89.特級になった日
子爵との面談を終えて家に戻ると、皆の視線が集まった。
そしてちょっと不安そうな声で、ルーアンが訊ねてくる。
「た、タケアキ。どうだった?」
「ああ、無事に終わったよ。特級への昇格が認められた」
「「「やった~!」」」
その途端、屋内に歓声が弾けた。
バタルやザンテ、ニケにレーネリーア、ルーアンとメシャが、両手を上げて喜んでいる。
そんな中、アルトゥリアスとガルバッドだけは、余裕の態度を崩さなかった。
「フフフ、だから言ったではありませんか。あれだけの功績を立てて、昇格を断られることなどないと」
「フハハ、そのとおりじゃ。万一、昇格を認めんなどと言えば、冒険者が暴動を起こすじゃろう」
しかしルーアンはなおも懸念を口にする。
「だってよう、領主様の承認が必要なんだろう? もしタケアキが失礼なことでもすれば――あいたっ!」
「タケしゃまは、そんなことしないでしゅ」
ルーアンが変なことを言ったので、ニケにすねを蹴られていた。
さすがはニケ、ちゃんと分かっている。
俺も腰を下ろしながら、状況を伝える。
「領主様はけっこう、気さくな方だったよ。いろいろ聞かれたけど、上位精霊と契約してることを話したら、納得してくれた。今後もこの街の冒険者の模範となるよう、がんばれってさ」
「フフフ、領主としても、味方につけた方が得だと考えたのでしょう。まあ、予想の範囲内ですね」
「うむうむ、これで儂らも、晴れて特級冒険者か。めでたいのう」
するとメシャが、待ちきれないように言う。
「何おちついてんのさ、みんな。さっそく今から、手続きしに行こうよ!」
「おいおい、俺に休息させないつもりかよ」
「別に疲れてなんかいないでしょ? 後でゆっくり休ませてあげるから。さ、いこいこ」
「へいへい。じゃあみんな、ギルドへ行こうか」
「おう、もちろんだぜ」
「やった、昇格だ~」
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こうしてギルドへ赴くと、さっそくステラが出迎えてくれた。
彼女はすました顔で、話しかけてくる。
「お待ちしておりました、”女神の翼”の皆さま。用件は特級冒険者への昇格、でよろしいですね? ギルド長からは、そのようにうかがっております」
「ああ、そのとおり。手続きを頼む」
「かしこまりました。それでは皆さまの冒険者証を、お預けください」
「ほいほい。みんな出して」
俺たちがガラガラと冒険者証をカウンターに出すと、担当者がそれを持って奥へ消えた。
たくさんあるので、裏でまとめてやるのだろう。
その間にステラが、特級冒険者について説明してくれる。
特級とは1~2等級の冒険者であり、その頂点に立つ存在である。
その身分は領主に保証される部分もあり、準貴族的な地位となる。
例えば、国内の移動であれば都市への入場料はいらなくなるし、望めば貴族用の宿や店も使えるそうだ。
他にも住居を格安で世話してもらえるし、おいしい依頼も優先的に回してもらえたりする。
その分、義務が発生して、危険な任務も優先的に回ってくる。
もちろん拒否権がないでもないが、あまり断ってばかりでは、ギルドを除名される恐れもあるとか。
まあ、冒険者の模範になれって言われるぐらいだから、それも当然だろう。
そんなことをつらつら説明されてから、ルーアンが訊ねた。
「1等級に上がるには、どうしたらいいんだ?」
「それについては、明確な基準はございません。一般的には英雄と呼ばれるほどの偉業をなせば、昇格できると言われておりますが、そういったことはなかなかございません。事実、この国には1等級冒険者はおられませんね」
「なんだ、そうなのか。王都にいる特級冒険者も、2級止まりってこと?」
「はい、そのとおりです」
するとメシャが茶化すように言う。
「もう、ルーアンったら、あまり欲をかくもんじゃないいよ~。2等級になれただけでも、奇跡みたいなもんなんだからさ~」
「それはそうだけど、やっぱ気になるじゃん」
「ならないよ~。ね?」
メシャが年少組に問えば、彼らはそれぞれの答えを返す。
「あい、きょうみないでしゅ」
「え~と、僕は少し、興味あるかな」
「俺もちょっと、興味あるっす」
ニケだけは興味ないと言うが、バタルとザンテは興味を示す。
やはり男の子だな。
一方、大人たちは冷めた見解を示した。
「フハハッ、今回以上の偉業など、そうそうあるまい。変な色気は出さず、着実にやっていけばよいのではないか」
「そうですね。無謀なことをして命を落とすなど、本末転倒です。できることをやっていけばよいのです」
「アハハ、さすが2人は大人だ」
「そうね~。私も大人よ~」
アルトゥリアスとガルバッドに続き、レーネリーアも興味ないと言う。
彼女自身は好奇心が旺盛だが、自己顕示欲はあまりないようだ。
そんなやり取りをしながらギルドを後にしようとすれば、周りの冒険者に絡まれた。
今度は昇格祝いをやろうとのお誘いだ。
しかしそれは、祝勝会をやったばかりだからと言って、断った。
前回も飲食費のほとんどを俺たちが出したのだ。
お祝いされるのに、金を出せとか、訳わからん。
さすがにはっきり言うのははばかられるので、また今度とか言いながら、ギルドを出た。
しかし外に出て、竜車に乗り込もうとしたら、予想外のことが起こった。
――ヒュン!
「えい!」
「いてえっ!」
どこからか石が飛んできたと思えば、ニケがそれをはね返した
それに続いて甲高い悲鳴が聞こえてきたので、そちらへ目をやると、数人の子供たちの中で1人が転んでいる。
どうやら子供の中の誰かが石を投げ、反撃をくらったようだ。
「おいおい、俺たちが”女神の翼”だって分かってて、石を投げたのか?」
すかさず仲間たちが動き、子供たちを囲みながら、ルーアンが問い質す。
すると転んでいる子供が、涙を浮かべながら言い返した。
「ウウッ……なんだよ、お前。俺たちと同じだったくせに、なんでそんなとこにいるんだよ?」
子供がにらみつけるその先には、ニケがいた。
最初、彼女はなんのことか分からなかったようだが、やがて何かを思い出したように、ポンと手を叩く。
「こいつら、あたしにいじわる、してたやつらでしゅ」
「意地悪って、どんな?」
俺の問いにニケが答える前に、さっきの子供が叫ぶ。
「お前、生意気だぞ! 俺たちと同じ浮浪児のくせに、食い物もらったりして。それが最近見ないと思ってたら、なんで冒険者のふりなんかしてんだよ?!」
それを聞いて、ようやく合点がいった。
彼らはニケが浮浪児だった頃、彼女の邪魔をして、飢え死にさせかけた奴らだ。
両親を失くして露頭に迷っていた当初、彼女は近所のお手伝いをしたりして、寝場所や食料を得ていた。
ところが途中から他の浮浪児に邪魔をされ、その道を絶たれたらしい。
おかげで危うく飢え死にしそうだったニケを、俺が救った形になる。
そういう意味ではニケにとって、仇ともいえる存在だが、そのことにはあまり怒ってなさそうだ。
しかし彼女は、テクテクと彼らの前に歩いていくと、静かに言い放った。
「あたしは、ぼうけんしゃでしゅ。にせものよばわりは、ゆるさないでしゅ」
「な、そんなわけないだろう! お前みたいなチビがなれるんなら、俺たちだってやってるさ」
――ヒュン
次の瞬間には、ニケの剣が少年の首筋に当てられていた。
そのうえで彼女は、改めて言い放つ。
「あたしは、とっきゅうぼうけんしゃ」




