マタギvs呪われた泉
その日の晩、夢を見た。
夢の中でボクはじっちゃと一緒に山の中で,あいつを追いかけていた。
猟銃を握りしめ点前を早足で、けど音も立てずに歩くじっちゃに、遅れないように一生懸命付いていこうとしていた。
いつかボクも、じっちゃの横に立って、じっちゃがあいつを仕留める時に役に立ちたい。
夢の中のボクは、じっちゃが猟銃を構えて、アイツに向けて撃つところを目に焼き付けようとその一挙手一投足を 逃さないように見ていた。
自分には何が足りないんだろう。
前世では、弾丸を込めて引き金を引けば、撃鉄から出た火花が弾室
装填された薬莢の中の火薬に引火し、爆発することで、弾丸に強力な推進力を与えて、弾丸を銃口から押しだし、弾丸を発射する。
今の銃は、その仕組みとはまるで違うもので、自らが持つ魔力というものを凝縮して物理的に獲物を貫通する強度を生み出し、一方で、その魔力の集約した弾を銃口から標的に向けて発射しなければならない。
薬莢内の火薬への天下、それによって生じる火薬の爆発的な燃焼はむしろ化学的に引き起こされるものであって、射撃手が意識して生じさせるものではない。
そんなところが、あの銃とは全く違うのに。
いつの間にか朝が来ていた。どこまでが夢で、どこからが現実か分からないほど、夢の続きで、どうやったらあの銃が撃てるようになるのかを考え続けていた。
確かに一昨日も昨日も、弾が出て,結果としてイノシシと狼を倒すことが出来た。昨日のオオカミはシラカミがとどめを刺したけど、一発で仕留めることが出来たのはむしろ出来過ぎた結果だと言っていい。
だが、問題はその結果が狙ったものとは言いがたいことだ。
襲われて絶体絶命にまで追い込まれなければ銃が撃てないということでは、いずれ死ぬのは自分の方という日が必ず来る。
意図して制御出来ない状況では、何時までも偶然の幸運が続くと考えるのは愚かな者の考えである。マタギの教訓に反する。
すでに、この世界には今まで見たこともない獣が生息していること、自身を神だと名乗るアストラの言葉を借りれば、それらは魔物と呼ばれ、人々はそれらから身を守るために武器を持って相対しなければならないことは一昨日と昨日の出来事で痛感している。
一日も早く、自分の身を守る術を身につけなければならない。すなわち、じっ茶の形見の銃をこの世界の方法で使えるようにならないといけない。
圧倒的な焦燥感にほんのちょっとの決意を添えて、今日も射撃訓練をしようと思うのだった。ただ、このまま毎日焼いた肉だけを食べ続ける訳にはいかないので、食べられる山野草を探すことも忘れずにしないといけない。こんな森の中では、米止む義はもちろんのこと、芋などのような主食になりそうな物を手に入れることも難しいだろう。
せめて果物が見つかれば炭水化物の代わりに果物の糖類である程度代用出来る栄養はある。
山で使うコッヘルはじっちゃと二人分を調理するためのものなので、それほど大きくないが、昨日水筒に水が確保出来るようになったので、朝は、串焼きの他に、骨を砕いてコッヘルで煮込み、塩で味を調えて、スープも作った。あと何日でこの森を脱出出来るか分からないので、おにぎりは少しずつ食べることにする。願わくば、全部食べきって仕舞う前に人里を見つけ、お米を追加出来るといいのだが。
朝ご飯を食べ終わったボクは、昨日シラカミが返り血で汚れていたのを小屋に戻ってお風呂で綺麗にしようと独り言をつぶやいた,その偶然の産物で覚えた「綺麗になあれ」という魔法を使い、調理器具と食器を洗った。囲炉裏の中で燃え残る薪に灰をかぶせて消火し、小屋の外へ出る。
「うわああああ」
そこで、思わずボクは声を上げてしまっていた。
小屋の周りにはたくさんの動物が集まっており、小屋の上、といっても外からはタープのようなツェルトのような、木の枝をテント状に集めたようにしか見えないのだが、には、鳥やリスのような小動物が登っていたのだった。
ボクよりも前に、周囲が安全であることを確認するのが自分の義務かであるように、朝小屋の外に出る時は必ずシラカミが先に出るのだが、出ていたシラカミは何ら警戒することもなくうなり声を上げないので、危険ではないのだろうが、その光景にボクは言葉を失っていた。
すると、僕たちの前に居た動物たちが左右に割れて、その奥から一頭の、それは一頭と数えるにふさわしい大きな生き物が歩いてきた。
それは初めて見る生き物だった。なんと言ったらいいのか、頭は鳥で、くちばしが鈎状に曲がっているので猛禽類であることは間違いないだろう。大きな翼もサイズがおかしいが、その形はオオワシのそれだ。白神山地にも番のオオワシが巣を作っているが,心ない人間が捕獲しようとするので、巣の場所は秘密にしていた。いや、そんなことはともかく、正面から前半分だけを見ると、ワシか何かの鳥なのだろうが、後ろ半分が別の生き物なのだ、しっぽといい胴体といい、前半分を隠して,後ろだけで何に見えるかと言われればライオンと答えるのだが、そもそもそんな生き物は見たことがない。ふぁんたじーの世界だから、で済ませてしまえば、何でもアリなのだろうが、理解が追いつかない。
目の前の光景に言葉を失っているボクに向かってその生き物はさらに近づいて来た。
「我のことは知らないか、人間よ。」
・・・へっ?
今の何?
「誰か居るのか?」
ボクは辺りを見回した。すると
「お主に話しかけたのは我じゃ。目の前におるぞ。」
「目の前・・・この生き物は人間の言葉を話すのか?」
話しかけるというより、ついつい感想が独り言で出てしまったが、それに答えるように
「そうか、お主はグリフォンという生き物は知らぬか。お主の隣にいる神話級の魔物フェンリルほどではないが、我もまた伝説級と称されるくらいには高位の生き物で、それなりに怖れられては織るのじゃが、知られてないとはちょっと寂しいの。まあそのことはさておき、我くらいに上位の生き物になれば、人語も話すことは出来るぞ。今は何が理由か知らんが、幼体化しているそこのフェンリルも本来の姿に戻ればお主と話が出来るようになるはずじゃ。」
そうなのか?そういうものなのか、まあシラカミが話せるようになるのは嬉しいな。
「混乱しているところを申し訳ないが、前置きはこの程度にして本題に入らせもらう。」
うわーその辺の残念若者より言葉遣いが丁寧だわ。
「強大な力をもったお主にその力を貸してもらいたい。昨日、お主がそこのフェンリルに使った魔法を見たものが、もしやお主ならと言うのでな。」
「えーと強大な力というものに、全く心当たりがないのですが、何を求めていらっしゃるのでしょう。」
何をさせようというのが全く創造が付かないのでちょっと不安になって尋ねてみる。
グリフォンは呆れたようにため息混じりで
「ふむ、お主は自分の力も把握出来ていないのか、どう説明したものか。」
とつぶやいた後、
「理解が難しいのかもしれんが、そこにある泉の水が強すぎる魔素を含むのは、承知しているだろうか。それでもお主やそこのフェンリル、そして我のように大きな魔力も制御出来るなr、この泉の水を飲んでも特に問題はないのじゃが、ここにいる多くの動物にとっては、強すぎる魔素を含む水は結局毒となり、その体をむしばみ正常な意識を破壊し暴走させることになるのだ。それでもこの泉は森に住む生き物にとって代えがたい命の泉であり、毒と分かっていても、飲まざるを得ない。いつしかこの森は狂獣の森と呼ばれるようになってしまった。そこで、お主には、昨日フェンリルに掛けた魔法、その魔法は汚れたものを浄化する魔法だったと聞く。泉の水を浄化出来ないか、試してもらえないだろうか。」
「汚れたものを綺麗にするとか生活魔法だと聞いていて、そんな泉の水を浄化するとか大それたものじゃないです」
ボクは、グリフォンにそう答える。
「なんとかお願いできないだろうか。このままでは、この森に住む生き物が全滅しかねないのだ。」
切実な声で頼まれるととてもイヤとは言えない。元々自分に出来るなら、断りたいとも思ってはいない。
けど、自分が期待に応えられず、この森の動物たちを失望させ傷つけるのは怖い。
そうなったら自分の非力さに落ち込んでしまいそうだ。
「やるだけのことはしてみますが、過分な期待を抱かないようにお願いしたいです。私はそんな強い力をもった存在ではないのです。」
ボクはそう答える。出来るかどうかは分からないけそ、だからといってそのことはやらない理由にはならない。
「自覚がないのだな。」
ぼそっとつぶやいたグリフォンの言葉はボクの耳には届いてなかった。
ボクはまっすぐ泉に向かって歩き出し、淵までくると、両手を泉に差し入れ、水を掬ってみる。
そういえば昨日水を掬ってじーっと見ていたときに頭に浮かんだ言葉は、ボクにもシラカミにも飲用は可能だが、多すぎる魔力が弊害をもたらすことを伝えていた。それがさっきグリフォンが話した内容なのだろう。
覚悟を決めて目を閉じる。
自分はマタギとして生きていくと決めた。「無益な殺生をせず、自然の恵みに感謝し、必要以上にその恩恵を得ようと思わないことじゃ。自分が自然からその恩恵を受けるのと同じもしくはそれ以上の恩恵を自然に返すことで、初めてその自然の中で恩恵を得て暮らすことを許されるのじゃ」マタギとして弟子入りした自分の師匠であるじっちゃに初めてもらった言葉を頭の中に思い浮かべる。
この泉の水が、この森に生きる生き物全てにとって命の水でありますように。ボクは強く願い、そしてまぶたを開く「綺麗になれ」。
その言葉を口にした瞬間、泉につけた手の先から、自分の体内に向かって何かが急速に流れ込む感覚にとらわれた。言葉で説明することが出来ないが、指先から流れ込むような感覚はいつしか手のひら全体を包み、さらには泉に引きずり込まれるような感覚へと変わっていった。これってあかんやつじゃないのか。
全く制御出来てないことは自分にもなんとなく理解出来たが、もはや自分には止めることもできなそうだった。
「ちょっと早まったかな。」
そう言い残して、ボクは意識を失った。
・・・
・・・何かが頬に当たっている。
暗闇から引き摺り戻されるように、まぶたをこじ開けるように、光が目の中に入ってきた。
まだ意識は朦朧としているものの、頬に当たる感触はシラカミが頬を舐めていたのだということが理解出来た。まだ起き上がることが出来ずにいたボクは、首だけ動かしてシラカミに「心配しなくていいよ」と声を掛けようとしたボクの目と鼻をシラカミの舌がカウンターでヒットする。頬を舐めようとしたところでボクが首を傾けたことで標的を外してしまったようだ。
おかしい、ここは涙を誘う感動のシーンになるはずだったのに、シリアスさんを押しのけてお笑いの神が降臨してしまった。
だいぶ意識ははっきりしてきたが、まだ全身に力が入らず起き上がることが出来ずに居たら、目の前にのぞき込むようにグリフォンが顔を近づけ、「感謝する人間よ。主の力がここまで強大なものだとは思わなかったぞ。せめて少しでも毒となる魔素を除去し、有害となる量を減らしてもらえればと考えてたところにまさか完全に浄化させてしまうとは。お主本当に人間か。」
「・・・何げに失礼なことを言われたような気がするんだが。」
グリフォンは口角を上げながら、「褒めてるのじゃぞ。人間n力に畏怖するなど300年生きている我でも初めてのことじゃ。」
グリフォンはそういうと少し距離を取っていった。それが合図になったかのように、それまで周りで見守っていた動物たちが次々と未だ起き上がれないボクの顔の横にやってきて、頬を擦りつけた後、泉に水を飲みに向かっていった。
彼らなりの感謝の表れなんだろう。
「意識も失い自分の身に何が起こったのかよく分かってないし、今もまだ立ち上がれないほど疲弊しているが、とりあえず、これだけたくさんの動物たちに感謝されたその満足感に包み込まれて、今は幸せな気分だ」
森の動物たちの入れ替わり立ち替わりの謝辞が終わったところで、再びシラカミがボクの顔の横に来て,頬を舐め始める。ようやく腕を上げることが出来るようになったボクは、シラカミの首回りに手を添えて、優しく撫でてあげるとシラカミは気持ちよさそうに目を細めるが、同時に自分の手からシラカミに向かって、何かが流れ込むイメージが脳に浮かんだ。
「これは一体。」ボクは少しあわてたが、シラカミは気持ちよさそうだったので、特に手を放すこともなかった。
しばらくしてろうそくの火が消えるように、そのイメージは頭の中から消えていったと思ったら、ボクは自分の意識が全身にわたる感覚を取り戻しており、起き上がった。
朝起きて小屋を出てすぐの出来事のため、まだ昼前だというのに、全身を襲う倦怠感に、漸く立ち上がることが出来たとはいえ、こんな状態で山野草を探すことも、まして射撃の訓練をすることも現実的ではないので、小屋に戻って休むことにした。
かくして起きたばかりだというのに、再び布団の中に戻っていったのである。
シラカミは心配そうに後を付いてきて、ボクが布団の中に入ると、いつものように上からダイブしてくることなく、枕元で丸くなって顔をボクの肩の上にのせてじっとしていた。
そんな気遣いもちょっと嬉しかった。




