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マタギvs初クエスト

僕は受付カウンターから出口に向かって左の壁にある掲示板の前へと歩いて行った。

ここに、毎日その日に組合に持ち込まれている仕事を一つずつ張りだしてある場所で、そこに張り紙で、たとえば、薬草を摘んで来て欲しいとか、たとえばこれこれの魔物の使える部位を獲ってきてほしいとか、あるいは害獣を駆除して欲しいとか言う内容が書かれている。

マタギは山に入れない冬の間、都市部に出稼ぎに行くことも多く、そうやってなんとか糊口をしのいで来たのだが、山菜やキノコの採取や鹿、イノシシ、果ては熊を撃つのでは生活できなくなっていき、止めていく人が急増した。

じっちゃも若い頃は東京に出稼ぎにいっとったそうだ。地方からの出稼ぎは建築や土木業者の飯場に併設された簡易宿舎に寝泊まりし、その日

仕事が飯場の掲示板に張り出されて、出稼ぎの人数分仕事がないと,くじ引きになったそうだ。

ここでは早い者勝ちらしく、仕事の取り合いで組合員同士が喧嘩になることもあるんだとか、きっとじっちゃが昔言っていた建設現場の飯場もこんな感じだったんだろうな。

奥は、掲示板に残って居る張り紙を一つずつ見ていった。

僕は雀組なので、雀組への依頼と指定されたものと鳩組に指定されたものとを受けることが出来る。

本当は、下の階級の依頼も受けることが出来るのだそうだが、雀組は見習いのひよこ組を除けば一番下なので、ひよこ組のためのクエストは受けられない。というより、ひよこ組のクエストで雀組も受けてよいものは雀組用のクエストにも同じものが張り出されるとのことである。

僕は雀組用のクエストを一つずつ見ていった。鳩組のクエストは選ぶつもりはなかった。階級が下の組合員が上の階級のクエストを選んで失敗すると罰金が科されることになる。もちろん上の階級に行くほど、クエストの失敗に罰金が科される頻度も,その金額も増えていく。というのも、クエストの中でも、危険な魔物の討伐なんかは、一日も早く討伐されないと、その魔物による被害が時間を追う毎に増えていくので、実力のないものが依頼を受けて失敗することで、本来その討伐が出来た組合員が依頼を受けるのを遅らせ、その間損害を拡大させることになるからである。このことは階級が下で実力に見合わないとされているのに、無理して受けて失敗した場合にも当てはまる。

また採取なんかも、薬に使う材料は、その材料を緊急に必要としている人が居て、そのため、破格の依頼料を設定しているのに、出来もしない組合員がお金に目が眩んで受けてしまい、失敗すると最悪薬が間に合わなくなって、取り返しのつかないことにも成りかねない。長い歳月の経験の結果、失敗の積み重ねの歴史の上にそういうクエストの受注精度は成り立っているんだなと感じられた。

僕が身の丈に会わないクエストを受けない理由は、シラカミとツガルが居るからで、特にツガルはまだ羽が折れたまま、安静が必要である。小屋に入れたままあいてむぼっくすには収納できないし、小屋を設置したままでも、どうせ僕以外に入れないし、持ち去ることもできなければ壊すことも出来ないので、中に置いていこうと考えたこともあるのだが、ツガルが鳴いて嫌がるので、一緒に連れて移動している。だから、一層無理はしたくないのだ。幸い、なぜか大金が立て続けに入ってきたので、当面の生活にも困らなさそうだし。

そうやって一つ一つ吟味していると掲示板の炭に、色あせた張り紙が貼ってあるのに目がとまった。褪色したその張り紙は、もう長い間、そこに貼りっぱなしであることを物語っていた。

気になったので、近づいて、その紙を見てみる。


 クエスト 町の下水の掃除

 内容 長い歳月を掛けてヘドロが堆積した下水道の掃除

    ブラシで壁面をこすってヘドロをこそぎ落とし、流れる水が濁らなくなるまで

100mでクエスト達成、町の下水道の全部を清掃するまで繰り返し依頼を受けることが出来る。

 報酬 100mごとに銀貨5枚


要するに、割に合わないというのがずっと掲示板に貼られたままであることの理由であった。

100mなんて下手したら一日掛けても終わらない一方、草原でアルミラージを1匹狩るだけで、皮と角と肉で銀貨3枚になり、一日でその5倍は稼げる。

これが誰も依頼を受けようとしない理由だった。

僕は、その依頼を受けることにした。誰も引き受けないなら困っている人が居るということだし、何より街中が依頼場所なので、ツガルが危険にさらされることもない。

まあ、そういう理由を抜きにしても、勝算があった。森の泉を綺麗にすることに比べれば、下水100mは問題なさそうだ、と思われた。まあやってみないと分からないけど。

僕はカウンターに行き、下水掃除のクエストを受けたいとラーナさんに告げた。

ラーナさんは驚いて、むしろ僕なら、草原のさらにおくの森にいるブラックウルフやブラッディウルフも問題なく討伐出来る。討伐クエストとしては階級の制限があるから無理でも、素材の納品は可能だし、現にもう納品したこともあると説明する。

それでも、「誰も受けない依頼があって、困っている人がいる事実をしったら見なかったことにするのは性格的に無理なんで。あと、怪我をしている鳥が一緒なので無理はできないんです。」と伝えた。

それで、ラーナさんもがっかりした顔で、分かりましたとクエスト受注の手続をしてくれた。まあ難しいことはよく分からないのだけど、クエスト完了の判断は、組合員証に流れる魔力で判断するため、クエストの内容に応じた達成ラインを予め組合員証に覚え込ませるのだそうだ。クエストごとに、なぜかその達成ポイントを判別する魔力の流れというのがあるらしく、その魔力を読み取って、達成の有無を判断するのだとか。正直説明を聞いても全く意味が分かりません。

手続が終わった僕は、首から提げたマジックバッグに偽装した普通の鞄にツガルを入れ、シラカミと一緒に町に出ていった。

ラーナさんからクエストのための下水道の配置図をもらい、必ず上流から下流に向かって清掃をするように言われた。まあ言われなくても、汚れが流れていくほうに向かって清掃しないと、汚れが流れてきたんじゃ、清掃の意味がないからね。

それでも、やはり、下水の上流は、そのまま文字通り上流階級が住む区画で、下流に行く西多賀って、所得層が低くなるのは、分かっていても、現実として突きつけられるのはあまりいい気がしなかった。

自分たちを必要としてくれる人がいるという矜持があってマタギになる人も、社会的には、決して裕福ではなく、やはり専業では食べていけないので、冬の間は出稼ぎとかになる。言ってしまえば、この地図の下流の区画に生活する人である。

なので、僕の目標は、本当に下水の汚染で困っている下流の人のところまで綺麗にするというものだった。

上流地区など、来たこともなかったが、地図を頼りに、組合を出てから1時間後、ようやく清掃の開始地点にたどり着いた。

あまり汚れているというほどでもないけどなあ。

まず、試しに泉で使った浄化魔法を、発動してみる。

浄化のためには、手を水につけなければならないのは少し抵抗があるけど、魔力を制御して、水につけた瞬間に発動すれば、そのまま手も綺麗煮してくれるので、まあそう考えればなんとか耐えられる。

そう考えて、深呼吸をし、下水道に手をかざし、「綺麗にすんべ」と言いながら、手を見ずに付けた。

すると、水面が光り輝き、その光は視界の届く範囲まで光の粒子となって、流れていったあと、一瞬強く光った後、少しずつ光が弱くなり、やがて消えていった。

「うまくいったのかな?」

清掃の基準は壁面をこすっても汚れが流れないことだったよな。

僕は組合で借りたブラシを持って、近くの下水道の水路をこすってみる。

見た目にも綺麗だし、汚れらしい汚れは気にならないし、多分これでいけてるんじゃないかな。

まあ、最初だし、実権のつもりで泉のときのようにめまいしない程度に使ったつもりなので、すぐに次の分もやらないと、下流の人たちのところまで何日掛けても終わらない。

奥は、次に手を付ける場所を確認するため、そのまま下水の流れに向かって一緒に下っていく。

浄化したことで、来るときに感じていた不快なにおいも感じないようになっていた。このにおいも一つポイントで,不快なにおいがするところが次のポイントになると考えた。

ところが、下水を見ながら歩いていくこと1時間、つまり組合のある近くまで下水と一緒に下ってきたが、どうみても、掃除の続きをする場所が確認できない。

お昼時ということもあったので、一旦、町の真ん中にある噴水の広場で、お昼ご飯を食べることにした。

テント広場で寝泊まりした日に買った串焼きと唐揚げはまだ残って居た。普通なら傷んでしまうところだが、あいてむぼっくすは入れたときのままで取り出せるので、3日目なのに、出来たての状態だった。頭が混乱するが、そういうものだと諦めることにした。別に悪いことじゃないし。特に不便も感じていない。

シラカミとツガルは串焼きよりも唐揚げのほうが好きらしいので、それぞれに食べさせる。

ツガルは、唐揚げを割いて一口サイズにして、口元に運ぶしか食べさせる方法がないので、そうするのだが、シラカミがそれを見て、皿に盛りつけて出されるのは不満らしく、ツガルと張り合い、僕の手から直接食べたいと意思表示してくる。具体的には、唐揚げを一つ食わえて、僕の腕の前に差し出し、意味が分からずに、手を添えると、その上に唐揚げを落として、そうしてから食べるのである。

意味が分かったところで、唐揚げを手のひらに乗せて差し出すと、しっぽを振りながら舌でこそぎとるように、手のひらの唐揚げを口にいれて満足そうにかみ始める。

シラカミもツガルも、いつの間にか大切な仲間であり家族になった。

お昼が終わると、組合が近いので、先ほどの1階だけの浄化魔法でどこまで終わったことになるのか、おそらく甘い考えで通り過ぎてしまったのだろうから、どこから先がまだ終わってないと判断されるのかを聞きに戻った。

建物に入ると、ラーナさんが受付を離れようとしているところで、お昼ご飯の休憩に出ようとしていた。

入り口を入って来る僕を見つけ、「下水の掃除に行ったんじゃないの?」と声を掛けてきた。

「あ、お昼休みなら、終わってからでいいですよ。それか代わりの人で」

「何言っているの、こんな小さな町の組合の受付なんて何人もいないわよ。この時間は手が空きやすいし、お昼休憩だって組合員も知っているから、問題ないわ。」

「ならなおさらです。休憩はちゃんと休憩してください。」

「あら」、律儀なのね。じゃあお言葉に甘えて、1時間で戻るわね。」そういってラーナさんは町に出ていった。

僕たちは、期せずして時間が空いたので、噴水広場に戻りひなたぼっこをすることにした。

昨日までは誰かに付けられている気持ち悪い雰囲気で落ち着かなかったけど、今はそういう感覚がなくなっていた。

噴水の縁に腰掛けて、バッグからツガルが膝の上に出てくると、そのツガルに鼻先を近づけるシラカミ、両方を撫でると、揃って目を細める。

こういう時間いいな。

ツガルの羽はどれくらい直っただろうか、触って痛がったら可哀想なので、自分で動かすようになるまで待つことにする。

そんなことを考えて上から覗き込んでいたら、ツガルが突然首だけ回して顔を僕のほうに向け、目が合う。体が静止しているのに、首だけ?180度に近いくらい動かすのって、やっぱりフクロウはこの世界でもフクロウなんだなと一人納得して、そのことがおかしくなってつい笑みがこぼれてしまう。するとそれが何故か分からなかったらしくて、ツガルが首だけ回して後ろ上を向いているのに、さらにその首を傾げる。

フクロウの首って柔らかいんだな。愛くるしいその姿に癒やされた。

楽しい時間はあっという間に過ぎるんだなと思いながら、ラーナさんがお昼休みからも土手来る時間になるので、もう一度組合に足を運ぶ。

ラーナさんは僕を待たせて申し訳ないと考え時間よりも大分早くに戻ってきたらしい。そっちの方が帰って申し訳ない。

ラーナさんに事情を説明する。下水道の清掃に浄化魔法を使ったが、どこまで清掃完了扱いになったのかがよく分からなくて、その境目を教えてもらい、そこから続きを今日出来るところまでしたいと話をした。

浄化の魔法が使えるというところで、軽く言葉を失っていたみたいだが、この世界の人なら誰でも生活魔法は使えると聞いていたので、何に驚いているのか分からない。

ラーナさんに言われるままに、組合員証を渡すと、受付時に入力していた情報を元に、クエスト完了報告時に確認する作業で、どこまで終わったのかを確認し、そして今度はさっきよりもさらに長く絶句していた。

「あの、意味が分からないんだけど、下水道の清掃は全部終わっているわよ。」

ラーナさんがやっと我に返ったようで、口を開く。

「え、全部?」

思わず聞き返してしまう。

ラーナさんは少しくらい顔をして、「クエストの依頼分は全部。あまり良い話じゃないけど、町からの依頼だったんだけど、噴水の先に中流層と下流層の居住区域を分ける塀があって、下水道はその塀の下を通ってさらに下流区域を流れるんだけど、汚物が中流層に戻ってこないように、水門があって、依頼はそこまでなの。そこまで全長7kmで金貨3枚と大銀貨5枚ね。今支払の手続をするわ。それにしても半日で全部終わるなんて信じられないわ。」

「いえ、残っているなら最後までやります。というより下流こそ、一番汚れが集まる場所ですよね。」

「組合としてはね、組合員のためにお金を払える仕事しか受注しないし、組合員にも引き受けさせられないの。」

大人の事情ってやつか。まあ立場もあるし、ラーナさんを責めても仕方ない。まあでも僕がやることは決まっているけど。

「分かりました。クエスト完了報告します。」

僕は報酬を受け取って出口に向かう。

背中から、「これは独り言なんだけど、下流居住区の下水枡は中流区域と下流区域の境界の門の右手50m位のところにあるわ。中流区域側からアクセス出来るようになているわね。」とラーナさんの声が聞こえた。

僕は振り返って「独り言ですけど、ありがとうございます。」そう答えて、組合を出た。

僕はその足で、まっすぐ汚水枡に向かい、お昼ご飯で回復した魔力を両手に集めていく、上流階級の居住区なんかより、もっと徹底的に綺麗にしてやる、この先ずっと病原菌が恣死滅するくらいに。僕は、そのまま両手を枡に突っ込み大きな声で「綺麗にすべや」と叫んだ。

今までで一番強い光が辺りを包み込み、ずっと消えないのでは、というくらいに光り輝いて、長い時間そのまま光り続け、そして名残惜しそうにその光を失っていく。

中流居住区から下流居住区に行くための門を通貨するには特別の許可がいるらしい。確認できないのは心残りだが、きっと大丈夫、そう信じて今日から再びテント広場で寝泊まりすることにした。あんなことがあると宿の方が落ち着かないので。

その日は始めてのクエスト達成の充実感とシラカミやツガルと過ごした時間が楽しくて、布団の上に倒れ込んだ途端に寝てしまった。




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