97.進化する精霊術
子供たちに魔法を教える傍ら、俺はアルトゥリアス、レーネリーアを呼んで状況を確認した。
「それで、話というのは我らの精霊術のことですか?」
「うん、そう。何か案はまとまった?」
「ええ、まあ、それなりに」
「私も考えたわ~」
前回の守護者戦において、ほとんどの仲間は無力感を味わされた。
特にアルトゥリアスとレーネリーアは、百年以上も生きてるにもかかわらず、術士になったばかりの俺に救われたのが不本意だったらしい。
そこで彼らは発奮し、自身の精霊術を強化すると宣言していた。
それから2週間ほど経っているので、そろそろ何か進展があると思っての確認だ。
「それは何より。じゃあ、まずはアルトゥリアスの案を教えてもらえる?」
「ええ……ご存知のように私の使う風属性は、その密度の薄さから、強い攻撃力が得られませんでした」
「まあ、そうだね。何かそれを補う方法は、見つかった?」
するとアルトゥリアスは、自信ありげにニヤリと笑う。
「フフフ。いろいろと考えたのですが、魔力でそれを補おうと考えました」
「ふ~ん……どうやるかは別として、それが妥当かな。だけどあまり、効率は良くないんじゃない?」
「今までのやり方ならば、そのとおりですね。そこで少し考え方を変えてみたのです」
「へ~。どうやって?」
するとアルトゥリアスは、地面に絵を描く。
それは俺が教えた空気分子の概念図で、この概念を知ることによって、アルトゥリアスの風魔法は確実に進化していた。
そしてその概念を基に、さらに踏み込んだのだろう。
「今まではこのように、風を操ることしか、考えていませんでした。『風』」
ヒュンという音と共に、周囲に風が巻き起こる。
「しかしこれでは、風の基となる空気密度の薄さは補えません。ならば魔力自体で、空気分子を補強できないかと考えたのです。タケアキ、こちらへ手のひらを向けてください」
「ああ、こんな感じ?」
「ええ……『風』」
アルトゥリアスが先程と同じ風魔法を使うと、俺の手のひらを見えない何かが打った。
それは軽い打撃ではあったが、今までとは違って、何か実体を伴ったもののように感じられたのだ。
「うわっ! 今、何をやったの? アルトゥリアス」
「フフフ、ですから、魔力で補強した風ですよ。イメージはこんな感じですね」
そう言ってアルトゥリアスが地面に描いたのは、空気分子の間を魔力という接着剤で埋め、なかば実体化させるという発想だ。
これによって風の密度は何倍にも増し、敵に対する打撃力は飛躍的に増すだろう。
「すごいじゃないか、アルトゥリアス。さすが、暴風の賢者と言われるだけはあるね……だけど、魔力消費は大丈夫なのかな?」
「もちろん、それなりに魔力は消費しますよ。しかし使いどころを限定すれば、効果的な使い方ができるでしょう。今は風精霊と一緒に、いろいろと練習しているところです」
「さすがだね。それに目処がついたら、また披露してよ」
「ええ、もちろんです」
どうやらアルトゥリアスの風魔法の強化は、順調なようだ。
そこでレーネリーアに目をやると、彼女も自信ありげにニンマリと笑った。
「その様子だと、レーネリーアも何か考えていそうだね?」
「うふふ、もちろんよ~。私の新しい植物魔法を、見せてあげるわ~」
そう言ってレーネリーアは、ポイッとドングリのような種を地面に放った。
そしてその上に手を当てながらしばし集中し、古代語を唱えたのだ。
『木枷拘束』
すると彼女が手を放した地面から、メキメキと木が生え出し、螺旋を描くように立ち上がった。
それが大人の身長ほどに達すると、レーネリーアはその横で胸を張る。
「ウフフ~、どう~? これならミノタウロスも、拘束できると思わない~」
「へ~、すごいじゃないか。これなら上手くやれば、上位の魔物でも動きを止められそうだね。これはどうやったの?」
「使う種を変えただけよ~。ただ、茨ほどに早く成長させるのに苦労したわ~。これを離れた場所で、効率よく実行するのが、今後の課題ね~」
まだ未完成なためか、レーネリーアはちょっと恥ずかしそうに言う。
するとアルトゥリアスが、彼女にアドバイスをしはじめた。
「ふむ、急激に植物を育てるために、大地の養分が多く必要なのでしょうね……それなら、養分を魔力で補ってはいかがですか?」
「え~、そんなことできるの~?」
「できますよ。そもそも魔力とは――」
そこからアルトゥリアスの魔力の解説が始まった。
彼によれば、魔力とは万能性の高い存在で、それを使いこなすことで、いろんなものを代用できるんだとか。
たしかに俺も水魔法を使う時は、タネになる水を元手に、何十倍にも増やしている。
それはつまり、魔力を水に変換しているようなものだ。
しかしレーネリーアは、いまいち合点がいかないようだ。
「う~ん、なんとなくできそうな気もするけど、ちょっとイメージが湧かないわね~」
「そんなに難しく考えなくても、いいんじゃないかな。木を育てたいっていう意志を木精霊に伝えて、後は彼女に任せればいいんだ。俺もガイアやテティスには、そんな感じでお願いしてるよ」
「ふ~ん……タケアキがそう言うなら、やってみようかしら~」
俺の助言に半信半疑ながら、レーネリーアはアーデを呼び出して対話を始める。
やがて話がついたのか、再びドングリを地面に置き、”木枷拘束”を行使した。
「『木枷拘束』……あら? あらあらあら~」
するとさっきより何倍も速く、ブナの木が成長したのだ。
先程は背丈ほどになるのに10秒ほど掛かっていたのが、2秒ほどに短縮された感じだ。
予想外の成果に、レーネリーアが歓喜の声を上げる。
「キャーッ、本当にできたわ~。私って、天才ね~」
「フフフ、いかに助言を受けたとはいえ、即座にものにしたのは、さすがと言ってよいでしょう。その調子で開発を進めてください。できれば攻撃もできるといいですね」
「あら、攻撃なら、こんなのはどうかしら~。『木槍刺突』」
レーネリーアが再びドングリを地に撒き、新たな古代語を唱えた。
すると今度は太めの木がまっすぐに伸びて、槍のように地面から突き出した。
「ほほう、これならある程度の魔物になら、ダメージを与えられるかもしれませんね」
「えへへ、そうでしょ~? これぐらい大きな槍なら、深層でも戦えると思わない~?」
「ふむ……しかしこれでは、さすがにミノタウロス級は難しいでしょう」
「ええ~、そうかしら~」
すかさずアルトゥリアスに指摘され、不満な顔をするレーネリーアだが、その表情には自信のなさが見て取れた。
彼女自身、威力の低さを認識しているのだろう。
そこで俺は、前向きな提案をしてみる。
「まあまあ、それは改善すればいいって。さっきアルトゥリアスが言ってたように、魔力で強度を上げてみたらどうかな?」
「う~ん、そうね~……分かったわ~、試してみる~」
最初、迷っていたレーネリーアだが、何か思いついたのか、顔が明るくなった。
そんな話をしていたら、俺もちょっと思いついた。
「そうだ。それなら俺の魔法にも、応用できるかもしれないな」
「何がですか?」
「アルトゥリアスの言った、魔力による構造強化さ」
そう言いながら俺は、普段から持ち歩いている水筒から、手のひらに水を出した。
それに魔力を籠めてから、ヒョイッと手前に放る。
『氷槍屹立』
キインッという澄んだ音を立てながら、氷の槍が立ち上がった。
それはいつになくすばやい生成であり、出来上がった氷の槍も、どこか神々しい光を放っている。
「ふむ、これは何をやったのですか?」
「水の中に存在する魔力を意識して、スピードと強度を増してみたんだ。さらに先端に魔力を集めてるから、威力も高いと思う。今までは力技でやってたけど、やっぱり意識すると違うね」
「ほほう、それは興味深いですね」
ぶっつけ本番だったが、意外に上手くできた。
今まではテティスの能力任せで、多めに魔力を突っこむだけだったが、その構造をイメージしながらやると、行使速度が速く、魔力消費も少ないように感じた。
さらに先端付近に魔力を集中させるだけでなく、水分子を補強するようなイメージでやったので、攻撃力も増しているだろう。
その威力のほどは、実際に試してみればいい。
当初はアルトゥリアスやレーネリーアを強化できれば御の字だと思っていたが、彼らの発想を応用すれば、俺の強化にもつなげられそうだ。
この調子なら、さらなる深層の探索を、より有利に進められるかもしれない。




