高梨さん
「教授。頼まれたジャンクお持ちしました」
先日嬢からの言伝があり、教授が入用だというジャンクを見繕って教授の研究室にやって来た。ジャンク屋の店前で出会った浮浪者のような出で立ちとは少し雰囲気が異なるが、中で待っていたのは紛れもなく高橋と名乗ったその人だった。
「よう旦那。会うのは初めてか? まあ座れ」
「いや、会ってますよね。高橋さん」
教授は呆れたような顔をして、ため息をついた。
「旦那ぁ……何で狂餐会に入った。近づくなつっただろうが」
「すいません……それが借金取りから庇ってもらって……無下に断るのも……」
「借金取り……兄貴か? はあ、そりゃ隊長だ」
教授は一度首をひねってから、すぐに何か納得した様子を見せた。
「隊長?」
「狂餐会の会員だ。嬢の親衛隊隊長」
あの借金取りの人が狂餐会員ならば、勿論会長とも知り合いだという事になるだろう。
「それって……」
「嵌められたな」
「なんでそこまでして……」
「それだけお前を狂餐会に入れたかったのか。……目つけられてるのかもな。気をつけろよ。何かあったらうちに来い」
「はい。ありがとうございます」
もし本当に、僕を狂餐会に引き込む為に一芝居うったのなら、一体いつからそんな段取りをつけていたのか。まさか最初から。あの手紙の事を考えると、それもありえなくない。
「くれぐれも連中に深入りするな。戻れなくなるぞ」
「……気をつけます」
教授はきっと、本心で僕を心配してくれている。それは痛いほどわかるが、でも叔父さんの行方を知る為には避けられない事もある。僕はポケットの中を握りしめながら答えた。
「邪魔するわよ」
その時、ノックもなしに突然入室してきたのは嬢だった。
「あ、嬢! 聞いたよ、借金取りの人が狂餐会の人だって! 最初からグルだったの!?」
さっきの今でのタイミング、当然僕は嬢へと詰め寄る。
「グルってなによ? 兄貴が狂餐会員だって言わなかった事が何か問題なの?」
「僕に叔父さんの借金肩代わりさせるようなフリしてたんでしょ……?」
すると嬢の怪訝そうな顔は、合点がいったというような顔に変わる。
「ああ。言いたい事分かったわ。言っとくけど兄貴が取り立てに来たのは狂餐会と関係ないわよ。多分。恫喝屋はアレが仕事なんだもの。旦那に借金あったのは事実なんでしょ。嘘ついて無かったし」
確かにあの時あの人が嘘を付いている兆候はなかったはず。そして今の嬢も嘘を付いている様子はない。嘘をついてる事が分からないように嘘をついてるのなら、それはそれで信用できる人である。真理をつかれてしまって、僕には言い返す言葉が無かった。
「話終わり? じゃ通して」
「うん……ごめん」
嬢は教授の元へ進もうとするので、僕は素直に謝って道を空けた。
「はい教授」
「ん。ああ、出来たか」
嬢が教授に渡したのは、とても市販の商品では無いような、不気味さを感じさせるデザインのぬいぐるみ。それが何の生物を模しているかもよく分からない。甘く見積もってようやく犬かうさぎかと言えるかもしれない、というところ。
「嬢なにそれ?」
「研究が行き詰った時、息抜きに作ってるの。妹にあげたのとお揃いで、自分用のも作りたくて」
「嬢妹いるんだね」
嬢が裁縫を嗜む事も、妹がいる事も初耳だった。もっとも、そこまで踏み入った話をするほどの仲ではないからだが。
「いないわ。みたいなもの」
嬢はあっさりと否定する。という事は義妹か、血は繋がっていない身近な人か、もし複雑な家庭環境だったらと、聞いて良いものか悩んでしまう。
「……教授の娘よ。それで、教授はいつも私の事を娘みたいに言い触らしてるから…勝手に妹みたいなものだと思ってる……ってだけ」
嬢は白衣の袖を掴んで呟く。前にも見たそれが、間違いなく嬢が照れた時の癖だと理解した。
「その子にあげたぬいぐるみも、教授に頼まれて作ったのよ。中に教授の作った通信機器を入れてね。集会に置いてあるぬいぐるみと似た物ね」
「んで、こいつに同じ機器を入れてやてば、俺の娘が嬢とも話できるだろうってな」
教授はぬいぐるみをポンポンと叩く。
「何話したらいいかしら……完成するまでの間に考えとかなきゃ……」
「なんでもいいぜ。気張んな」
いつも強気な嬢が珍しく緊張している様子がなんだか微笑ましい。
「嬢も可愛い所あるんだね」
「なにその言い方。ケンカ売ってるの?」
「ふふ、ごめん」
その後は、なんだか教授と嬢の水入らずの時間を邪魔しては悪いなと思い、教授に話したい事もそこそこにして、研究室を後にした。
◇
少し寄り道をして帰る道中、ジャンク屋の近くでプロデューサーに出会った。
「おっ、なあなあ旦那今ヒマ? ちょっと付き合ってくれよ」
「少しだけなら」
プロデューサーは僕に付いて来るように、指でジェスチャーをして見せる。
「な、あそこに女の子いるじゃん。あの子迷子っぽくね?交番つれてってあげてよ。俺巡査嫌いだから、代わりに頼む」
プロデューサーが巡査が嫌いだというのは、以前にも聞いている。何でもピーピーと煩い笛吹男だとか罵倒していた。確かに出会った時には警笛をけたたましく鳴らしていたけれど、それ以来は普通に会って普通に会話していたし、そんな印象は薄れていた。一方で巡査にプロデューサーの事を訊ねると、不快という感情を大いに滲ませて「あいつの話はするな」と言うものだから、二人の仲は相当に険悪なのだと理解している。
「あ、本当ですね……わかりました」
プロデューサーが指し示す先には、辺りをキョロキョロと見回す小さな女の子の姿があった。僕はその子の方へ歩み寄り、プロデューサーも後ろからついてくる。
「こんにちは」
「……こんにちは」
女の子は警戒しているようなそんな感じはするが、小鳥が鳴くような可愛らしい声で応えてくれた。
「君名前は? どこの学校の子?」
制服を着ているので小学生以上のはず。聞いた所で僕はこのあたりの学校名をまるで知らないが、交番に連れて行った時にスムーズに案内できるだろうと思って聞いてみた。
「高梨さんは高梨さん」
そんな変わった自己紹介をして、高梨さんと名乗る女の子は学生証を見せてきた。名前は確かに高梨詩依で、加えて学校名は千芭高校と記されている。
「たかなし……しよりちゃん。千芭高校……えっ、高校生?」
「うん」
詩依ちゃんはこくりと頷く。その小柄さと幼い顔つきで、大きく見積もっても中学生くらいだと思っていた。
「ふーん、千芭」
プロデューサーはやはりこの辺の事が分かるからか、その高校名を聞いて知っているという反応をしていた。
「それで詩依ちゃんは今何してたの?」
「やすし君探しに来たの」
「やすし君?」
「立偏に……青……の靖」
「あ、そうじゃなくて。友達?」
「パパ」
「父親を君付けかー。高梨さん面白いな」
プロデューサーの言う通り、自分の父親を君付けで呼ぶ子を僕は初めて見た。
「お父さんはどこで働いてる人なの?」
「わかんない……秘密だって。でも高橋さんが壊れたの直してほしいの」
「高橋さんって……」
聞いた事のある名前だ。しかしあの高橋さんにしても、そうでないにしても、人だと思われる名前を壊れたと形容するのは不自然だ。不思議に思っていると、詩依ちゃんはカバンからぬいぐるみを取り出した。
「この子」
このぬいぐるみの名前が高橋さんなのだと分かったが、その姿形は女の子が好んで手を出すようなものには思えない。そして何より見覚えがある。自然と、点と点が繋がった。
「……プロデューサー。ちょっと詩依ちゃん連れていきます」
「おう任せたぞー」
僕は詩依ちゃんを連れて、交番の方ではなく教授の研究所の方へ向かった。