイトメア綿部!
「よし、これで良いわ!」
サンが持ってきていた採取キットを使い、意識を失ったナイトウルフから血液を採取した。
これで依頼は達成だ。
あとは森から抜ける事が出来れば良いのだがな。
「こいつが呪いの原因なのか?」
「ナイトウルフは影と闇を操ると言われているけど……森の影を操作して迷宮を作っていたのかも」
ついでなので呪いの原因を確かめる事にした。
ナイトウルフが犯人なら、気絶している今夜は普通に外に出られるだろう。
森が凍っていては判断がつかないので一度アンジュの氷結は解除してもらう。
「さて、それじゃ帰るか」
「あ、でもブラックベアの肉がまだ余ってる。すこし持ち帰りたいわね!」
「じゃあ小屋によって行くか」
「……私は一度、城に戻る。後でまた合流したい。場所を決めて?」
「じゃあ宿を取ったら伝えるよ。王国には戻れないからネラレッドの村にしばらくは滞在すると思う」
「ではこれを」
アンジュがくれたのは氷で作られた小さな蝶だ。
それを俺の耳にイヤリングのようにつけてくれた。
「……私のスキルで作った【紋白蝶】。はずして伝言を込めれば、どこからでも伝言を伝えに私の所に戻ってくる」
「へぇ、便利だな。良いよな、そのスキル。綺麗だし。なんかアンジュに似合ってる」
「……あ、ありがとう。でも、クモくんほど強くはない。私の方がうらやましい」
「ちょ、ちょっとアンジュ! アナタくっつきすぎじゃない! もうイヤリングつけたでしょ!?」
「……ちゃんとついたかの確認。別に顔を近くで見たいからではない。これは必要な行為」
夜の遠足みたいな気分で三人で楽しく歩いていると、聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。
「うおおおおおおおおおお!! てめぇらあああああああああああ!!」
「ん? なんだ?」
振り返ると綿部が走って来ていた。
綿部は半分凍っていてガチガチと歯を鳴らして震えていた。
どうやらアンジュの能力に巻き込まれていたようだ。
「あ、そういえば小屋ほったらかしのままだったな」
「ずっとツッコまないでおいたけど、この人もクモルの仲間だったの?」
「……違う。興味がなさすぎて忘れてた。こいつはクモくんではなく王国サイドの妄言を信じてるバカの一人」
「なにぃっ!? 誰がバカだと、この陰キャ女ぁあああ!! 誰のおかげでここまでこれたと思ってんだ!? 俺はそこのザコを持ち帰って地位を得る!! その時に泣いてすがりついて来ても許さねぇからな!!?」
「……はぁ、哀れ。とても哀れ。状況を理解する能力がなさすぎる」
「いや、アンジュ。さすがにそれは可哀そうだぞ」
めちゃくちゃ言う。
アンジュは綿部に対してまるで容赦がなかった。
「なんだとおおおおおおおおお!? てめぇからボコボコにして持ち帰ってやろうかぁぁぁぁぁあああああ!?」
怒号と共に槍が作り出された。
めちゃくちゃな軌道の槍が飛んでくる。
綿部は槍を使う勇者だったな。
「んぎゃああああああああああああ!?」
サンが巻き込まれたら危ないので軽く「ドン!」で綿部を吹っ飛ばしておく事にした。
このまま俺たちが森の外に出るまでは寝ていてもらおう。
勇者なら一人で脱出もできるだろうしな。
「よし、帰ろう」
「ま、まてぇ……」
そう思ったのだが、まだ綿部は意識があるようだ。
やれやれ、次から次へと騒がしい男だ。
もう少しキツめの対応がお望みらしい。
だったら深く眠ってもらおう。
その時、森がザワめいた気がした。
「ん?」
そして綿部の背後から黒い霧のようなものが立ち上っていた。
「これは……ナイトウルフの力か?」
見覚えのある黒い闇だった。
綿部がギャーギャーと叫んで騒ぐせいでナイトウルフが目覚めてしまったのだろう。
そしてどういうワケかナイトウルフが綿部にとりついたのだ。
「な、なんだ……? なんだよこれぇええええ!?」
黒い霧は実態を持ち始め、どんどんと綿部をとりこんで巨大化していた。
「ナイトウルフってこんな能力があったの!?」
サンもこれは知らなかったらしい。
「取り込まれているのか? 早めに助けたほうが良さそうだな」
俺は綿部を傷付けないよう、最小の威力だけで「ドン!」を放った。
だが、闇を纏った綿部の腕がそれを振り払った。
「なに?」
「力が、力がみなぎるぅぅぅぅぅぅぅぅぅうっぅううううううう!!??」
まるで綿部が自分の意思で俺の攻撃を防いだように見えた。
自分がナイトウルフに取り込まれていくことを望んでいるかのようだ。
「おい、大人しくしてないと安全に助けられないんだが……ヤバそうだぞ、それ?」
「ぎゃははははは!! 黙れ黙れええええええええええええええええ!!」
やれやれ、相変わらず話を聞かない男だ。
こいつは最初からずっと、まるで人の話を聞かないな。
「すごい力だ……!! 今ならクラストップのヤツらにも勝てるうぅぅぅううううううう!!」
綿部は巨大化した体で暴れはじめた。
「ふむ、せっかく余計な殺しをせずに済んでいたのに……こうも動き回られると安全には助けられないかもな。アンジュ、動きを止めたりできるか?」
「……やってみる。【氷結】」
アンジュが氷の剣を地面に突き刺すと、氷が地面を伝ってナイトウルフと同化した綿部を氷漬けにした。
したのだが、その氷はすぐに破壊されてしまった。
「……私の力じゃ無理。止められても数秒が限界」
「そうか。じゃあ1秒だけで良い。頼む」
それだけあれば十分だろう。
「サン、俺のそばから離れるなよ」
「う、うん!」
俺はサンを抱きかかえると「ドン!」を足に集中し、その反動で跳びあがった。
これなら空中でも同じ方法で移動できる。
新しい応用技「ジェット・ドン!」だ。
そしてできるだけ綿部に近づいて一応、警告をする。
「最後の警告だ。助けてやるから少し大人しくしてくれないか?」
「だまれザコがあああ!! 言う事を聞くのはお前だあああああ!! 底辺はお前なんだああああああああああ!!」
「やれやれだな。ちゃんと人の話は聞けと、小学校で教わらなかったのか?」
「死ねえええええええええええええええええええええええええええええええ」
巨大な闇の塊となった綿部の拳が俺に向かってくる。
Sランクの魔物に勇者の力が合わさった攻撃である。
さすがに少しは威圧感があるな。
「……【氷結】!!」
綿部の拳が俺の目の前にきたタイミングでアンジュが動きを止めてくれた。
良いタイミングだ。
「こんな薄い氷が効くかよおおおおお!! ぎゃはははははははははッッ!!」
「お前はもう、黙れ」
一瞬の隙を逃さず、綿部の凍った拳に俺の拳を合わせて直接「ドン!」を放った。
衝撃が拳からナイトウルフの闇の衣へと伝い、そして闇を全て破壊した。
あっけない。
見た目だけデカくなっても、中身がともなっていないと情けないだけだな。
「んぎゃああああああああああああ!?」
神さえ打倒した「ダイレクト・ドン!」である。
少しパワーアップした所で、魔物ごときが耐えられる技でないのは当然だろう。
「やれやれ、無駄な殺しはしたくなかったんだがな」
魔核すらも完全に破壊されたナイトウルフの体は消滅していき、纏っていた闇も全て破壊されて丸裸になった綿部だけがそこに残ったのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる!」
「綿部おつかれ……」
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