90.ベルデンの浮浪児
冒険者ギルドで特級昇格の手続きを終えた後、なぜか浮浪児たちに絡まれた。
ギルドを出たところで、石を投げてきやがったのだ。
どうやら奴らは、浮浪児時代のニケと関わりがあるらしい。
そしてニセモノ呼ばわりをされたニケが、浮浪児の1人に剣を突きつける。
「あたしは、とっきゅうぼうけんしゃ」
ニケは浮浪児の1人に剣を向けつつ、きっぱりと言いきった。
多少は距離があるとはいえ、真剣を向けられた浮浪児の顔がひきつっている。
すると周りの子供が、必死でとりなそうとしはじめた。
「お、オデロ。これ以上、刺激しない方がいいって。この人たち、本当に特級冒険者なんだぞ」
「そうだよ。ほとんど貴族みたいなもんなんだから。すみません。俺たち、特級に昇格した人たちがいるって聞いて、見にきただけなんです。そしたら見知った顔があったんで、オデロが……」
どうやら個人の暴走らしいので、俺は仲裁を試みる。
「ふむ、まあ子供のいたずらってことで、このままにしても構わないんだが、ニケはどうだ?」
「あたしは、べつにきにしないでしゅ。あとで、からんでこなければ」
ニケが大して興味なさそうに言うと、逆にオデロというガキがキレた。
「なんだよっ、偉そうに! 獣人のくせしやがって!」
「やめなよ、オデロ。まずいって。帰ろうよ」
オデロは顔を真っ赤にして立ち上がると、ニケにつかみかかろうとする。
それを他の子供が押さえようとして、もみ合いになる。
するとそこへ不機嫌な声が割り込んだ。
「ほ~、獣人のくせにとは、聞き捨てならねえな。俺たちだって命を張って、ここまで成り上がったんだ。人種で差別されるいわれはねえぞ」
近づいたルーアンが、姿勢を低くしてオデロの肩をつかみ、正面から彼を見据えた。
するとオデロは怯えながらも、なおも食ってかかる。
「な、なんだよ。あんたも俺たちのことを、たかが浮浪児とか、馬鹿にしてんだろ? 俺たちだって、チャンスがあればな――」
「あれば、なんだって?」
「い、いてえよ。離せよ」
どうやらルーアンに肩を強くつかまれ、苦痛を感じているようだ。
その様は哀れを誘うが、奴のやってることは無茶苦茶だ。
俺たちを特級冒険者と知りながら石を投げ、さらに食ってかかるだなんて、馬鹿と言うしかない。
しかしその胸にくすぶる彼らの哀しみや悔しさも、分からないでもなかった。
「ルーアン、それくらいにしとけよ」
「ああん? だってこいつら、堂々と俺らにケンカ売ってんだぞ。このままじゃ俺たち、舐められちまうだろうが」
「だからってこんな往来で、子供をいじめるのはまずい。ちょっとその辺の飯屋にでも入って、話をつけよう」
「飯屋って、こいつらに飯おごるのか?」
ルーアンが信じられないといった顔で、俺に問う。
しかし俺は大真面目でそれに答えた。
「ああ、腹が減ってるから、つまんないことで絡んでくるんだ。なんか食って、じっくり話せば分かるよ。もちろん、ニケに詫びは入れさせるけどな」
「だけどそれじゃあ、示しが――」
「私も賛成ですね。せっかく特級に昇格した、めでたい日ではありませんか。大人の度量を、見せてやりましょう」
「アルトゥリアス、お前もかよ……」
幸いにもアルトゥリアスが同調すると、周りも賛成してくれた。
思わぬ流れに戸惑う子供たちに、俺は号令を掛ける。
「よし、お前ら。飯をおごってやるからついてこい。説教はその後だ」
「……ええ、そんなこと」
「信じられない」
「さすがは特級冒険者、なのかな?」
なおも戸惑うガキどもを連れて、俺たちは近くの飯屋に入った。
不潔なガキどもを見て、店員が嫌がったが、ちょっと金を握らせて黙らせた。
そして料理を注文してから、まずは名前を聞く。
「よし、お前ら。まずは名前と年齢を言え」
最初はみんなで押し付けあっていがた、やがてオデロを抑えようとしていたガキが、おずおずとしゃべりはじめる。
「……俺は、ニグンっていいます。年は13です」
「そうか。次は?」
「あ、俺はケイルです。俺も13歳」
その後も次々と申告が続き、6人中5人がしゃべった。
最後はオデロに視線が集中すると、奴も嫌そうに口を開く。
「お、俺はオデロだ。年は14」
いまだにふてぶてしい態度を崩さないオデロに、ちょっと感心しつつ、俺が応じる。
「ふむ、そうか。俺はタケアキ。この特級冒険者パーティー、”女神の翼”のリーダーをやってる」
そう言うと、ニグンがおずおずと口を開いた。
「あ、あの、本当にご飯、おごってくれるだけですか? その後、何かしたり、しませんよね?」
「何かって、なんだよ?」
「いや……た、例えば、奴隷商に売りつけるとか?」
するとニケがテーブルをバンッと叩いて、ニグンをにらみつけた。
「タケしゃまのこと、ばかにすんな!」
「ひいっ、すいません、すいません!」
ニグンはひとにらみですくみあがると、ペコペコと頭を下げた。
するとちょうどそのタイミングで、料理が届きはじめる。
「あいよ、お待ち」
「お、ありがと……さあ、お前ら、遠慮なく食っていいぞ」
「……本当、ですか?」
「実際、目の前に料理があるだろう? ほら、温かいうちに食え」
「「「……」」」
ガキどもは俺の真意を探るように、様子をうかがっていたが、やがて食欲に負けたようだ。
誰かが手を出すと、争うように食いはじめる。
それはもう、見事な食いっぷりだった。
そんな光景を見つつ、俺たちも軽いものをつまみながら、飲み物を飲む。
ちなみに俺はビール風の酒だ。
そうやってほろ酔い気分を味わっていたら、ニケが複雑な表情でガキどもを見ているのに気づいた。
「どうした? やっぱおもしろくないか?」
「……ん~ん。ちょっとむかしのこと、おもいだしてただけ。ひもじくて、つらかったこと」
「そっか。じゃあ、たまには人に優しくしてやるのも、いいよな」
「あい♪」
俺が優しく頭をなでてやれば、彼女はにぱーっと笑顔になる。
その後も仲間たちとのんびり話をしていると、ガキどもがあらかた食べ終え、静かになった。
そこで俺は表情を改め、彼らに語りかける。
「どうやら腹いっぱいになったようだな。さて、そのうえで俺が望むことはひとつ。まずはニケに謝れ」
するとみんなの視線がオデロに集まり、彼がバツの悪い顔をする。
やがておずおずと、口を開いた。
「お、俺は……すみませんでした」
最初は何か言い訳をしそうだったが、とりあえず彼は素直に頭を下げた。
決して悪い人間ではないのだろう。
そこで俺は、さらに踏み込む。
「その謝罪は、さっき石を投げたことだよな? その他に、昔やった意地悪のことはどうなんだ?」
「い、意地悪って……ひょっとして、そいつが縄張りを荒らした時のこと、ですか?」
予想外のことを言われ、オデロが戸惑っている。
そんな彼に、俺も訊ねる。
「縄張りって、なんだよ? お前ら、そんなに大した存在なのか?」
「い、いや……たしかに力で仕切ってるような場所じゃないけど、俺たちの活動範囲で、獣人がいい目みてたから、腹が立って……」
「オデロっ!」
ルーアンやメシャの目がきつくなるのを見て、ニグンが注意する。
それでようやくオデロは自分の失言に気づいたようだ。
まあ、ルーアンたちも本気で怒っているわけではないだろうが、ここは少し世話を焼いてやろう。
なんにでも頭を突っこむつもりはないが、これも乗りかかった船だ。




