88.領主との面談
12層守護者を突破してから、慌ただしい日々が続いた。
ベルデンの冒険者たちから請われて祝勝会を開いたり、冒険者ギルドで詳細な聞き取りをされたりと、付き合いが増えた。
さらに偉業達成の3日後には、領主から呼び出されて面談することにもなった。
「お初にお目にかかります。冒険者のタケアキです。本日はお招きにあずかり、ありがとうございます」
「うむ、儂がベルデン子爵 ジェラルドである。新たな英雄の来訪、嬉しく思うぞ」
そうあいさつを返してきたのは、この迷宮都市ベルデンの領主である。
俺は冒険者ギルドの長ガイエンに連れられ、子爵の館を訪ねてきたところだ。
さすがに大人数は呼べないので、リーダーの俺だけが招かれた。
席を勧められ、俺とギルド長が椅子に座ると、子爵が嬉しそうに喋りはじめる。
「フハハッ、12層の守護者を倒したと聞いてから、今日会うことを楽しみにしておった。しかしタケアキはこの辺では見ない容貌だが、どこか遠くの出身か?」
「ええ、東の大陸の出身です。ちょっと面倒事に巻き込まれて、こちらへ参りました」
「ふむ、そうか。たしかに東の大陸では、少し毛色の違う人々が住むと聞くな」
東大陸のことは、物知りなアルトゥリアスから聞いた話だ。
かなり遠くで交流は少ないが、俺のような人種が住んでいるらしいので、カモフラージュとしてうってつけだった。
俺が迷い人であることを、素直に話すのは、リスクが高いからな。
「ところで噂の12層とは、どんな所だ?」
「環境自体は、11層と変わりませんね。問題はそこにいるミノタウロスです。何しろ11層のオーガと比べると、段違いに強い。実際、ミノタウロスを倒したパーティーは、他に現れてないんですよね?」
横にいるギルド長に話を振れば、彼は首を縦に振りながら答える。
「うむ、残念ながらまだじゃな。11層を踏破できただけでも、大きな進歩だとは思うが」
実は俺たちが12層へ進んだ少し後から、11層を踏破するパーティーが出ているそうだ。
自分たちが何年も掛かって迷宮を攻略しているのに、ほんの半年程度で新顔に記録を更新されたのだ。
それで一部のパーティーが奮起したらしい。
ガルバッドの旧知であるベルダインの所属する、”火竜のアギト”もそのひとつだ。
とはいえ、11層を突破するのにも相当無茶をしたらしく、ミノタウロスの打倒までは至っていない。
ちょっと手を出しただけで死にかけて、ほうほうの体で逃げ帰ってきたんだとか。
「そうか……やはりタケアキのパーティーは、よほどに強いのであろうな?」
「ええ、それは間違いありません。何しろ3人の精霊術師を抱えているうえに、戦士たちも相当な腕ですから。もっとも、そのうち3人は、小柄な子供にしか見えませんがね」
「なんだと? そんな子供を連れて、階層更新などあり得るのか?」
ギルド長の説明に、子爵が疑問の声を上げる。
するとギルド長は苦笑しながら答えた。
「そう思うのも当然ですが、実際に強いんですよ、これが。その戦闘能力は、元上級冒険者の試験官をしのぐほどですね」
「それほどか? 面妖なこともあるものだな」
子爵は納得いかなげだったので、俺は説明を加える。
「子爵は希少種というのを、ご存知ですか?」
「きしょうしゅ? 知らんな」
「うちにいる3人の子供は、全て獣人種で、毛色が普通とは違うんですよ。こういう子供は潜在能力が高いらしくて、鍛えれば強くなります。ただし毛色の違いから迫害されるので、強くなる前に死んじゃったりして、あまり知られてないようです」
「ほう……初めて聞いたな。いずれにしろ、その潜在能力の高い子供たちを鍛え上げ、立派な戦力としているわけか」
「ええ、それから模倣竜も1頭いまして、彼も重要な戦力です。まあ、どちらかというと、守り専門ですが」
すると子爵が不思議そうに、ギルド長に問う。
「これ、ガイエンよ。フェイクドラゴンとは、戦闘にも使えるのか? 儂は駄獣としてしか、知らんのだが」
「いえ、私も寡聞にして知りません。タケアキ、あの駄獣は、深層でも戦えると言うのか?」
「ええ、普段は荷物運びをしてもらってますが、手が足りない時は、足止めをしてくれるんですよ」
「これまた、にわかには信じられん話だな……」
「はい。しかしそうでもなければ、守護者など倒せんということでしょう」
子爵もギルド長も信じられないといった顔だが、事実なので仕方ない。
やがて子爵は、俺たちの戦闘スタイルについて訊いてきた。
「ふむ、駄獣を含めた戦士が強いのは分かった。して、精霊術師はどのようなことをするのだ?」
「敵の足止めや牽制、そして最大の攻撃力にもなります」
「ほほう……しかし魔法というのは案外、使えんとも聞く。いかに精霊術といえど、それほどの攻撃ができるものか?」
「そうですね。私は地属性を使えるんで、そこそこのことはできますよ」
「ふうむ。私はということは、他にもあるのだな。他にはどの属性があるのだ?」
すると興味丸出しで訊いてくる子爵に、ギルド長が歯止めを掛けようとする。
「あの、子爵様。冒険者にあまり手の内を明かさせるのは……」
「しかし特級の認定をするからには、ある程度、知っておかねばならんぞ。大丈夫だ。よそには漏らさんから……それで、どのような魔法が使えるのだ?」
ギルド長の苦言も意に介さず、子爵がさらに問う。
俺は苦笑しながらも、それに答えた。
「私が水と土の2属性で、1人は風、もう一人は植物魔法を使います」
「なんと、4属性もあるのか。しかもタケアキは2属性持ちだと?……なるほど、階層を更新するだけのことはあるのか」
子爵がしきりにうなずき、感心している。
その後もあれこれと訊かれたので、支障ない範囲で答えておいた。
子爵は存外に魔法に造詣が深いらしく、一般的に魔法でできることと、できないことを知っていた。
そのうえで俺がミノタウロスに氷の槍で致命傷を与えたと言うと、難しい顔で考えこむ。
「むう、たしかにそのようなことができれば、凶暴な魔物も倒せるのかもしれんな。しかしそれほどの水魔法など、聞いたことがないぞ」
「そうですかね。一般的な水魔法なら、どんなことができるんです?」
「せいぜい、何もないところから飲み水を出すとか、小川の流れを変える程度のはずだ。水を凍らせて、さらにそれを武器に使うなど、初めて聞いたわい」
「なるほど。それでは、とっておきの秘密をお教えしましょう」
「む、なんだ?」
俺は覚悟を決めて、テティスのことを明かすことにした。
別にどうしても特級になりたいわけでもないが、この街の権力者は味方につけた方がよいと思ったのだ。
「私が精霊と契約していることはお察しでしょうが、実は上位の水精霊と契約しているんです」
「は?」
「じょうい、せいれい?」
俺の言葉に、子爵とギルド長がポカンと口を開ける。
何を言われたのか、すぐには理解が追いつかない様子だ。
やがて固まっていた子爵が、大きな声で騒ぎはじめた。
「ば、馬鹿な! 貴様が上位精霊と契約しているだと?!…………普通ならとても信じられん話だが、実際に成果を上げておる。ということは……」
「ええ、今回の異常な成果の説明がつきます。そもそも彼らが活躍しはじめたのは、ほんの半年ほど前からなのです」
「たったの半年で最深階層まで進み、さらに記録を更新したのか?! う~む……ちょっと信じがたい話だな」
疑わしい目で見る子爵に、俺は弁明を試みた。
「言うまでもないことですが、私だけでやったことではないですよ。この街で小さな女の子に出会い、そしてエルフの精霊術師が加わった辺りから、探索が進むようになりました。それからドワーフの職人や、猫人の兄妹など、仲間が増えるうちに強くなったんです。さらにエルフの里で上位精霊と契約し、3人の仲間も加わりました。そういった出会いと努力の結果、だと思いますがねえ」
するとギルド長が情報を補足する。
「ちなみに後から加わった3人は、初期登録から1ヶ月ほどで、上級に昇格しています。何もかも異例ですが、事実です」
「むう……思っていた以上に、とんでもないパーティーのようだな。しかしそれだからこそ、階層を更新し、新たな守護者まで倒せた。そういうことか?」
「ええ、その認識で間違いないかと」
ギルド長にそう言われ、子爵はしばし顎に手を当て、考えていた。
やがておもむろに口を開く。
「ふむ、どうやら特級冒険者にしても、問題ないようだな。というよりも、彼らを特級にしなくて、誰を認めるのかという話だ」
「おお、お認めいただけますか。タケアキ、良かったな」
「はい、ありがとうございます」
俺が頭を下げれば、子爵は楽しそうに笑った。
「フハハッ、儂のほうこそ、礼を言いたいわ。永年、停滞しておった迷宮の探索を、1歩どころか2歩も進めてくれた。タケアキたちの存在を知れば、この街にはもっと人が集まろうし、既存の冒険者も発奮するであろう。それらの模範となるよう、これからもよろしく頼むぞ」
「はい、そのお言葉、心に刻みます」
こうして子爵との面談も無事に終わり、俺たちの昇格が決まった。
特級冒険者とは、準貴族的な存在となる特権階級だ。
その分、しがらみも増えるだろうが、生活は安定するであろう。
この世界に迷い込んだ時は、どうなるかと思ったが、とうとうここまでこぎ着けた。
今後はのんびりと、この世界の生活を楽しみたいものだ。
まずはニケに、このことを教えてやろう。




