悪魔の伝説
世界は終わろうとしていた。分厚い雲が空を覆い、昼夜の区別も消えた。風が渦を巻き、破壊された建物の残骸を吸い上げ、浚ってゆく。アスファルトは剥がされ、剥き出しの大地すら、その渦に抗うのは難しく思えた。
「くっ」
目の前の悪魔は、元は同じ研究生らしい。世界中のあらゆるものを破壊して、最後に地元へ戻ってきたのだ。悪魔の姿となっても、微かに、自我が残っているという事か。
「ふははは。残ったのはお前等2人か。これで、俺は伝説となるのだ。この世界を滅ぼした、悪魔として」
俺と彼女だけ。悪魔が言うからには、その通りなのだろう。研究室に篭っていたら、いつの間にか、外の世界は激変していた。
「伝説なんて、なれるわけないじゃない」
彼女が、強い口調で言い放った。助けてくれと懇願するような性格でない事は分かっていたつもりだが、この状況で口を開けるとは…。まさか、何か必殺技でも繰り出せるのだろうか。
「なんだと?」
悪魔が、凄んだ。
「あなた一人残って、誰が伝説を伝えるのよ!」
え?そういうこと?
彼女の叫びは、単に、不可思議な言動を指摘しただけだった。
「む…」
あれ?
だが、悪魔には効いたらしい。元研究生。微かな自我が、投げかけられた問いを、解決せずにはいられないのか。
「伝説になりたいなら、私達を生かしなさい!」
研究していたのは、生物や植物の進化を基にした再生技術。僕等は生かされ、今また、研究を続けている。
「食事ができました」
悪魔は、破壊の魔力で土を耕し、竜巻を起こして水を吸い上げ、風に乗せて種を撒いた。地球は緑に覆われ、やがて3人となる僕ら人類は、伝説を伝えるためにその歩みを進めていくのだ。
「ありがとう」
妻が、悪魔に言った。
さて、お腹の子は、どんな伝説を伝えてゆくのだろうか。
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