マタギvs不審者の影2
最初に気付いたのはやはりシラカミだった。
真夜中、町は静けさにつつまれ、宿のある中心街から外れた通りは職人の工房や大通りに店を出せない小規模の店が軒を連ねる一角で、そんな時間に人一人表を歩くこともない。
シラカミが頬を舐めてきたので、僕は目を覚ました。
念のため、部屋の窓は開けている。
こうすることで、外からの音は遮断しなくなる。
古びた宿のため、人の歩く音で床が軋む。宿なのだから、人が廊下を歩いていても何の不思議もない。
しかしながら、聞こえて来たのは、音を立てないようにという意図が明白な,あまりにも不自然な足音だった。
真夜中だからすでに寝ている宿泊客に気を遣って大きな物音を立てないようにすることくらいはマナーだだ楼が、そのために忍び足になることはない。
慎重さがかえって不自然さを強調していた。
人数は・・・分からないけど、一人でないことは間違いないだろう。その足跡が階段で、一旦止まる。
廊下と階段では、足下の床の厚みが違う。廊下に比べて階段は足音が下に抜けるため、床に比べて甲高い音になる。
その足音が廊下に到達する低い音に変わる前に、音がぴたりととまる。
僕の部屋は階段を上がったところにある共同トイレのとなりだった。
駆け出しの冒険者に見えるらしいので、注目を浴びないように、お金がないことを強調するかのように一番安い部屋で、とお願いしたから。小屋を置くだけで、どんな高級宿の一番高い部屋より豪華になるのだから、広い部屋に泊まる理由すらない。
したがって、部屋のドアを塞ぐように小屋を置いている僕のところから、階段の何者かまでは部屋の戸を挟んでいるだけで、5mの距離もない。
僕は、右手をぎゅっと握りしめる。あまり乗り気ではないけど、置かれた状況からすれば贅沢は言っていられない。出来ることはやらなければならないだろう。
僕はそのまま握りしめた拳を耳の横で開く
「おっきくなっちゃったあー」
少し落ち込む。本当に毎回こんなことをしなければならないのだろうか。
何やらせるんだろう。
僕の名前は叉木史朗、確かに子供の頃、とある手品師の名前にかこつけてからかわれたこともある。けど、このネタはその弟子の方だろ?ボケがわかりにくい。
それでも、聞こえるはずのない話し声を聞き取るその性能自体は人間のそれを超えてしまっている。我慢するしかない。
「あの小僧の部屋はどこですか、兄貴」
「真正面の部屋だ」
「本当にその小僧があのフェンリルの子供を連れているですかい。」
「間違いない。小さいから気付かない人間がほとんどだろうが、鑑定で確かめた。」
「そんな伝説の魔獣の子供となったら、それこそ一生遊んで暮らせるだけの金が手に入りますねえ。で、子供はどうします。」
「面倒だからな。殺しちまうけど、宿の女将には、部屋の中ではやらないでおくれと言われている。」
女将もグルなのか。
「無駄話はこれくらいにして、2階には、あと突き当たりの部屋に冒険者が泊まっているらしい。あまり騒ぎ立てると、起きてきて面倒なことになるかもしれん。睡眠ポーションを使うぞ。フェンリルが吠える可能性もあるからな。」
ここまで聞き取れれば十分だろう。
シラカミ目当ての犯行か。
僕は顔をのぞき込んでいるシラカミの目を見つめると、「大丈夫、渡さないよ。」と言って頭を撫でる。
シラカミは嬉しそうに目を細めた。
さて、どうしたものか。
このまま小屋の中に居るのが安全だろう、窓から逃げることも考えたが、今は窓の前にベッドを立てかけてしまっている。物音を立てれば、すぐに部屋の中に入ってくるだろう。そうすると、部屋の中で迎え撃つことになるが、相手がどんな手段で来るか分からない。僕を殺すことに何のためらいもないのは、この手の荒事に慣れているということだろう。
間もなく、部屋のドアの鍵穴から音が聞こえてきた。部屋の鍵まで用意していた。女将も完全に仲間ということなのだろう。
鈎が外されると、ノブが静かに回り、ドアを押し開けようとしたところで、小屋に阻まれてっとまる。
「ちくしょう、ドアの向こうにバリケード張ってやがる。俺らの襲撃を想定していたのか?」
「ドア蹴破りましょうか、兄貴?」
「駄目だ、騒ぎになると、宿の他の客も起きちまう。この先女将の強力が得られないと仕事がやりにくくなる。仕方ねえ、窓に回るぞ。念のため、お前は廊下で見張っとけ。」
窓からの侵入に切り替えたようだが、さすがにその間に逃げるのは難しそうだ。挟み撃ちにするらしい。まあ、小屋の中が安全なのは青の森で実証済みだけど。
それでも、この先ずっと逃げ回る訳にもいかないし、」朝起きた時に部屋の中で待ち構えられては、気が休まらない。
安宿の窓は木で、しかも外に向かって開くようになっている。1階の窓ならともかく、2階の窓には閂は掛かっていない。もっとも、外の壁を登って侵入するのは、いくら人通りの少ない場所でも無理があるだろう、と考えていたら、屋根の上から音が聞こえてきた。
どうやら、ロープか何かで窓の外まで降りてきて侵入するらしい。
ベッドで窓を塞いでいるけど、窓は外に向かって開くし、バリケードのベッドも、外から蹴り倒せば、侵入できない訳ではない。
物音は避けられないけど、ドアから入れず、屋根から窓伝いに侵入しようとしてベッドがあれば、おそらくは、こちらが気付いていることも知れて、大胆な行動に出ないとも限らない。やはり、ここでけりをつけるしかなさそうだ。
シラカミには、小屋の中に留まるように言って、僕は外、つまり宿の部屋の中で、窓の外の物音が近づくのを待ち構える。
じっちゃに、「人に向けて銃を撃つことがあってはならん。」と強く言い聞かされていたけど、今回あばかりは仕方ないよね。ちゃんと急所を外すようにするから、勘弁してね。
そうならないことを心に願いながらも、やはり窓の外から聞こえてくる音は、人が壁伝いに降りてくる音だった。
ゆっくりと、銃口を揚げて、窓に向かって構える。
すぐに、部屋の窓が外に向かって開いた。当たって欲しくなかった予想は当たったようだ。
「畜生、気付いてやがったのか」窓の外から声が聞こえ、次の瞬間、窓を塞いでいたベッドが、音を立てて部屋の中に倒れてくる。
僕は、ベッドが倒れたことで出来た射線に覚悟を決めて、魔力弾を放ち、強盗の右足の膝を打ち抜く。これでもう右足は動かないはず。
そして間髪入れずに、照準をロープを握っている男の右手がのびる肩に併せると、突然のことに何が起こったか分からず,驚愕していた男の目線と交差する。
「一瞬の躊躇が命取りになるぞ。」本当は熊に対峙した時の心構えだけど、気力を振り絞って男の右肩の付け根を打ち抜く。一時的に力が入らなくなるはずで、神経さえ傷ついていなければ、右手の機能は失われないはずだが、余り同情するつもりにはなれないので、そのあたりの精度はあまり気にしないようにする。
男はロープみたいなものを握って居られなくなり、地面に落下する。まあ、この高さなら頭から落ちることはないだろうから、死にはしないだろう。
男が窓下に落ちた物音と、その前のベッドを部屋内に蹴り込んだ物音で、宿の宿泊者と近所の人が何人か目を覚まし、窓下に右肩右足を怪我した状態でうずくまっていた男を見つけて、衛士を呼びに行ったことで、僕も事情を尋ねられた。
真夜中に部屋の外の廊下で物音がして、誰かが鈎を空けて入ってこようとしたので、ドアがあかないようにつっかえをしていたら、今度は窓から侵入しようとしてきたこと、ベッドで窓を塞いで、応戦したけど、窓は外側兄開くのと鍵が付いていなかったことで、部屋の中に侵入してくるのを塞げなかったので、やむを得ず、足を撃ったが、それでもまだ引き下がらないので、ロープを握って居る右手の付け根を撃つことで、手を放させようとしたと説明した。
一部脚色が入っているような気がするけど、嘘はついてない。状況とも完全に一致するはずだし、この世界にはどういう仕組みか全く分からないが、真偽を判断する等の姻族板があるので、変に嘘をつくのはかえって疑いを招く。
聴取は明け方までかかり、さらにその後組合に来るように言われた。寝不足のまま組合に顔を出すと、ラーナさんが僕を見つけ、駆け寄ってきて、謝罪された。
奥はなぜラーナさんが謝るのか、意味が分からないので、あわてて、「顔を上げてください。ラーナさんに謝られるような心当たりはありません。」と告げたら、「組合が照会した宿でこんなことが起こるなんて」と言われた。
「それは,別に組合の責任でもましてラーナさんの責任でもないですよ。知ってて紹介した訳じゃないんだし。」とあわてて否定しておく。
「ありがとうございます。」ラーナさんはそういって顔を上げ、僕の目を見ながら「何もなくて良かったです。」と続けた。
僕は急に落ち着かなくなり、「あ、ありがとうございまひゅ」と答えた。
はい、噛みましたよ、噛みましたとも。中学卒業して高齢化するマタギと猟師の世界に飛び込んだんだから、女性に対する免疫なんてあるわけないですよね。彼女以内歴=年齢ですが、それが何か?
「ギルドマスターがお呼びですので、二階の部屋にご案内します。」
翻訳先生は、僕に分かりやすく、この世界では冒険者ギルドと呼ばれて居るこの組合を「猟友会」と翻訳してくれるが、さすがに役職名は固有名詞らしく、組合長とは翻訳してくれないらしい。「ギルドマスターって何?」
「ここで一番偉い人と思っていただければ。」
「え、僕、何か悪いことしました?」
別にそれほど素行の悪い人生を送ってきたつもりはないけど、偉い人に呼び出される=何かお咎めがある、という発想は日本人のDNAの中にあるんじゃないかな。
ラーナさんに連れられて2階にある部屋の前まで行く。ラーナさんがドアをノックして、「シローさんをお連れしました。」と中に声を掛ける。
「入れ。」
低くて、しゃがれた男の声が中から聞こえると、ラーナさんは「失礼します」といってドアを開け、僕に先に入るように言う。
部屋の中は農協の理事長室よりもちょっと豪華な感じで、机が窓際にあって、その前に3人くらいヶ掛ける背丈の低いベンチと机があった。
「お、まあ,楽にしてくれ。」
40代?の筋肉質なイケオジキャラの男性が部屋の中にいて、部屋に入った僕に席を勧める。「失礼します」といって腰掛けた。
「自己紹介がまだだったな。シロー君、一昨日加入したばかりの新人にもかかわらず、わずか一日で雀組に昇級したんだってな。組合期待の新人という訳だ。儂はギルドマスター、まあ組合で一番偉い役をしているドランだ。まあ今後顔を合わせることは何度も出てくるだろう。」
「あの、済みません。僕は何でここに呼ばれたのでしょう。」
「あ、ああ早速本題に入るか?、なんか『慕われる上司になるための101のステップ』にはまずは世間話で会話を和ませるのが大切です。」って書いてあったんだがな、ゴホン」
「・・・」
「あ、いや何でもない。此度は災難だったな。だが、君のおかげで、長い間頭を悩ませていた強盗グループの手がかりがつかめた。まさか冒険者宿が犯行グループの一味だったとは。それでな、君が返り討ちにした犯人は,凶行の担当で、首領は別にいるらしいが、そいつにも犯人不詳のまま懸賞金が掛かってたんだ。その懸賞金は君のもので、あと現在捕まえたそいつと宿の女将は薬も用いてグループ全容の解明の尋問中だ。判明すれば、検挙に重要な役割を果たした君にさらに懸賞金が追加される。」
「えーと、別にお金目当てはないのですが。」
「ハハ、君は組合員にしては珍しく、欲がないのだな。普通は賞金はいくらだと、儂が話す前に、聞いてくるものだぞ。」
「そういうものなのですか。」
お金が欲しくないといえば嘘になるが、それでも人に向けて銃を撃つのは心に重しが残る。お金のために出来ることではなく、身を守るため仕方なかったと自分に言い聞かせたかったので、お金を強調されると居心地が悪くなる。
「あとで、賞金の金貨30枚をラーナから受け取っておいてくれ。」
「そんなに多いんですか?」
「組合は出来るだけ、情報は伏せるが、懸賞金が出ていたこともその額も、君が関わっていたことも知っている人は知っているしな、今度は別の理由で狙われるかもしれにあので、一応気をつけてくれ。」
そういった後、ドランさんは、僕ではなく視線をずらして横のシラカミに目を移す。
「こっちが、あのフェンリルか。まだ子供だと、手を出そうとするやつも出てくるんだな、成獣になったらとてもそんな気になる命知らずもいないんだろうがな。」
ため息混じりでそうつぶやいた。
「成獣とではそんなに違うものなんですか?」
姿形にかかわらず、シラカミは大事な仲間で家族だ。危害は及ばせない。
僕はシラカミの首回りに手を伸ばし、撫でながら、尋ねた。
「君はフェンリルがどういう魔獣か知らずに従魔にしているのか。」
驚いたような呆れたような声でドランさんが僕に話しかける。
「素直で可愛いですよ。」正直に答えると、今度は突然笑い出した。
「ああ、間違いなく君は大物新人だ。フェンリルを可愛いと形容する人間が居るんだな。今の状態で、どの程度の力があるのか知らないし、知りたくもないが、成獣のフェンリルは国一つの戦力でも足りないと言われているくらい圧倒的な力を持つ伝説の魔獣だぞ。目の前にいて、普通に君に従っているのを見ても自分の目を疑ってしまう。」
「そんな危険な存在じゃないです。シラカミはおとなしくて、礼儀も正しいんです。」
僕はシラカミを危険生物であるかのようなその評価を打ち消すよう、語気を荒げて反論する。
「あ、ああ、くれぐれも従魔が暴れないように手綱をしっかり握っていてくれ。もっともその気になれば、君にそこのフェンリルを抑えることは無理だろう、この国の全軍事力をもっても無理だろうしな。」
「これ以上、シラカミを危険視する話が続くのであれば、これで失礼します。」
「いや、気を悪くしたならお詫びする。呼んでもらったのは、組合として謝礼を伝えるためだ。まあ狙われたフェンリルをこの目で見ておきたかったというのもあるが。話は以上だ。あとはラーナに手配するよう言ってある。ご苦労だった。」
話が終わると、ラーナさんは部屋の外で待っていて、そのまま受付のカウンターで報奨金金貨30枚について、手渡しだと目立つので、組合の口座を開設して、そこに預けて置いたらどうですかと助言された。
カウンターに金貨を積まれて目立つのもイヤなので、それでいいですと答えておいた。
組合の口座の記録は組合員証に都度記載され、本人以外は使えないので、安全とのことだった。偽造も本人になりすますことも出来ないらしい。
「で、」この後ですが、まだ一日は始まったばかりですし、何か依頼を受けてみませんか。」
ラーナさんが掲示板を指さしながら、そう切り出した。
ここ数日で使うよりも遙かに多い金額のお金が入ってきてしまったけど、今はもう寝るのは難しそうだし、駆け出しの組合員がギルドマスターに呼ばれたあと、受付嬢と話をして、その後依頼も受けずに会館を出たら悪目立ちしそうだ。
気分転換にもなりそうだし、掲示板を見てみることにする。
「まだ決めてないですが、掲示板を見てきます。」
僕はそういってガンツさんに説明されたときにちらっと見たことがあるだけの掲示板にむかって歩を進めた。
読者の方から教えていただき、この部分の原稿が別の回の投稿と重複していたことに気付きました。
現行は一度アップすると元データを次の原稿で上書きしてしまうので、無くなったと思いましたがありましたので、変更しておきます。