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マタギvs蛇の毒

僕がブルーフォレストの町に来てから一月の歳月が流れようとしていた。

初日から、立て続けに非日常的な出来事が頻発し、またお金も日本に居た頃の年収を最初の数日で上回るほど得ることが出来たが、そうした突発的な出来事に気を大きくするのは間違いだとこれまでの経験から自分を戒め、自分にあった生活のサイクルを見つけようと試行錯誤を繰り返していた。

その結果、組合のクエストは、常設の素材納品クエストに限定し、それも先に受注しないで、東の草原でレッサーウルフの毛皮とアルミラージの角を採取して、納品の数量になったらクエストの依頼を受けたことにして納品するというのを繰り返した。

シラカミが獲物の背後に回り込んで追い立て、そこに僕が待ち構えて仕留めるか、最初から僕に向かって来るのは、とりあえず、ダメージを与えたところへ、シラカミがトドメを刺すという役割分担ができあがりつつある。ツガルはほとんどその場から動かない僕の頭の上に居る。

レッサーウルフは納品が毛皮なので、出来るだけ頭部を狙うようにはするが、さすがに動いている狼の頭を狙って打ち抜くのはなかなかに難しく、引導を渡すのはシラカミに任せて、シラカミに攻撃出来ない程度にダメージを与えることの専念する。

なお、東の草原にはグラスバイパーが時々出てくるので、シラカミが咬まれないように、グラスバイパーが近く似居る場合は、一旦、僕の横に戻ってくるように言っている。

言葉は通じないはずなのに、何故か僕の言っていることが分かるらしい。

大体1週間に2回狩りに出るようにして、グラスバイパーの皮と牙と肉が手に入った場合は、収入がいつもより多くなるので、さらにお休みを増やすことにしている。

そうして出来た休みは何をするかというと、この世界のことをいろいろと知る機会に充てている。

一度の狩りで大銀貨2枚程度は得ることが出来る一方、かかる費用はほとんどが食費で、あとテント広場が1日銀貨1枚なので、週休5日でも、生活は出来る。

もちろん、本来は仕事と休みの日数が逆でなければならないが、今はお金よりも、この世界のことを知る方が重要と判断し、最低限生活出来るだけの狩り以外は組合の資料室と町の市場や店の集まっている区画を散策し、食生活や文化などに馴染もうとしていた。

毎日見ているので、あまり気にならなかったが、シラカミが、初めて会ったこの世界の初日のときと比べて、一回り大きくなった。

柴犬くらいのサイズだったのが、今は秋田犬くらいの大きさになっている。レッサーウルフなんかも、仕留めた後、首を加えて、僕のところまで運んでくる。

よく訓練された秋田犬と同じくらい賢い猟犬に成長している。

そしてツガルは、少し大きくなったこともさることながら、出会った時はぼさぼさの産毛で、鞄に入っておとなしくしていた頃からもずっともこもこの毛玉だったのが、翼の先から少しずつ羽が生え替わり始めていた。

今はまだパッチワークみたいでかえってみすぼらしい外観になってしまっているけど、生え替わりの先端の羽は輝く白色で、全部生え替わった時の姿が待ち遠しく、期待させる感じである。

しかしながら、事件は、得てしてちょっと慣れた頃に起こるものである。

その日も、東の草原に狩りに出ていた。いつものようにシラカミが、待ち構える僕のところまで獲物を追い立てる手順で狩りをしていたが、離れたところまで獲物を探しにいったシラカミが突然、僕の方に向かって慌てて駆けてきた。その速度は今まで見た中で一番といっていい早さだった。そのことに気を取られ、背後から接近していた気配に気がついたときはもう間に合わなかった。

シラカミが吠えるのと、僕が背筋に違和感を感じ振り向いたのは同時だった。

恐るべき跳躍力で、グラスバイパーが僕の頭の上にいたツガルに飛びかかろうとしていた。

事情を全部把握出来るだけの時間もなかったが、反射的に、僕は銃を持っていない左の手で、飛びかかって来る影を払いのけた。そのときに、僕の左手にかすかな痛みが走った。

咬みつかれはしなかったものの、グラスバイパーの毒牙は口の奥ではなく、手間の二本であり、刃によって傷つけられた左手から、わずかながらに毒が体内に入り込んだ。

僕が払いのけたグラスバイパーは地面に落ちたと同時にシラカミに頭を噛み砕かれ、そのまま息絶えたが、僕が毒蛇に咬まれた事実は残った。

僕は、その場で応急処置をするため、その場にそのまま姿をさらして,別の魔物に攻撃されないよう、小屋を収納から出して入り、すぐに、水筒の水で傷口を洗い流し、キズよりも心臓に近い方の血管を縛り、毒が、血管を通じて体内を循環しないように一旦血を止める。

もちろん、そのまま血管を止め続けると、今度は縛った先に血管が巡らず、細胞が壊死してしまうので、血流を再開するまでの時間との勝負になる。

津を止めたあと、僕はすぐに解体ナイフを取り出し、浄化した後、傷口を深く切る。もしかしたら傷跡が残るかもしれないが、蛇毒はDNAを攻撃し,破壊する毒で、かつ酸素を嫌う厭気性の毒である。傷口を開き、空気にさらすことで、毒性が弱まると、マタギの知識で祖父から教わった。この世界でもそれが通用するのかどうか分からないけど、蛇に咬まれたら、直ちにとる行動として体にしみこんでいる。蛇に咬まれるのは今日が初めてでもない。

次に、僕は、救急セットから、注射型の毒を吸い出す器具を探す。以前収納の中を確認するときには、存在を確認してなかったが、いつも救急セットに入れて置く器具の一つである。最後に前世にいたときはもうすぐ冬になろうかという寒い季節のつぁめ、蛇は活動していない時期だったが、だからといって救急セットの中身を入れ替えることもしていないので、そのまま残っててくれと願いながら探す。

よかった、あった。

僕は、その器具ヴェノムリムーバーの吸出口を患部に当てて、注射器で血液採取をするようにゆっくりシリンダーを手前に引く。黒くなった血と一緒に黄色と緑の混じったような液体がシリンダーの中に吸い出されてくる。

どうやら、毒の一部は排出出来たようだ。

残念ながら蛇毒の血清までは用意していない。

そういえば、この世界で、組合員は蛇に咬まれたときにどう対処するのだろう。血清を持ち歩くのだろうか。組合の資料室でこの蛇の資料を見たとき、毒持ちだということは資料で確認したけど、毒にどう対処するかは、資料には載ってなかった気がする。

いずれにしても、あとは僕の抵抗力が勝つか、蛇の毒が勝つかの戦いになるだろう。

草原のど真ん中に小屋を置くのは目立ってしまうが、背に腹は替えられないので、このまま、安静にするしかない。

慌てて動くとその分、毒が早く全身に回ってしまい、重要な臓器に毒が回って、その臓器が破壊されると取り返しの付かないことになる。

応急措置を一通り終えると、目の前で心配そうに僕を見ていたシラカミとツガルの存在に気付いた。

僕は、「心配いらないよ」と声を掛けて、右手で頭を撫でた。左手は咬まれたほうなので、自分がというより毒がシラカミやツガルに触れることがあってはいけないと思ったからだ。

シラカミとツガルの食事を収納から取りだして、皿に盛ったあと、僕は安静にするために奥の部屋にゆっくり移動し患部を心臓より下にするため、こたつの上に布団を置いてその上で寝て、左手を下に垂らしてそのまま目を閉じた。


ふと目を開くと、僕はブナの木の本数や形まで目を閉じても説明でいるくらいに何度も繰り返し通った白神山地の山の中に居た。

前方からうなり声が聞こえた。聞き間違えるはずもないツキノワグマのうなり声、その大きさは、あの隻眼の黒鬼のものだと直感的に知り、次の瞬間僕は駆け足で声のするほうに走っていた。

木々の間を走り抜けて開けた場所にそいつは居た、銀色に光る毛並みの犬がそいつい立ち向かっていた。しかし体格の差は歴然としており、はじき飛ばされ地面にたたきつけられた後、アイツは前足を振り下ろそうとしていた。

僕は後先考えずに飛び込んで・・・


僕は静かにまぶたを開いた。

目の前に、覗き込むシラカミとツガルが居た。

そうか、蛇に咬まれたんだったっけ。

ちょっと目を閉じたら、うとうとしたということか。

寝汗で、服が濡れてしまっている。

頭が重かったのも薄れた気がする。

って、少しずつ記憶を取り戻しつつあった僕の回想はそこで止まった。そこから先は、ひたすら顔をなめ回すシラカミと、頬を甘噛みするツガルの攻撃でそれどころではなくなっていた。


(シラカミの心の声)

なぜ、何故我は主に迫った危険にもう少し早く気がつけなかったのか。まだ、主に救ってもらったこの命の恩を返していないというのに。魔力のない世界に飛ばされて弱体化などしてしまい、この姿を主の豊富な魔力でようやく維持し、元の力を取り戻すことで、前の世界での恩とこの世界での恩を重ねて返さねばならぬというのに。

こんなところで、死んでくれるな。我はまだ主に返さなければならぬ恩が残っているのだ。


シラカミは目の前で額に汗を浮かべ、うなされる自身の恩人を見つめ、ひたすらその無事を願った。滝のような汗を祈るように舐め、快癒をひたすら願う。


(ツガルの心の声)

そ、そんな、私が、不甲斐ないばかりに。私を狙ったというのに、その私を庇って蛇の毒に倒れるなんて。フクロウは蛇の天敵のはずなのに、そのフクロウが蛇に音らウィー荒れた挙げ句に、ちょっと毛色が違うという理由で親に見放され巣からたたき落とされ、羽を痛めて飛べずに苦しんでいた私を、あのままでは早晩襲われて命を失っていた私を、救ったばかりか、折れた羽の治療までしてくれたご主人を、それも傷つけられると勘違いして噛み付いた私に優しく話しかけながら、羽の治療をしてくれた私を、ご主人が庇って蛇に咬まれるなんて。

このままご主人に何かあったら、私は到底立ち直れない。せめてもの恩返しが出来るように、なんとか無事で。


シラカミとツガルの祈りは通じたらしく、丸一日うなされながら眠りについていた史朗は無事に目を覚ましたのだった。

直後に、ひたすら熱烈な情愛を示されたのが先の出来事であった。


けだるさは残るものの、熱も引いてどうやら峠は越えたらしい。

汗だくの体を綺麗にするために、お風呂に入ることにしたら、ここでもシラカミとツガルは付いてきて、結局みんなでお風呂に入ることになった。

汗を流した後、お腹がすいていることに気がついた僕は、蛇に咬まれたあとご飯を食べるような状態ではなかったことを思い出し、食欲も戻っているなら、大丈夫だと、収納から串焼きと唐揚げを取り出して食べる。

ツガルとシラカミもすり寄ってくるので、唐揚げを出して皿に盛ったが、その皿毎加えて突き返される。手に乗せて一つずつ食べさせろという甘えのサインである。

ツガルはまだ雛だから仕方ないとして、シラカミも今日はなぜか甘えモードだなと苦笑いしながら、僕は唐揚げを手に乗せてシラカミの口の前に差し出す。

シラカミは嬉しそうに手のひらごと加えて甘噛みしたあと、手の上の殻替えだけ器用に食べる。「こら、上手に食べることができるくせになんで手のひら毎食べようとした。」僕が笑いながらも怒ると、悪びれることもなく、シラカミは鼻先を僕の頬にすりつけた。

今日はやけに甘えん坊だな。

訝しがる僕は、まさか蛇に咬まれた後丸一日以上熱を出してうなされながら寝ていたことなど全く気がつかなかった。

そして甘えん坊なのはツガルも同じで、いつものように唐揚げを小さく千切って嘴の前似持って行くと、いつもは唐揚げだけ啄むのに、指まで甘噛みしてきた。

「ツガルも何があったんだ、今日はおかしいぞ」と言っても、一向に態度は改まらない。

むしろ、テーブルの上に居たのに、膝の上に移動し、そこで食べさせてくれとアピールしてきた。


ちょっとした油断が危険だということを痛感した日だった。



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