縁坐
教授の研究室の中。先生の家が火事になった事、先生とメイドさんが亡くなった事は嬢が話してくれた。
僕があの現場にいた事は聞かれない限りは黙っていようと思った。きっと教授に咎められるだろうから。
嬢の話を聞き終えると、それまで神妙にしていた教授は顔をしかめた。
「よりによってあの家か……」
「なにかあるんですか、あのお屋敷」
「旦那は当時子供だったろうから覚えてねえかもな。十年前の事件の現場だ。子供が十人以上拐われて殺されたって話のな」
「少し……覚えてます。あの時期、お母さんとお父さんが「知らない人について行っちゃ駄目」って強く言い聞かせるようになって」
「そうか。いい親だな」
「はい」
あの当時は、そうしつこく言いつけてくる両親に鬱陶しさを感じていた。けれど今になれば、父と母が本気で僕の身を案じていた愛情がよく分かる。
「でも、なんでそのお屋敷に先生が住んでたんですか」
凶悪事件の現場、つまり事故物件に住みたがる人はそういない。あの先生ならばそれも気にしないだろうが、お医者さんともあれば収入は相当にあるだろうし、特段に理由もなくわざわざ事故物件を好んで選ぶような人だとも思えない。
「……あの事件の犯人は会長の父親かもしれねえ」
「え……」
「あの家が会長の持ち家なら、当然それを先生に渡したのも会長だ。その可能性を突き止めた時は不思議だったんだ。なんの目的があったか……今になって分かっちまったな。はなから、燃やすつもりだったんだ」
なるほど、と声が漏れそうだった。合理的かつたちが悪い。先生は相当前からメイドさんと心中するつもりだった。でもあの人には人を気遣う優しさもある。だから周囲に延焼せず他人を巻き込まない家を探していた可能性は大いにあり得る。その相談に乗ったか、もしくはそうなるようにけしかけたかで、会長が条件に合うあの家を渡したのだろう。
◇
十年ほど前、十人余りの子供達を殺した犯人は中弦という男だった。改めてその事件をネットの海から拾い上げていると、嘘か真かも分からない有象無象の話ばかり。男の家族の話もチラホラと出てくる。住所や名前まで暴かれ晒されて。
中弦は大富豪たる資産家であり、事件には権力によって封殺された情報があるのではないか。別荘で行われた犯行とはいえ、家族は男の不審な様子を見抜けなかったのか。事件発覚から連日マスコミに追いかけ回された中弦の家族は疲弊し、妻はのちに自殺した――など。中には「人殺しの子供も人殺しになる」「子供を殺すのが好きなら自分の子供を殺しとけよ」「こいつの子供も殺せ。子供を殺された親の気持ちを味わえ」なんて心無い言葉も書き連ねられていた。
中弦の家族は、血縁者という理由だけでこんなに悪意に満ちた晒され方をしているなんて。と不憫に思う。同時に、それは僕も他人事ではなかったのだな、と痛感する。僕を止めてくれた叔父さんが正しかったんだ。
「中弦連……」
調べているうちに何度も目にした、中弦の息子の名前。狂餐会がお互いの名前を呼ばない決まりは、ああやって人々の悪意に晒された事に起因があるのだろうか。もしも僕が会長の立場なら、自分の名前を呼ばれる度、見る度に苦痛の波が押し寄せてくるかもしれない。
僕はソファから立ち上がり、パソコンの前に移動する。中弦連――。その名前を顧客リストから検索してみても、吐き出されたのは該当なしの画面。
なぜ。会長の口ぶりからしても、会長はジャンク屋に通っていたはずだ。それなのに、リストに無い理由。誰かがリストを弄ったかもしれない。もしくは、もう一つ考えられる可能性。
「会長は中弦連じゃない……?」
会長の正体を掴みかけたと思ったのに、再び、彼の謎は僕の手からすり抜けていった。




