持ち運びできるマタギ小屋はチートだった。
「うわあっ」
目の前の光景が信じられなかった。何が起こったのか、自分がどこにいるのか、戸惑いを隠せなかった。狭いテントくらいの空間、ただ夜露をしのぐためだけに簡易に設置されるマタギ小屋というのは、キャンプのタープみたいなもので、地べたにシートを敷いて寝る屋根だけの空間のはずだった。
ところが目の前にあるのは、じっちゃの家だった。
玄関を入ると三和土があって、板床の部屋には真ん中に囲炉裏があり、奥の部屋には畳が敷いてあって、部屋の真ん中にはこたつまであった。
囲炉裏のある部屋と障子の戸を挟んだ向こう側にはお風呂とトイレが、そして玄関から一番奥の部屋は寝室になっていた。まんまじっちゃの家である。
なんでじっちゃの家を知っているのか、いやいやそもそも、何をどうやったら小さなテントみたいなところの中がこれだけ広い空間になるのか。
ボクの頭は処理しきれない情報があふれかえっていた。
そんなボクでも、ここはもう自分が居た世界とは違うということだけは心のどこかで理解していた。じっちゃが亡くなって、それでも周りの人が気に掛けてくれて、なんとかマタギとして一人前になって暮らしていこうと考えていた矢先に、突然見知らぬ世界に放り出されて、どうやって生きていこうか、今は、まだその不安で一杯だった。
それでも、この空間だけは、ぬくもりを与えてくれる。なんとか生きていこうという気持ちを与えてくれる。そんな気がした。
気付いたら頬を一筋の涙が流れていた。足元にはシラカミがすり寄って頭をこすりつけていた。
ボクはしゃがんでシラカミを抱きかかえ、ずっとなで続けていた、結局いつまでそうしていたのかも思い出せないほどに。
目を覚ますと朝になっていたらしい。
ボクは昨日、そのまま囲炉裏の前でシラカミを抱きかかえたまま、泣きながら眠ってしまっていたようだった。冷えないように、シラカミがずっと寄り添っていてくれたようだ。
ご飯も食べずにそのまま寝てしまったことから、起きたらお腹がすいていた。
昨日確認したあいてむぼっくすにはおにぎりが入っていたが、それだけでは寂しい。昨日倒したイノシシの肉を食べることにした。
シラカミはオオカミなので、生肉の方がいいのかな?
小屋の前でイノシシをアイテムボックスから出して、解体しながら、シラカミの方を見ると、シラカミはしっぽを振りながら、「わふん」と吠えた。
なんだか、ボクが創った料理を食べたいと言っているようだった。
とりあえず、イノシシの皮を剥いだところで、すぐに食べる分だけ脇腹のところを切り出し、一口大に切って串に刺し、塩を振って囲炉裏で焼き始めた。
幸い薪になる木はそこらじゅうに落ちていた。火は、いつも持ち歩くライターを探したのだが、見つからない代わりに、火打ち石があった。何度か繰り返しようやく木の皮を薄く削った導火材に燃え移ってくれたので、火を起こすことが出来た。
これで駄目だったら、縄文人が、木の棒を板に空けた穴に差し込んで回して火を起こすようにしなければならなかったおところだが、マタギは縄文人より少しだけ文明が進んでいたらしい。
お肉が焼けたところで、シラカミにも串から肉を外してお皿に移し、自分は串に刺したままで食べて朝ご飯を済ませることにした。
まだいろいろと心の整理は付かないけど、泣いて一晩寝たら少し落ち着いた。
いつまでも落ち込んでは居られないので、まずは、今後どうやってこの世界で生きていくかを考えなければならない。そのためには、食料と水、幸い住居は手に入れることが出来た。
ボクは、ご飯を食べ終わると、囲炉裏の火を消して、食べ物と水を調達仕様と、外に出ようと立ち上がった。
玄関に向かって歩きだそうとしたとき、シラカミが後ろからボクの服を加えて、歩きだそうとするボクを止めた。
不思議に思い振り返ったボクに、シラカミは昨日と同じように、手紙を加えてボクの前に差し出す。
シラカミはボクよりもこの世界のことを知っているはずなので、そうすることにも何か理由があるのだろう。
一度腰を上げたが、再び囲炉裏の前似座って、手紙の続きを読むことにした。