②
おまたせいたしました、続きで御座います。
とんとんとん、たたたた……。
築三十年木造二階建ての我が家だから、床に響く足音で誰だか大体判るので、直ぐに兄貴が帰ってきたんだと判ったけれど……
(ヤバいっ! か、隠れないと……)
兄貴の足取りは早く、私は部屋を出て逃げるのが間に合わないと見て咄嗟にクローゼットの中に身を潜めた。
……ガチャ。
部屋のドアが開き、兄貴だと思った人物が入ってきた。
ズルッ!
ズデンッ!!
ブビュルビュルビュル……ッ!!
派手にすっ転ぶ音とローションが飛び散る音。私はクローゼットの扉の隙間から兄貴の様子を覗き見た。どうやら私がぶちまけたローションで滑って転んだみたい。
うつ伏せでピクピクと痙攣する兄貴。部屋一面は自家製ローションで摩擦係数が著しく低下しており、部屋の中でスケートが出来そうなくらいにツルツルしている。
「兄貴さんよ……いったい何をやってるのですかいな?」
私は今来たと言わんばかりに惚けた表情で兄貴の肩を叩く。兄貴はむくっと起きて生まれたての小鹿の如くツルツル滑る床を何とか踏ん張っている。
「お、おお……何故かは知らんが派手にすっ転んでな……その……なんだ……見ての通りローションを踏んじまったぜ…………っておいぃぃぃぃ!!!!」
兄貴はパソコンの方を途轍もない絶叫と共に指差した。うん、ゴメンそれ元はと言えば私のせいなんだ。言わないけどね。
「俺のヌクちゃんがー!!」
「はぁ?」
思わず変な声を出してしまったが、兄貴はドッロドロになったパソコンが目に入っていないのかその奥に飾ってあったお気に入りの【初音ヌク】のフィギュアを手に取り、ヌクに着いたローションを必死に拭き始めた。
「え……それ?」
「『それ?』とは何だ! これは大人気ゲーム【大乱交!スマタッシュシスターズ】に出てくる強アバズレキャラなんだぞ!」
「あ、そ……」
なんのこっちゃさっぱりだが、偉い気に入りようで……。
ズルッ……!!
必死に拭きすぎたのか勢い余って兄貴が再びローションですっ転んだ。思い切り前から突っ込み、初音ヌクを顔面で潰してしまったようだ。
兄貴が立ち上がると初音ヌクの体は見事にバラバラになっており、折れた腕は兄貴の鼻の穴に突き刺さっていた……。
「フンッ!」
ポーンと初音ヌクの腕が兄貴の鼻から発射され、棚の隙間へと消える。兄貴は冷静に故初音ヌクをぶん投げ私の方を見た。
「た、たかがプラスチックさ…………」
兄貴は強く拳を握りプルプルと震えている。
どうやらフィギュアを壊してしまったことを堪えているようだ。
「さ、されど……されどプラスチック……クッ……ううっ!!」
あ、兄貴が泣き出した(笑)
プークスクスと笑ってやりたいが、真面目に泣き出す兄貴に私は更なる追い打ちをしなければならない。寧ろこれが終わるまで部屋から出られない訳で……早くパソコンを使わせろ。
「兄貴さ、泣いてるところ悪いんだけど……パソコンも……ヤバない?」
スッと指差したパソコンを見るのも恐ろしく、私はそっぽを向きながら兄貴を促す。
「え……? ウソやろ……???」
ようやく事態を把握したアホ兄貴。恐る恐るパソコンを見ると、画面には自称成人のようじょが主人公をスプーンで激しく叩いていた。どう見ても小人サイズのようじょ。ピ〇コかな? アッチョンブ〇ケかな?
兄貴はガクリと膝を落としオイオイと喚き始める。ちょっと流石に可哀相になってきた。
「オイラの愛の巣がぁぁぁぁ!!!!」
訂正。やっぱりアホなだけだわ。
①稲村、②しい、③稲村、と続きます。




