名前
狂餐会の集会が、翌日に迫っていた。
最後に、なんでもいい。些細なことでも、一見会長たちと関係ないようなことでも、得られるだけ情報を得ておきたい。僕はパソコンの前に陣取り、箱の中のジャンクを漁る嬢を視野に捉える。
「嬢の名前、聞いていい?」
「何よ急に」
僕が投げかけた唐突な質問。嬢からは当然、怪訝な反応が得られた。
「……嬢の事を知りたい……いや、嬢を信じる為に必要だから」
そんな曖昧な説明でも、嬢はよしとしてくれたのか、ややあってから口を開いた。
「トキトウアコ。季節の秋に当たる、亜鉛の亜に子供の子」
秋当亜子。聞いた文字を組み立てて、例の入力枠に打ち込む。嬢がこちらへ歩み寄ってくる中、パソコンがジジジと唸りを上げて、検索結果を吐き出した。
「なにそれ」
「おじさんの関係者リスト。趣味嗜好とか結構赤裸々に個人情報書いてある」
「ふうん。分かってたけど悪趣味ねアイツ」
「それ教授も言ってた」
【秋当亜子】
狂餐会幹部。通称嬢。遺塵研究所勤務。無痛無汗症。獣耳愛好。
嬢はその画面を僕の後ろから覗き込んで「ふうん」とつまらなさそうに声を漏らした。
「で? なに、こんなので満足なの?」
「うん」
嬢が研究員なのも無痛無汗症なのも、獣耳に対して異常な執着があるのも、僕がすでに知っている事。それ以上の情報は書かれていない。嬢は会長達と深く関わっていないという証。それが知りたかった。
「嬢は会長の本名知ってる?」
そう尋ねると、嬢は眉を顰める。
「知らない。知ってたとしても教えない」
僕に強い視線を送りつつ、それだけ言うと、嬢はまたジャンク漁りを再開する。今や、嬢の中にも狂餐会への不信感があるのは僕から見ても分かる。それでも嬢にとっては会長は崇拝する存在には変わりないのだろう。もし本当に会長の名前を知っていても、教えてはくれなかったはずだ。
「嬢って狂餐会の人達の本名どれくらい知ってるの?」
「なにかの機会に知ることはあっても、わざわざ聞き出そうとはしてないから……ほんと少数ね」
「そっか」
「知りたいやつでもいるの?」
「ううん。数打てばというか……」
「……そういえば。私の親衛隊あるでしょ。モルモット隊。アイツらの名前ならリストあるわ。会報送りつける為に必要だから。あとでデータ送るわ」
「なるほど……ありがとう。お願いするよ」
嬢は変わらず手を止めない。必要だというジャンクを探す事が今は優先らしい。
「ねえ。アンタの名前は調べてみてないの?」
「え……? 無いよ。だってこれ顧客リストだし。僕、叔父さんがいる時にこの店来たこと無いんだよ」
「ふうん……ならそれもそう……あ、あった!」
語尾まで言い切る前に、嬢は嬉しそうな声を上げる。どうやら目的のジャンクを見つけたらしい。嬢の関心がそちらへ移った事で、一連の話の流れはそこで途切れた。
◇
ジャンク屋を出る嬢を見送ったあと、僕は再びパソコンの前に腰を下ろす。あの時は嬢の言った事を軽く否定したが、本当は心に引っかかっていた。けれど、なんとなく、嬢が居る時には試したくなかったから。
亜形夜也。僕の名前。あるはずがない。そう考えながらも、キーボードに指を滑らせる。Enterキーをカチリと押し込み、目を閉じて、あの唸り声を聞く。再び目を開けて、表示された画面に釘付けになる。
【亜形夜也】
俺の息子。
これをお前が見ているなら、俺はもうここにいないんだろう。
今更お前に言う事なんて無いんだが、一つだけ。もう一人の俺の息子の事、よろしく頼む。狂餐会は、そのためにある。
「なに……言って……」
亜形夜也が叔父さんの息子なら。僕は、叔父さんは――。
「叔父さんが……僕の、父親……」




