8.ゼロス
初めて2層に潜ってから3日間は、戦闘訓練と金策を兼ねて2層を探索していた。
おかげで防具を買い足すこともでき、少し安心感が増している。
今はバックラーと革帽子に加え、革の籠手に胸当て、膝当ても装備していた。
その間、魔物の卵に魔力を与え続けたことにより、そちらにも変化が表れた。
――ピキピキ、パリンッ
探索から帰って魔力を与えていると、にわかに卵が動きだして、とうとう殻が割れたのだ。
ちなみに卵はこの3日間も成長しつづけ、メロン並みの大きさになっていた。
そして卵を破った隙間から、くちばしと角を備えた顔が現れる。
「クエ~ッ」
生まれたばかりの赤ん坊が、しきりにもがいて卵から這い出してきた。
その姿は地球でいえば、サイに似たものだ。
体色は緑色で、4本のがっしりした脚を持っていて、その鼻先にちょこんと角が付いている。
ただしサイよりも立派な尻尾を持っているので、恐竜のスティラコサウルスといった方が、近いかもしれない。
「うわっ、かわいいでしゅ」
「クエ~」
ニケが恐る恐る撫でてみると、赤ん坊は嬉しそうに目を細めて、声を上げた。
最初に見たモノを親と思っているのか、それとも魔力を与えたおかげか、非常に従順な感じだ。
試しに俺も撫でてみた。
「クエ~」
するとひと際うれしそうに、頭をこすりつけてくる。
生まれたばかりの体は、柔らかくモチモチしていて、触り心地がよい。
そんな彼を撫でていると、ニケがワインレッドの瞳をキラキラさせて、訊いてくる。
「このこのなまえ、どうするでしゅか?」
「え? 名前はニケが付ければいいよ」
「タケしゃまに、つけてほしいでしゅ」
なぜかニケは、俺に名付けを委ねてくる。
期待のこもった目を向けられては、断る選択肢はない。
そういえば、勝利の女神ニケには、兄弟がいたような。
あれは、たしか……
「たしか、ゼロス……ゼロスでどうだ?」
「ゼロス、でしゅか。なんのいみ、あるでしゅか?」
「俺の故郷で、ニケの弟に当たる存在の名前だ」
「あたしの、おとうと、でしゅか……ゼロス、ゼロス」
「クエ~ッ」
ニケが名前をつぶやきながら、ゼロスを抱き上げると、ゼロスも嬉しそうにそれに応える。
初めて弟分を得たニケは、その後もはしゃぎまくって、彼を離そうとしない。
結局その晩は、ゼロスも同じベッドで寝ることになった。
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翌朝起きると、ニケとゼロスが気持ちよさそうに寝ていた。
そんな彼らを起こし、朝食の準備をする。
どうやらゼロスは雑食のようで、普通に俺たちと同じものを食うので、扱いは楽だった。
小さいうちは魔力を与えてやると、早く成長するらしいので、今後も魔力供給は続くだろう。
しかし朝食を終えてから、彼の扱いについて早くも意見が分かれた。
「なあ、ニケ。本当に連れてくのか?」
「そうでしゅ。おいてくの、かわいそうでしゅ」
「いやまあ、そうなんだけどさあ……」
困ったことにニケは、生まれたばかりのゼロスを、迷宮に連れていくと言うのだ。
卵のうちに大きくなったとはいえ、今はまだ小型犬ほどの大きさしかないゼロスを、どうしようというのか。
「はやいうちに、めいきゅう、なれさせるでしゅ」
「慣れさせて、どうするんだ?」
「いっしょに、たたかうでしゅ」
「ええ~、こんな小さいのに、無理だろう」
「すぐにおおきく、なるでしゅ」
「それはまあ、そうかもしれないけど……」
結局、彼女を翻意させることもできず、みんなで迷宮へ行くことになった。
ニケはご機嫌でゼロスを抱っこしながら、俺の前を歩いていく。
尻尾をフリフリさせて歩くその姿は、とてもかわいらしくて目立つ。
さらにペットのような魔物を連れているおかげで、迷宮に入る前に衛兵に呼び止められた。
「おい、本当にそんな状態で潜るのか?」
「えっ、そ、そうですけど、何か?」
「チッ……あまり変わったことばかりするんじゃないぞ」
「はい、なんかすいません」
なんとなく謝ってしまった。
別に俺が悪いんじゃないと思うんだが。
いや、こんなかわいい幼女を、迷宮に連れてくだけで悪なのだろうか?
しかしそれは彼女が望んだことなのだ。
実際にニケは見た目よりもはるかに強く、すばやい。
とはいえ、周りにはそんなことは分からないのだから、俺が気をつけるべきなのだろう。
そんなことを考えながら1層を進んでいると、4匹のゴブリンに遭遇した。
1回に出会う数としては、最大級だ。
しかしすでに2層を探索している俺たちにとっては、ほとんど障害にならない。
「そっちの半分は頼むぞ」
「まかせるでしゅ」
それぞれに2匹ずつを分担し、ゴブリンの相手をする。
俺も最近は槍の扱いに慣れてきて、突きだけでなく、斬ったり払ったりと、巧みに戦えるようになった。
まず手近なゴブリンを突き殺し、穂先を引き抜く反動で、石突きをもう1匹に叩きこむ。
それで転んだゴブリンの胸に、突きでとどめを刺した。
危なげなく敵を倒し終えると、ニケも当然のように敵を倒し終えている。
するとそれを見ていたゼロスが、興奮したように走りはじめる。
「クエ~ッ!」
「ゼロスの奴、どうしたんだ?」
「わかんないでしゅ。なんかこうふん、してるでしゅ」
ニケがゼロスを抱きかかえようとしても、彼はすぐに抜け出してしまう。
別に逃げるわけでもなかったので、俺たちはゼロスを歩かせて、先へ進んだ。
やがて今度は3匹のゴブリンに遭遇する。
「よし、今度は――」
「クエ~ッ!」
「あっ、ゼロス!」
なんとゼロスが、勝手にゴブリンに突っこんでいってしまう。
慌てて俺たちも後を追い、ゴブリンとの戦闘に入った。
するとゼロスは1匹のゴブリンを相手に、大立ち回りを演じはじめた。
彼はゴブリンのこん棒をすり抜けると、その足に頭突きをかました。
もちろん小柄なゼロスでは、倒すには至らないが、1匹のゴブリンがそれでくぎ付けになる。
その間に俺とニケが1匹づつを片付け、最後のはニケがとどめを刺すことで、戦闘が終了する。
するとゼロスが俺たちに寄ってきて、胸を張るように鳴いた。
「クエ~ッ」
「お、おう、よくやったぞ。ゼロス」
「がんばったでしゅ」
そう言ってニケが撫でると、ゼロスが満足そうに目を細める。
どうやら彼は、俺たちと一緒に戦いたかったらしい。
「なあ、魔物って、こんな小さいのに、戦ったりするのか?」
「わからないでしゅ。あたしもこんなの、はじめてでしゅ」
「う~ん……まあ、多少は戦力が増えたと考えるか。だけどケガをさせないよう、気をつけなきゃな」
「あい。ふたりで、まもるでしゅ」
ゼロスの戦闘加入には驚かされたが、同時に多少の頼もしさも感じられた。
願わくば、立派な戦力として成長してもらいたいものである。