96.魔法の訓練
「キャーッ、やめて~!」
「いぃやぁ~、勘弁して~!」
「グギャッ、グゲェッ!」
迷宮内に、かよわそうな少女の声が響き渡る。
彼女たちは勤め先でオイタをした、シャロンとネイだ。
こいつら、勤め先の商店で、店の商品やお釣りをちょろまかしやがった。
おかげで出禁をくらったので、その罰として強制的に連れてきたわけだ。
そして1層でゴブリンと遭遇して今に至るのだが、その行動は予想の斜め上を行くものだった。
彼女たちは悲鳴を上げながらも前に出て、ゴブリンに戦棍を振るったのだ。
それもメチャクチャに。
哀れゴブリンは、ほとんど反撃できぬままに倒されてしまう。
「なんか、最初の俺たちよりも強くねえか?」
「うん、そんな気がする……」
泣きながら魔石を回収する女の子たちを見ながら、レヴィンとオデロがぼやいている。
たしかに当初のヘタレ男子より、強いかもしれない。
そう思って見ていたら、シャロンとネイが泣き言を言ってきた。
「ひ~ん、こんなの無理ですぅ。地上へ返してください~」
「今度はまじめに働きますから~」
「そうか? けっこう戦えてるぞ。意外に冒険者稼業、向いてるんじゃないか?」
そう返したら、彼女たちはキッとまなじりをつり上げ、さらに抗議してきた。
「ひどいですっ! これはいじめです! 断固抗議します!」
「そうだ、いじめ反対!」
ぎゃあぎゃあ喚く少女たちがうっとうしいなと思っていたら、その前に幼女が立ちふさがった。
「じごうじとく、でしゅ」
ニケが剣を突きつけながらそう言うと、今度は矛先がそちらへ向いた。
「な、なんなのよ~。あんたは強いからいいわよ。だけどあたしたちは、かよわいのよ~」
「そうよ。人には向き不向きってものがあるんだから!」
するとニケは、不思議そうな顔で問うた。
「でもちじょうのしごと、できなかったんでしょ? じぶんでしんよう、なくしたんでしょ?」
「グッ、それは……」
「あれはちょっと、魔が差したっていうか……」
「タケしゃまたちが、あたまさげてやとってもらったのに、それうらぎった。あたしはそれが、ゆるせない」
「だからそれは悪かったと、思ってるわよ~。ビエ~ン」
「私たちだって、反省してるんだから。ヒ~ン」
幼女に淡々と詰問されて、とうとうシャロンとネイが泣き出した。
するとニケは困惑し、不思議そうな顔で彼女たちを見つめる。
そんな彼女の頭に手を乗せながら、俺は仲裁に入った。
「それぐらいにしておけ、ニケ。お前の言いたいことも分かるけど、人間ってのは弱いもんなんだ。魔が差すってこともある」
「タケしゃまは、くやしくないんでしゅか?」
「ん~……悔しいというか、歯がゆくはあるな。だけどついこの間まで、まったくの他人だったんだ。すれ違いはあるさ。なんにしろ、俺をかばってくれて、ありがとな」
「……やくにたったなら、うれしいでしゅ」
彼女の金色の髪をなでてやると、ニケは嬉しそうに笑った。
彼女なりに俺の役に立とうと、いろいろ考えてくれているらしい。
その後はシャロンとネイをなだめすかし、3層まで行ったのだが、彼女たちは意外な積極性を見せるようになった。
おそらく今までの不遇や、ふがいない自分たちへのストレスを発散しているのであろう。
その攻撃の激しさは、本来の探索組を上回るほどだ。
結局、十分に反省した彼女たちは、地上での勤務に復帰し、まじめに働くようになる。
それでいてたまには迷宮に潜り、ストレスを発散するようになるのは、また別の話。
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「『風』……あっ、できた」
「ふむ、やはり適性があったようですね」
ところ変わって今日は、地上で訓練をしていた。
子供たちはまだ人狼との戦闘に苦労しているが、そればかりではストレスも溜まるだろうと、外へ連れ出したのだ。
そしてついでとばかりに、魔力の使い方を教え、魔法適性の有無を確認してみた。
一応、精霊術の適性も見てみたのだが、さすがにこちらは誰も使えなかった。
やはり俺は珍しい例になるのだろう。
俺の場合、迷い人という特殊条件もあると思うのだが。
そして魔術の適性を検査してみると、オデロとニールに適性が見られたのだ。
あいにくと獣人種は全滅で、人族も女子には検査自体を拒否された。
もし適性のあることが判明したら、迷宮に送られるとでも思っているのだろう。
「よし、それじゃあ、オデロとニールは、アルトゥリアスから魔術の手ほどきを受けてくれ。それ以外は強化魔法の練習な」
「「「うい~っす」」」
かくして屋外での魔法教室が始まった。
俺は興味があったので、アルトゥリアスから魔術の講義を聞かせてもらった。
何しろ俺は最初から精霊術が使えたので、魔術についてはほとんど知らないのだ。
彼によれば、魔術とは精霊術の使えない人族が、模倣したものなんだそうだ。
何をどうやったのか分からないが、エルフが精霊を介して実現する事象改変を、独自に再現したのだ。
おそらく相当に才能のある人が、人生を懸けて取り組んだんじゃなかろうか。
結果、精霊術の劣化版とでもいうべき魔術は、独立した魔法体系として確立された。
劣化版といってもそれは規模的な話であって、行使速度はむしろ優れるほどだ。
そして使い手の魔力量によってその威力は決まるので、魔力の多い家系が台頭した。
魔力量はある程度、遺伝するからだ。
そのため魔術使いは、貴族や資産家に多く、一般市民とは縁の薄い存在である。
とはいえ貴族や資産家には物好きもいるもので、そんな奴らが冒険者として活動していたりもする。
「なるほど……でもそれなら俺たちみたいな貧民が魔術を習っても、あまり意味ないんじゃないですかね?」
「いいえ、そんなことはありませんよ。むしろ少しの指導だけで魔術を発動できたのは、才能豊かと言ってよいほどです。ある程度以上の魔力がないと、できないことですからね」
「ほ、本当ですか? 俺、なんか初めて、才能あるって言われたような気がする」
「ええ、その点は自信を持っていいですよ。ただし、その才能は磨かねば光らないので、厳しく指導はしますが」
「それは望むところです。ニールもがんばろうな」
「う、うん」
オデロがなんかやる気出してる。
それに引きずられて、ニールも意欲を見せていた。
その後は簡単な魔術の講義が続けられた。
その横ではそれ以外の子供たちが、身体強化魔法の練習をしている。
いまだ満足に発動できてはいないが、いずれものになるだろう。
というのも俺やレーネリーアのような魔法使いがいると、魔力の使い方を覚えさせやすいからだ。
身体に手を当てて魔力を注入してやることで、その存在を意識しやすくなる。
そのおかげでルーアンやメシャも、わりと簡単に強化魔法を身に着けていた。
そんな指導が一段落したところで、ガルバッドが話しかけてきた。
「とりあえず魔法が使える子供がいて、よかったのう」
「うん、そうだね。これで多少は戦力に厚みが持たせられるから、攻略も進むかもしれない」
「うむ、才能のある者をまとめれば、それなりに探索も進むであろう」
「そうだね。いずれは攻略組と、稼ぎ重視組に分けた方がよさそうだ。いずれにしても、3層は突破させるけどね」
「ふむ……しかしそれでは、手が足りんのではないか?」
「それはおいおい、外から集めるよ。大人の冒険者でも、はぐれてる人とかいるでしょ」
「しかし信用できるかのう?」
俺の提案に、ガルバッドが心配そうな顔をする。
「そりゃ、完全に信用はできないけど、俺たちの後ろ盾がある子供に、ひどいことはできないんじゃない?」
「ふむ……まあ、それはそうじゃな。いずれにしろ彼らが自立できればいいんじゃから、そう無理する必要もないか」
「ああ、そうだろ」
それなりに成長している子供たちだが、まだまだ自立には程遠い。
それまではまだまだ手がかかりそうなのだが、俺たちもいずれ探索に戻らねばならない。
そしてそのためには、俺たちの力を高める必要もあるのだから、あまりのんびりもしていられないのだ。




