マタギvs異世界の生き物
猟友会の資料室は名前負けするくらい狭く、入り口の扉のある壁とその奥の壁に本棚があり、入って右と真正面は窓があり、部屋の真ん中にテーブルと机があるが、二人分しか利用出来ない場所だった。
もっとも、この世界の文盲率は高く、猟友会、まあこちらの世界ではギルドというようだが、を利用する組合員の多くは学問を受けておらず、簡単な金勘定とクエストの内容を理解するくらいは生活の必要に迫られて出来るものの、自分たちが相手をする魔物の名前や種類、弱点や危険性などの情報は、文字で調査するのではなく、体で覚えるという脳筋思考だった。
なので、受付嬢のラーナさんが、クエストに飛びつかずに、まずは資料に目を通すところから始めたことに驚くのはごく当然のことだったのだが、そんな事情をつゆ知らずの僕は、何に驚かれたのかが全く分からない。
むしろ、自分が何に立ち向かうのか知らずに行動するほうがよっぽど無謀だと言わざるを得ないのだが。
目当ての本は、本というよちも紙の束をひもでとじたもので、加除式になっていて、都度差し替えることが出来るものだったが、古いものと新しいものが混在しているような感じではなかった。新しい情報が入るたびに追加出来るようにしたものだと思うが、情報の上申作業が行われているとは思えなかった。
これは、書いてあるものだけを鵜呑みにするのは危険かな、と思いながらそのうちの一冊を手に取る。
冊子はここブルーフォレストの町の周辺に出没する魔物を場所ごとにまとめたもので、まさに探していた情報だった。
棒は雀組なので、討伐クエスト自体多くはなく、むしろ素材の納品が中心になるはずだ。
その中でも、僕が用いる手段の罠と猟銃と相性のいい標的を探すことが目的だった。
この世界に来てからは、猟銃で魔力を圧縮したものを弾にして狙撃するという不思議な方法になっているが、元々銃は競技射撃の訓練でしか使ったことなく、当たり前だけど殺傷能力のある実弾は一度も使用したことはない。一方、生計の手段としてのマタギ生活は、山菜の採取と鹿やイノシシの罠猟が主だった。
時々イノシシの罠に小熊が掛かることがあるが、その方が近くに母熊が居ることを意味しており、危険極まりなく、熊を罠で仕留めることは基本的に想定していなかった。マタギとしてはともかく、猟友会の会員が山に入ることはあるのだから、虎ばさみのような罠は間違って会員い気概が及ぶと逮捕されるからね,当然禁止だし、見たこともまして手にしたこともない。当然作り方も分からない。
まあでも、この世界、イノシシも何かとサイズがおかしかったので、罠猟は難しいかなと思いながら、資料を読み進めていく。
今までで、足を踏み入れたことがあるのは、町の東側の草原とその先、始めてこの世界に飛ばされた時のスタート地点だった森、鑑定先生では「狂獣の森」だったけど、本当は青い森なんだそうだ。この町の名前と同じなんだ。
草原には、外見はウサギだが、額になぜか角の生えたアルミラージという名前の魔物と亜アーミーラットが最もポピュラーな四つ足のターゲットで、あとは、余り数は多くないらしいがレッサーウルフという狼種の中では比較的弱いのがいるらしい。まあ、弱いといっても、森の中のブラックウルフやさらにその上のブラッディウルフに比べてという意味で、やはり経験と実力の高くない猟師には強敵だということらしいが。
あとは、無事に仕留めたグラスバイパー、一応不意討ちを受ける前に接近に感づいて先制攻撃出来たので、あっさり仕留めることが出来たが、草むらの中を這って近づいてくる上、毒があるので、猟師には嫌がられているらしい。
なお、昨日は殺してしまっていたが、生きていれば薬の原料になるらしく、その場合は皮と肉で売るより倍の金額で売れるらしい。
まあ、生け捕りのほうが危険なのは間違いないので、覚えておくけど無理に生け捕りにしたいとは・・・
待てよ、昨日と同じくらいのサイズなら、罠が使えないかな。
一応これは要検討で。
後気になるのは、草原に出没する蜂に、フレンドリーとキラーのハニービーがいるらしく、よく似ているものの別の種類で、名前のとおり、前者は人を襲わず、意思疎通も出来るらしい一方で、後者は問答無用で襲って来るらしい。なお、ハニービーが居るということはヴェスパも当然いるわけで、ハニービーの巣を攻撃しているところに出くわすと巻き込まれて襲われることがあるとのこと
ヴェスパは普段はその先の森の中に巣を作っており、人が不用意に近づけば襲って来る。
毒はそれほど強いものではないものの、麻痺毒で、一度に複数回刺されると命に危険があるが、巣の近くだと群れで襲って来るため、この危険は格段に跳ね上がる。
山を駆け巡るマタギにとって産卵期のスズメバチほど怖い存在はない。意外と知られていないが、熊や毒蛇なんかよりスズメバチのほうが圧倒的に死亡事故が多い。日本に生息する毒蛇で死亡事例など皆無といっていいほどだが、スズメバチは毒ではなくて、アナフィロキシーショックが怖いのである。
それにしても資料によれば、ハニービーもヴェスパもサイズ間違っているんじゅあないかというくらいに大きく、ミツバチとスズメバチの約20倍である
60cmくらいのミツバチと1mのスズメバチって怖すぎる。
その先の青い森には、熊、イノシシ、狼が定番の魔物らしい。
デビルベアという体長5mの熊がもっとも危険と言われており、その危険度は白鳥でも厳しく、イヌワシ級と言われている。幸いになるのかどうか怪しいが、デビルベアは群れることがないので、ほぼ遭遇するときは単体である。
ほぼ、というのはごく一部の時期だけ、母親が子供を連れていることがあり、このときの凶暴さは、他の時期など比較にならないほどらしい。実質単体を相手にするのだが、子供連れのデビルベアは猟師が遭遇したくない魔物で上から数えたほうが速い。
なお、この危険な時期というのはおおむね晩春から初夏らしい。
今頃?
その次がブラッディウルフ、ジャイアントボア、ブラックウルフと続くが、ここでの危険度のランキングは単体で評価されていて、ブラッディウルフもブラックウルフも通常は群れで行動する。僕が遭遇したのはたまたまはぐれで行動していたものらしいが、群れているときは、その個体数にもよるが、危険度は単体の頭数倍ではなく、曲線で増えてしまうほど、連携による攻撃の危険性が増す。
なお、未確認だが、これらの魔物など子供扱いになるフェニックス級の危険度を持つグリフォンが森の奥に生息しているのでは?とまことしやかに言われている。
裏付けが取れないため、一応可能性として表記されていた。
グリフォン居たけどね。けど、別に悪い魔物じゃなかったし、会ったとか人間の言葉をしゃべったとか報告してしまうと、きっとグリフォンの生活の平穏が乱されてしまうのだろう。友好的な関係だったし、内緒にしておくのがいいと思う。
一応、行ったことのある東側はそれくらいで、次に北の共同墓地とその先の海の資料を手にしたのだが、1ページ目から共同墓地に出るお化けだったので、そこでおしまい。
うん、お化けを相手にする理由がないからね。
え、決して怖いんじゃないんだよ。ただ、食べられないし、戦う理由がないかなって。
西側も東と地形が似通っているため、草原に出るのはほとんど同じだったのだが、南の町に浮く人の往来があるため、街道にスライムが出てくるらしい。さすがにスライムは聞いたことあるし、なんとなく知っているけど、青色にしずくの形をしている訳ではないらしい。
あと、ゴブリンっていう魔物、人に悪さをするみたいなんだけど、絵を見る限り、3限度なりの佐藤のおじい、酒好きで飲み過ぎて週に二回腎臓の透析に通っている佐藤のおじいに顔色も含めてそっくりだ。マタギになるとき、じっちゃから銃は決して人に向けてうったらなんね、と口を酸っぱくして言われたんだ、このゴブリンいうのは、僕には無理だ。
同じ理由でオーガとかいうの、もうなくなったばあちゃの実家が秋田県の男鹿半島で、子供のころになまはげに鳴かされたトラウマがよみがえる。
これも無理だ。
けど、オークとかいう二足歩行のブタ、こいつはイノシシが立ち上がったところと考えたらなんとかなる。
それ以前に、人間の女性に乱暴して無理矢理子供を孕ませるとか。女性は連れ去られた後、生きて見つかっても、そのまま自殺してしまうんだとか。こんなの許しておけねえ。
こいつは見つけ次第駆除するのが当然だ。
ここまで目を通したところで、まだ午後5時にはならないけど、朝方の不審人物の気配のこともあって、今日の夜は宿に泊まることにしたので、ラーナさんにどこか安い宿を教えてもらって早めに宿を取らないと今日も広場になってしまう。
僕は資料を基の棚に返して部屋を出る。
受付のカウンターにはまだラーナさんが居たので、「資料室を利用させて頂いてありがとうございました。」とお礼を言ってから、出来るだけ安い宿を教えてもらった。
マタギ小屋のことは話せないので、「まだまだ、お金に不安が残るので、倹約していかなけれがならないんです。ベッドがなくても床で眠ることが出来ますし、トイレも風呂もいりません。」って言ったら、「風呂とかトイレなんて宿の部屋に付いているのはそれこそ貴族の泊まるような高級がつく宿よ、この町にはトイレはともかく,風呂のついている宿なんて聞いたことはないわね。」と軽く笑われてしまった。
えーっ?風呂がない?まあ、マタギ小屋には設置されているけど、そういえばこの世界に来てそれどころじゃなかったからお風呂入ってない。今日あたり使ってみるか。
ラーナさんは同情のまなざしで、一拍銀貨3枚という宿を教えてくれた。
ベッドがあるそうだが、逆にベッドがあると小屋を部屋の中に出せるかどうか不安なんだが。
ラーナさんに再度お礼を言って会館を出る。
宿は当然町の外れの、それこそ道案内が必要なくらい入り組んだ路地に面してひっそりと立っていた。
そして、やはりというか、組合の会館を出てしばらくしたところで、朝と同じ気配をシラカミが感じ取ったらしく、警戒のうなり声を上げた。
一体なんだろう。標的にされているのは分かるが、このまま宿まで付いてくると、今夜あたり、襲撃してくるのだろうか。
組合で照会してもらった宿の前について,左右を見回し、中に入る。
僕は受付で1泊の料金を前払いで支払、部屋に入った。
予想通り、部屋の真ん中にベッドがあり、小屋を出すには支障があったので、ベッドを窓に立てかけて,塞いでしまう。一方、マタギ小屋はドアの前に出して、外からドアが開かないようにしてしまう。
これで侵入者は入ってこれまい。
・・・きっとフラグになるんだろうけど。
僕とシラカミとツガルはどう考えても物理的におかしい小屋の中の広々とした空間で、ご飯を食べ、お風呂を試してみた。
トイレもそうだけど、使った後の水はどこにいくんだろう。
蛇口をひねると、何故か適温のお湯が出てくる上、どういう仕組みかしらないのだが、湯船のお湯の温度が下がらない。
ツガルはまだ包帯をまいたままなのでお湯の中には入れないし、湯気も包帯が吸ってしまうので、寝室においていこうとしたのだが、嫌がって鳴き出したので、浴室の隅っこの棚の上にのせて入浴中も見えるところにいて、話しかけるようにしたら、一応満足してくれた。
シラカミは犬科の動物の割にはお湯は平気らしく、暖かいお湯が気持ちよさ押すだった。
お風呂いいよなあ。生き返るよなあ。
知らない世界に一人飛ばされたけど、シラカミもツガルも居るし、強く生きていこう。
考えたら押しつぶされそうになる境遇を少しだけ忘れて、日本人のDNAに訴えかけるお風呂を端野し、寝床についたのだった。
まあ、当然のようにその晩は平穏には過ぎていかないのだが。