95.孤児たちの成長
孤児たちを迷宮に潜らせて3日ほど経つと、今度は2層へ降りた。
すでにゴブリン狩りで十分に経験を積んでいた彼らは、犬頭鬼にもそれなりに対応する。
「ウー、ガウー!」
「バウバウ!」
「うわっ、けっこう強いぞ、こいつら」
「びびるな。みんなで囲むんだ」
今は3匹のコボルドを相手に、新人が戦っている。
もちろん俺やニケ、ガルバッドはいつでも助けに入れるよう、準備はしている。
しかし意外に要領のいい子供たちは、さほど掛からずに敵を殲滅してしまった。
「お疲れ、ジリット。初見でよく対応できたな」
「へへへ、これぐらい、どうってことないっすよ。ゴブリンより、ちょっと力が強いぐらいっすよね」
「まあ、そうだな。だけど油断するなよ」
「うっす」
狼人族のジリットは、素直に忠告を受け入れた。
15歳の彼は灰色の髪に黒い目を持つイケメンで、今日のチームリーダーであり、獣人種のまとめ役でもある。
この世界では成人とみなされる年だけあって、体もそれなりにたくましく、ちょっとした戦士の風格がないでもない。
それでいて腰が低く、ちゃんとニケにも敬意を払うという、できた奴である。
今いる孤児の中では、最大の有望株かもしれない。
魔石を採取すると、俺たちはコボルドに対する注意事項を、改めて口頭で伝える。
すると彼らはさっきの経験を元に、いくつか質問をして、より理解を深めていた。
今日の連中はなかなか筋が良さそうだ。
ちなみに今日のメンバーはジリットの他に、人族のニグン、ケイル、アロン、そして狐人の女の子ノインである。
ジリットのリーダーシップが高いせいか、チームの連携も悪くない。
その後も危なげなくコボルドを狩り続け、夕刻には地上へ戻った。
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2層での戦闘を2日も続けると、子供たちはコボルドとの戦闘に慣れたようだ。
ここまでに全ての子供たちの強化度が上がり、身体能力も増している。
そこで次はいよいよ3層へ行くことにした。
「ガルルルル……」
「うへえっ、こええ」
「だだだ、大丈夫だって」
「お前、声が震えてんぞ」
「ちょっと! 早く突っこみなさいよ」
しかし子供たちは遭遇したばかりの人狼に、びびりまくっていた。
今日のメンツは人族のエリオ、ニール、獣人のガノン、ベドゥン、ベナだ。
15歳のエリオには、もっとリーダーシップを取ってほしいのだが、彼はかなりのビビリである。
そこで女子年長のベナに叱咤され、ガノンとベドゥンが前へ出たのだが、ふいにワーウルフが襲いかかってきた。
「ガウッ!」
「ヒイイッ」
「ていっ!」
ワーウルフがガノンに爪を振るったのだが、ニケがそれを払いのけた。
すでに強化度が8にもなる彼女にとって、それぐらいはなんでもない動作だ。
彼女はそのまま適度に敵をボコって弱らせてから、子供たちに後を譲る。
「よわらせたから、たおすでしゅ」
「はいっ、ありがとうございます」
「おい、行くぞ」
「お、おう」
その後は5人でよってたかって、なんとかワーウルフを倒した。
そのまま地面に座り込んでへたっている子供たちに、俺は苦笑しながら声を掛ける。
「お疲れさん。だけどワーウルフ1匹ぐらいで音を上げるなんて、ちょっと情けなくないか?」
「勘弁してくださいよぅ。俺、荒事には向いてないんすから」
「そういう泣き言は、聞きたくないな~。俺とニケなんて、たった2人でワーウルフ倒してたぞ。最初から」
「クエ~」
「ああ、ゼロスもいたな」
たしかに最初は人手が足りないので、ゼロスが動き回って敵を撹乱したりもしていた。
しかしあの頃のゼロスは小さくて、攻撃力はほぼゼロだったのだ。
そんな状態で、よく戦っていたものである。
おかげでアルトゥリアスが加わってからは、格段に楽になった記憶がある。
「マジかよ。やっぱり特級冒険者になる人は、なんか違うんだ」
「ううっ、やっぱ俺、冒険者に向いてないのかな~」
「情けないわね、あんたたち。ほら、魔石を取るわよ」
俺とニケの話を聞いて泣き言を漏らす男子を、ベナが叱責する。
虎人の彼女は15歳という年齢もあり、体が大きく力も強い。
そのためほとんどの男子より戦闘力が高く、軟弱な奴が歯がゆいのだろう。
その後もベナが主導する形で狩りは進み、それなりのワーウルフの魔石を手に入れて、地上へ戻った。
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自宅へ戻ってから、他のグループの様子を訊いてみる。
「そっちの様子はどうだった? ルーアン」
「おう、けっこう順調だったぜ。ジリットとノインは見どころがあるし、ニグンやケイル、アロンもがんばってたな。なんかあったのか?」
「う~ん、エリオとニールが、すっかりワーウルフにびびっちゃってね。ベナはけっこう強いし、ガノンとベドゥンも悪くないんだけど……」
「そっか~。まあ、向き不向きはあるだろうからな……」
するとメシャも、受け持ちの子供について語る。
「こっちはレヴィンが、がんばってたよ~。でもオデロとセッテがビビリかな~。シアちゃんの方が、よっぽど積極的~」
「ああ、やっぱり? 獣人の女の子はみんな肉食系だよな」
「アハハ、そんな感じだよね~」
獣人女性を肉食系と形容したら、メシャが面白そうに笑っていた。
しかしこっちは笑い事ではない。
「とにかく獣人の子は、体力もあるからなんとかなりそうだけど、問題は人族の一部だな」
「冒険者には向いてねえってか。それならいっそのこと、地上で働かせるか?」
「う~ん、そうしたいのはやまやまなんだけど、女の子だけでも苦労してるからなぁ」
「ああ、例の話か……」
5人いる人族の女の子たちだが、拠点近くの商店やら飲食店で、働かせてもらっている。
しかし2人ほど手癖の悪い子がいて、商品やお金をちょろまかしたらしいのだ。
そのため彼女たちは勤めを断られ、今は拠点で家事をやっている。
一応、人様のものを盗ってはいけないと、説教はしたのだが、ついこの間までギリギリで生き伸びてきたような子供たちだ。
今ひとつ倫理観が噛み合わず、満足に説得はできていない状況だ。
そのような状況で、地上勤務を増やすのは難しいだろう。
俺は頭をかきながら、ぼやいた。
「まったく……面倒だとは思っていたけど、想像以上だな」
「そりゃ仕方ねえよ。完全にわかり合うなんて、できやしねえからな。だけどこれぐらいで諦めるつもり、ねえんだろ?」
「もちろんさ。ここで投げ出すぐらいなら、最初からやらない。だけどこれからは、ちょっと厳しくするのもありだろうな。なんだかんだいって、甘えが見えてきたから」
「ん~、そうだな。与えられるばかりじゃ、勘違いもするだろう」
するとそれまで黙って聞いていたアルトゥリアスが、話に加わってきた。
「指導を厳しくするのは賛成ですね。やはり必死にならないと身につかないことも、多いですから。ついでに不祥事を起こした子供にも、迷宮探索をさせてはどうでしょうか?」
アルトゥリアスの厳しい提案に、俺も悪い笑顔で答える。
「実は俺も、それは考えてるんだ。一度、迷宮に叩き込んでやれば、もっと反省するかなって」
「フフフ、そうですね。迷宮で命を懸けるか、地上でまっとうに生きるか、選ばせればいいのですよ。それと、そろそろ魔術の指導も始めようかと思っています」
「あ、適性とか、分かってきた?」
「ええ、何人かは、見込みがありそうですよ」
現状は子供たちに前衛だけやらせているが、いずれは魔術の指導もすることになっていた。
最初からやっていないのは、まず戦闘センスがあるかどうかを見たかったのと、魔術適性の有無を確認していたからだ。
それには魔力の扱いを教えねばならず、その成果が出てきたようだ。
仮に前衛には不向きでも、後衛の仕事ができるなら、そちらの方が幸せだろう。
困難な探索でも、チームワークで乗り切ればいいのだから。
俺自身、仲間に恵まれたという実感がある。
それを子供たちにも、教えてやりたいものだが。




