91.孤児救済計画
ギルドの前で石を投げてきた浮浪児たちは、昔ニケをいじめたガキどもだった。
しかし飯を食わせて話をしてみれば、素直に謝ってみせたりもする。
それでもやはり馬鹿なので、失言をして雰囲気が悪くなりかけたところへ、仲裁に入った。
「まあまあ、ルーアン。子供の言うことに、いちいち目くじら立てるなよ」
「だけどよう、タケアキ。こいつ俺らの前で、堂々と獣人を差別してんだぜ」
「とりあえず俺に任せてよ。ちゃんと言って聞かせるから」
「まあ、タケアキがそう言うなら……」
とりあえずルーアンを黙らせると、俺は改めてガキどもに向かい合った。
「お前らの他にも、家なしの孤児とか、いっぱいいるのか?」
「……は、はい。この街だけでも、孤児のグループはいくつかあります」
ちょっと間を置いて、ニグンがそう答える。
「ふむ、やっぱりな。それで人族と獣人族は、別々に分かれてるのか?」
「ええ、そうですね。普通は獣人と知り合う機会も、ないですから」
「だろうな。それでそれぞれの行動範囲を設けて、住み分けてるところに、ニケが入り込んできた。それにムカついて、意地悪したって感じか?」
するとニグンはバツが悪そうに、それを認める。
「えっと、まあ……そんな感じです。今考えてみると、あんな小さい子供に、ひどいことをしたかもしれません」
「そうだな。ニケはお前らの妨害で宿も食料も失くして、路地裏で死にかけてたんだぞ」
「そんなことしてたのかっ!」
「ひっ、すみません」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
ある程度、事情を知っているくせに、ルーアンが改めて怒ってみせると、ガキどもが怯えて謝る。
俺は苦笑しながら、彼をなだめた。
「まあまあ、生きるのに必死な子供に、そこまで言うのも酷だよ。ニケもそんなに怒ってないだろ?」
「ん~……ちょっとふくざつだけど、あたしはこうして、タケしゃまにあえたから。そんなに、おこってないでしゅ」
「うん、いい子だ」
「エヘヘ……」
またニケの頭をなでてやると、フニャッと表情が和らいで、尻尾がフリフリする。
安定のかわいらしさだ。
ちょっと和んでから、またガキどもに向かい合う。
「それで、だ。これも何かの縁だから、俺はこの街で困ってる孤児に対して、少し手助けしたいと思う」
「えっ、なんでですか?」
「おいおい、タケアキ。何、言いだすんだよ?」
ガキどもが揃って不思議そうな顔をすると同時に、ルーアンが不満の声を漏らす。
しかし俺はそんな彼をなだめて、説得に掛かる。
「まあ、聞けって。お前らがニケに意地悪したのも、ニケが死にそうになったのも、孤児の受け皿がないからだろ? 俺はもう、ニケみたいな子供を見たくないんだ。だから孤児を支援する仕組みを作って、かわいそうな子供を、少しでも減らしたい」
「だけどタケアキ。そんなの、俺たちの仕事じゃねえぜ。それこそ、領主様のお仕事だ」
「俺もそう思うよ。だけど俺たちは特級冒険者になっただろ? 特級ってのは貴族に準ずる立場だからな。その真似事をしても、それほどおかしい話じゃない。それに実はもうひとつ、狙いがあるんだ」
俺がちょっと間をおいたところで、アルトゥリアスがそれを言い当てた。
「フフフ、孤児の中から、冒険者を育てるんですね?」
「さすが、アルトゥリアス。なんで分かった?」
「それこそタケアキの考えそうなことですからね。冒険者を増やすというのであれば、その頂点に立つ者として名目も立ちます」
するとオデロが、すごい勢いで噛みついてきた。
「ちょ、ちょっと待てよ。俺たちに、迷宮へ潜れって言うのか? そんなの無理だよ。死んじまうじゃねえか!」
「落ち着きなさい。何も裸であなたたちを、迷宮へ放り出すのではないのですから。察するに、希望者に装備を貸し与え、多少の訓練を施してから、迷宮へ送るのでしょう?」
するとアルトゥリアスが、バッチリ俺の考えを読み、言葉にしてくれた。
「さすがはアルトゥリアス。よく分かってるな……俺は何も、無理に迷宮探索をさせようってんじゃないんだ。やる気のある人間に、その機会を与えたいだけだ。それにこれは俺たちだけでやるんじゃなくて、領主様や冒険者ギルドにも、協力してもらおうと考えているんだ」
すると仲間たちが、次々に賛同の意を表す。
「フハハッ、それは良い考えじゃな。まさに特級冒険者として、あるべき姿じゃ」
「アハハ、ほんと~。なんか正義の味方って感じだね~」
「ウフフ、そうよね~。ニケちゃんみたいな子供が困ってるんなら、私も力を貸すわ~」
「さすがは、タケしゃまでしゅ」
「俺も賛成っす」
「僕もひもじい辛さはよく知ってるから、手伝います!」
「チッ、なら俺も、少しは手伝ってやらあ」
どうやらみんな協力してくれるようなので、俺は感謝をしつつ、さっそく指示を出す。
「みんな、ありがとう。それじゃあ、俺の方でまずはギルドに話を通すから、孤児を集めてもらえないかな。ニグン、できるか?」
「え……まあ、知り合いに話をするぐらいは、できますけど」
「よし。さすがに今日は無理だから、明日どこかで、炊き出しでもやるか。孤児を集めて、料理を振る舞うんだ。そこで相談しよう」
「うむ、料理の準備なら、儂に任せておけ」
「じゃあ、ガキども集めるのは、俺とこいつらで相談すらあ」
「ああ、頼むよ。俺はギルドへ行ってくる。ニケも行くか?」
「あい♪」
さっそくガルバッドとルーアンが協力を申し出てくれたので、彼らに後を託し、俺とニケは店を出た。
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再びギルドへ舞い戻ると、まずはステラを捕まえる。
「ステラさん、ちょっと話があるんだけど」
「あら、タケアキさん、ニケちゃん。どんな話?」
「ちょっと込み入った話なんだけど」
「へ~、それならこっちに来て」
ステラに導かれ、職員が使う小部屋に入る。
彼女はお茶を準備すると、俺たちの前に座った。
「それで、どんなお話し?」
「ああ、実はさっき、孤児に絡まれてね」
「ああ、ギルドの前で揉めてたあれね。それでどうしたの?」
「うん、彼らとは和解できたんだけど、話の流れで彼らの面倒をみることになったんだ」
ちょうどお茶を飲もうとしていたステラが、急にむせる。
「ゲホッ……ゴホッ、ゴホッ……な、なんでそんな話になるのよ?」
「うん……実はあいつら、昔ニケに意地悪をしたことがあってね。そのおかげで、ニケは死にかけてたんだ」
「なら、なおさら……」
「だけどね、それは大人に頼れない暮らしのせいなんだ。自分たちに余裕がないから、いがみ合って、弱者をいじめる。そうなっちまったのは、彼らの責任じゃないだろ」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「実は俺も、ダメな親に苦労させられたくちでね。そのせいか、放っておけないんだ」
そう言うと、ステラも話を聞く顔になった。
「ふうん……それで私に相談って、なんなの?」
「うん、ただ孤児の面倒をみるんじゃなくて、職も斡旋したいんだ。そしてその第一候補が、冒険者になる」
「うわっ、物好きね~……つまり冒険者のタマゴを増やすから、ギルドにも協力しろってこと?」
「そのとおり。可能なら、領主様も巻き込みたいと思ってる」
「っ! あなたねえ……」
ステラは頭痛でもするかのように、額に手を当て、顔をしかめる。
しかし彼女はしばし考えを巡らせると、真面目な顔に戻った。
「……案外、悪くないかもしれないわね。今この街は迷宮の階層更新で、にぎわいつつあるの。そこに合わせて新人を増やせば、一気に経済が活性化するかもしれないわ。でも孤児を迷宮に送り込んだりして、大丈夫?」
「ある程度の装備を与えて、訓練を施せば、それなりになるさ。もちろん俺たちだけじゃ手が足りないから、ギルドにも協力して欲しい」
「うわ、呆れるほどの厚遇。そんなことして、本当に大丈夫? ただ甘やかしたって、つけあがるだけかもしれないわよ」
「いずれ装備や訓練の対価は取り立てるし、やる気のない奴にまでは、手を掛けないよ。あくまで彼らに働く機会を与えて、自活させたいんだ」
「そんなことして、なんの意味があるのよ?」
ステラの疑わしげな視線を受けつつも、俺はポフポフとニケの金色の髪をなでながら、答えた。
「ニケもついこの間まで、浮浪児だったんだ。それこそ飢え死に寸前のね。だけど彼女は、想像以上の能力を示して、特級冒険者に成り上がった。だったら似たような浮浪児にも、機会を与えられないかと思ってね」
「そんなの、あなたの仕事じゃないわ」
「いや、仮にも特級冒険者となったんだ。だったら社会のため、冒険者のために、何かしてもいいと思わないか?」
「……馬鹿よ、あんた。大馬鹿」
ステラが呆れたように言うと、ニケが反論する。
「タケしゃま、ばかじゃないでしゅ。タケしゃまは、おもいやりのある、いいひとでしゅ」
「はいはい、そうね。いい人かもしれない。だけど私の仕事も、増えるのよ」
「でも、ひとだすけは、いいことでしゅ」
ニケのつぶらな瞳でうるうると見つめられ、ステラはやがて深いため息をついた。
「は~~~っ……ニケちゃんにそんなこと言われたら、断れないじゃない。狙ってやってるわね?」
「バレたか。だけどあんたもけっこう、お人好しだからな。かえって協力しやすいんじゃないか?」
「憎たらしい……でもいいわ、協力してあげる」
「ありがとう。それでこそステラさんだ」
「調子のいいこと言って……もう」
そう言って苦笑いするステラは、それほど嫌そうではなかった。
これでギルドの方は、なんとかなりそうだ。
次は領主も巻き込んで、計画を進めるとしようじゃないか。
予想どおり、あまり執筆が進んでいないので、投稿ペースを落とさせてもらいます。
以後は3日に1度の投稿となります。
面目ない。
エタだけは回避したいと思うので、応援いただければ幸いです。




