86.逆転勝利
『氷結拘束』
12層の守護者部屋で窮地に陥った俺は、即興で作った精霊術をぶちかました。
それは土魔法の”大地拘束”の水魔法版であり、今までにも考えてはいたものだ。
しかし通常のミノタウロスであれば使う必要もなかったので、開発は先延ばしになっていた。
それが今回、守護ミノタウロスのあまりの剛力ぶりに、ぶっつけ本番で使うしかなくなった。
その辺は反省が必要だが、今はやるしかない。
俺はまず水魔法の材料となる水球に魔力を籠めると、それを敵の足元に放った。
水球が地面に当たり、弾けると同時に、水精霊がその膨大な力を解放する。
――キインッ!
その様はまさに、劇的だった。
守護ミノタウロスの足元が、半径1メートル、厚さ50センチほどの範囲で、瞬間的に凍りついたのだ。
それは”大地拘束”や”茨棘締結”では、まったく押さえられなかった強敵の足を、いとも簡単に縫いつける。
「グアッ! グオ~~ッ!」
守護ミノタウロスは必死にもがき、足を引き抜こうとするが、テティスの氷はびくともしない。
それを見てとった前衛陣は、即座に総攻撃を開始した。
「やったぜ、タケアキ。みんな、全力で攻撃だ。『鋭刃金剛』」
「うす。『剛力無双』」
「僕も。『剛力無双』」
「さすがはタケアキじゃ。『剛力無双』」
「やったね、タケアキ。『鋭刃金剛』」
彼らは強化魔法を駆使して、果敢に守護ミノタウロスに攻撃を仕掛ける。
それまでは敵の反撃を警戒して腰がひけていたのが、より大胆に動けるようになっていた。
おかげで多少は守護ミノタウロスの体にも、傷がつけられるようになる。
そんな状況を横目に、俺はニケの下へ駆けつけた。
先に駆けつけていたレーネリーアが、彼女を抱き起こしている。
「大丈夫か? ニケ」
「……タケ、しゃま? ごめんな、しゃい。しっぱい、しちゃったでしゅ」
ニケは傷を負った腹部から血を流しながらも、弱々しく笑ってみせた。
「そんなことない。お前のおかげで、敵を足止めできるようになった」
「……さすがは、タケしゃま、でしゅ。しゅごしゃ、たおして、くだしゃい」
「ああ、お前はここで待っていろ。レーネリーア、手当ては頼むぞ」
「ええ、任せて~」
俺はニケをレーネリーアに任せると、再び守護者との戦いへ戻った。
短時間だったが、前衛陣の奮闘で、守護ミノタウロスに弱体化が見られる。
そんな敵に、俺はさらなる追い討ちを掛けることにした。
再び手のひらに作った水球に魔力を籠め、それを敵の足元に投げつける。
そして俺はテティスに術のイメージを送りながら、新たな古代語を唱えた。
『氷槍屹立』
俺の意を汲んだテティスが、優美な動作で手を振り上げると、守護ミノタウロスの足元から氷槍が立ち上がった。
それは敵の股間を直撃し、明確なダメージを与える。
「グバアッ!!」
股間を下から貫かれた守護ミノタウロスが、血を吐いた。
しかしそれでもなお敵は、謎の強靭さを発揮して、動き回る。
とはいえ、その動きは明らかに鈍くなっていた。
その機を逃さず、前衛陣が総攻撃を掛けると、みるみるうちに敵は弱っていく。
先程までのような鋼鉄の防御力もすでになく、みんなの攻撃が通るようになっていた。
そして最後にバタルに喉をかき切られると、守護ミノタウロスは大斧を取り落とし、上体を倒して動かなくなる。
仲間たちの荒い息使いだけが聞こえる中で、バタルが口を開いた。
「ハアッ、ハアッ……やったっすか?」
「フウッ、フウッ……ああ、どうやら、仕留めた、みたいだぞ」
「……勝った、んですか?」
バタル、ルーアン、ザンテの半信半疑な声に、メシャが答える。
「そうだよっ! 私たち、勝ったんだ。12層の突破だよ~!」
「うむ、どうやら、そのよう、じゃの……フウッ、それにしても、しんどかったわい」
ガルバッドもそれを認めると、ルーアンたちも歓声を上げる。
「うお~、やった、やったんだ!」
「うす、俺たち、やったっす!」
「すごいすごいっ! 僕たちが勝ったんだ!」
そんな彼らを見ながら俺は、フラフラで倒れそうだった。
そんな俺を見かねたアルトゥリアスが、横から肩を貸してくれる。
「大丈夫ですか? タケアキ」
「……あ、ああ、大丈夫。魔力切れのせいか、頭がクラクラするけど」
「あれだけの術を使ったのですから、それも当然でしょう。おかげで守護者を倒すことが、できましたけどね」
「うん、なんとか倒したね。氷槍が弾かれた時は、どうなるかと思ったけど」
「まったくですね。タケアキがいなかったら、今ごろ我々は全滅ですよ」
「いやいや、アルトゥリアスが”精霊暴走”を、止めてくれたからさ」
「フフッ、その点だけは、お役に立てましたかね」
そんな話をしていると、ルーアンに呼ばれる。
「お~い、タケアキ。この氷を溶かしてくれねえか? 魔石が取れねえんだ」
「ああ、そうだな。テティス、頼む」
「♪」
テティスが軽く手を振ると、氷の足枷と槍は、きれいに消え去った。
そこにはわずかばかりの水が残るのみである。
それと同時に、氷で支えられていた守護ミノタウロスの体が、ズシンと音を立てて倒れた。
「……おう、さすがだな。よし、みんな、仰向けにひっくり返すぞ」
「うす」
「はい、ルーアン兄さん」
うつ伏せに倒れた守護ミノタウロスの体を、みんなでひっくり返しはじめた。
その巨体ゆえに苦労はしていたが、強化魔法まで使って、なんとか成功する。
そうして角と魔石を取るのを横目に、俺は再びニケの様子を見にいった。
「ニケの状態はどう?」
「ポーションで治療したから、もう大丈夫よ~。守護者を倒したのを見てから、眠りに就いたわ~」
レーネリーアの言うとおり、ニケは出血も止まり、スヤスヤと寝息を立てていた。
その顔は穏やかでありながらも、どこか誇らしそうだ。
「そっか。ありがとう」
「ウフフ、こちらこそ。あんなおっきなミノタウロスを、倒してくれたんだもの~」
「まあ、みんなで力を合わせた結果だけどね」
「タケアキがいなければ、絶対に無理だったわ~……私ももっと、精霊術を研究しないとね~」
そう言いながらレーネリーアは、少し悔しそうな顔をする。
俺より遥かに先輩の精霊術師であるにもかかわらず、大して役に立てなかったのが、悔しいのだろう。
そんな彼女を励まそうと、共同の研究を申しこんで見る。
「そうだね。これからもっと強い魔物に対抗するためにも、協力して術を開発しないか?」
するとそれを聞きつけたアルトゥリアスが、話に割りこんだ。
「それはいいですね。レーネリーア、私も術を強化したいので、一緒にやりましょう」
「ええ、分かったわ~。これからもよろしくね~、2人とも」
そんなことをしているうちに、ルーアンたちが魔石と角を回収していた。
するとふいに、守護者の下の地面が流動化し、その遺骸を飲みこんでいく。
しかし今回は不思議なことに、何かがその跡に残されていた。
「おい、タケアキ。なんか武器が残ったぞ!」
「珍しいこともあるもんだな……ひょっとして、初めてこの守護者を倒した、ご褒美とかだったりして」
「あ~、それはありそうだな」
そう言いながら近寄ると、そこには銀色に輝く剣があった。
ただしその剣は肉厚で角ばっており、どちらかというとナタのような形状だ。
まだ誰も触っておらず、ガルバッドが顔を近づけて、じっくりと観察している。
「ガルバッド、どんな感じの武器?」
「…………う~む、はっきりとは分からんが、この青みを帯びた白銀の輝きは、アダマンタイトじゃないかのう。以前、一度だけ見たことがあるんじゃ」
「へ~、アダマンタイトって、凄いの?」
そんな俺の言葉に、ルーアンがつっこんできた。
「おいおい、タケアキ。アダマンタイトっていえば、伝説の金属だぜ。たしか太古の技術で作られてて、とんでもねえ性能だって話だ」
「うむ、そうじゃ。アダマンタイトは、ミスリルよりも硬く、強靭で、魔力の伝導性に優れると言われておる。今の技術では作れんから、現存するのは太古の遺産のみのはずじゃ」
「ふうん……こいつはますます、守護者を初めて倒した、ご褒美かもしれないな」
「うむ、その可能性は高いのう。ちょっと触ってみるぞ」
ガルバッドが慎重にその剣を持ち上げると、特に問題もなく持てた。
彼が軽く振ると、ヒュンヒュンと音がする。
「こいつは見た目以上に軽いし、切れ味も凄そうじゃ」
「へ~、そいつは楽しみだな。誰が使うことになるか、みんなで相談しようぜ」
「ああ、細かいことは上に戻ってから、考えよう……あ、その前にひとつ」
「なんだよ?」
みんなの視線が俺に集まる。
「みんな本当にありがとう。ここまで来れたのは、みんなのおかげだよ」
「何いってんだよ。最高の殊勲者はおめえじゃねえか、タケアキ」
「いや、そうかもしれないけど、やっぱりみんなで力を合わせた結果だよ。このパーティーで探索できたことを、とても誇らしく思う」
するとレーネリーアが、ちょっと強がるように応じてきた。
「残念ながら私はほとんど活躍できなかったけどね~。だけどいずれ挽回するわ~」
「おお、その意気だ。俺たちももっと、がんばるぜ」
「うす、タケアキさんなしでも倒せるように、なるっす」
「僕も~」
そう言うみんなの顔は、とても輝いていた。
何はともあれ、12層の守護者を倒したのだ。
それはこの迷宮で初のことであると同時に、俺がこの世界で手に入れた、たしかな何かだった。
以上で第4章は終了です。
引き続き、第5章も投稿しますが、書き溜めに少しお時間をいただきます。
1~2週間ほどで、再開予定ですので、よろしくお願いします。




