85.守護者との死闘
12層の守護者は、ひと際大きなミノタウロスだった。
それは1体しかいないものの、通常の個体とは段違いの迫力を放っていた。
『大地拘束』
「『茨棘締結』……あん、もう。全然とまらない~」
俺とレーネリーアが足止めを試みるも、奴は見た目どおりの怪力で、やすやすと引きちぎってしまう。
そんな状況でも、前衛陣は果敢に敵に突撃していた。
『『『疾風迅雷』』』
まずニケ、バタル、ザンテの年少組が、加速魔法で飛び出し、すれ違いざまに敵の脚に斬りつけた。
しかし守護ミノタウロスの肌は、まるで本物の鋼鉄であるかのように、金属質の音を立ててはね返す。
その跡には、毛筋ほどの傷もついていなかった。
「硬すぎるっす」
「ふつうのやりかたじゃ、だめでしゅ」
「でもあんなの、どうすれば……」
弱音を吐く少年たちに、ルーアンが檄を飛ばす。
「馬鹿野郎っ、そんなこと言ってる間に、少しでも動きやがれ」
「そうだよ、命が掛かってるんだからね~」
そう言ってルーアンとメシャも加速魔法で飛び出し、槍を突き出すも、やはり刃が立たない。
ここで少し遅れて、ガルバッドとゼロスが、ミノタウロスに攻めかかった。
「『剛力無双』……どっせい!」
「クエ~ッ!」
ガルバッドが腕力を強化して戦斧を振るえば、ゼロスは鉄の角剣を掲げて突進する。
どちらも俊敏性には欠けるが、力の籠もった攻撃はそれなりに効果があったようだ。
2人の攻撃を受けた守護ミノタウロスが、初めて動揺を見せたのだ。
「グオ~~ッ!」
しかしそれは敵を怒らせることに他ならず、守護ミノタウロスは巨大な斧を振り上げた。
そのままではどちらかが致命的な傷を負っていたかもしれないが、そこへ割り込む存在があった。
「やらせないでしゅ!」
「ウガッ」
「ありがとよ、嬢ちゃん」
「クエ~」
誰よりも早くゼロスの危機を感じ取ったニケが、宙に舞い、敵の顔面に斬りつけた。
さすがにダメージを与えるほどでないが、それをうるさがって動作を止めた隙に、ガルバッドとゼロスが退避できた。
するとそれを見ていたルーアンが、ガルバッドたちと連携した攻撃を指示する。
「よし、いいぞ。俺たちも、ガルバッドとゼロスを支援するぞ」
「「はい」」
それは年少組やルーアン、メシャがすばやさでかき回しているうちに、ガルバッドとゼロスが攻撃する作戦だ。
事前に似たようなことは相談していたので、それなりに動きはまとまっている。
やがて敵が焦れてきたのか、動きが雑になってきたのを見て、俺とアルトゥリアスが複合魔法を繰り出す。
「やるよ、アルトゥリアス。『氷槍生成』」
「はい、タケアキ。『流風投射』」
満を持して放たれた氷槍が、目にも留まらぬ速度で宙を駆け抜ける。
それは狙い過たず、ミノタウロスのどてっぱらに命中した。
――カアンッ!
しかし無情にもその攻撃は、敵の表面で弾かれてしまった。
魔力をまとった氷槍すら弾くとは、想像以上の硬さだ。
「ウソだろっ! おい」
「信じられないっす」
「頼みの綱が、跳ね返されちゃった……」
ルーアン、バタル、ザンテが、信じられないといった顔で嘆く。
しかし今はそんなことを言っている場合でなく、この事態をなんとかしなければならなかった。
なんとか仲間を奮い立たせようと頭を回転させていると、思わぬところから声が掛かった。
「みんな、てきのきをひくでしゅ。そしたら、タケしゃまが、なんとかしてくれるから」
ニケが剣を掲げながら、高々と宣言した。
それは俺のことを信頼してきっている、彼女ならではの言葉だろう。
しかし目の前で頼みの綱が弾かれた後では、仲間たちも単純にはうなずけない。
「……そんなこと言ったって、今はじかれたばかりじゃないですか」
「いや、どの道、逃げ場所はねえんだ。だったら前のめりで、挑むしかねえ」
「うむ、時間を稼げば、タケアキとアルトゥリアスが、なんとかしてくれるかもしれん」
「……分かったっす。ザンテ、やるぞ」
「はいっ、バタル兄さん。タケアキさんも、お願いします」
「お、おう」
前衛陣は俺とアルトゥリアスの方を見ると、再び守護者への攻撃を開始した。
それは傍目にも、絶望的な戦いだった。
しかし彼らは、俺とアルトゥリアスに後を託し、果敢な攻撃を続けている。
俺とアルトゥリアスも、彼らを援護するため、2回ほど氷槍を放ったが、やはり大したダメージを与えられなかった。
「くそっ、駄目か……アルトゥリアス。何か敵にダメージを与える方法は、ないかな?」
なんとか守護者にダメージを与える方法がないかと、アルトゥリアスに問うが、彼は悔しそうに首を横に振った。
「……難しいですね。私の魔力も、もう余裕はありませんし……」
「そんなこと言わずに、何か考えなさいよ~。あ~ん、私も何か手伝えればいいのに~」
レーネリーアがアルトゥリアスを叱咤しながら、自分も何かできないかと嘆く。
その思いは嬉しいが、残念ながら植物魔法に有効な術はなさそうだ。
そうして俺たちが方策を打ち出せないでいるうちも、ニケたち前衛陣は奮闘していた。
しかし守護ミノタウロスも大暴れしているので、次第に形成が悪くなっていく。
そしてとうとう、恐れていたことが起こった。
「ウガアッ!」
「ああっ」
「ニケっ!」
「ニケちゃん!」
守護ミノタウロスの斧がわずかにかすり、ニケの体が吹き飛ばされる。
その瞬間、俺の中で暴力的な衝動が、湧きおこった。
『ラウフ――』
「駄目です、タケアキ!」
俺が怒りに任せて”精霊暴走”を起こそうとした矢先、アルトゥリアスが俺の肩をつかんで止めた。
怒りで頭に血がのぼっていた俺は、アルトゥリアスをにらみつける。
「なんで止める?!」
「いまここで”精霊暴走”を起こしても、敵を倒せる保証がありません。それどころか我々は、切り札を失って全滅するかもしれないのですよ!」
「う……それはそうかもしれないけど……」
「考えるんです、タケアキ。あなたとテティスだけが、我らの希望なのですよ」
「そんなこと言ったって……」
アルトゥリアスの説教で、急激に頭が冷えた。
たしかに”精霊暴走”は強力だが、制御はできないし、俺は意識を失う可能性が高い。
もしそんな術で守護者を仕留め損なえば、後は全滅必至である。
ニケの方は、レーネリーアが即座に駆けつけて、介抱してくれている。
幸いにも致命傷は避けられたようで、命の危険はないそうだ。
ならば今、俺がやるべきは、敵を倒して生き残ることだ。
そのために俺は、考えねばならない。
俺の最大の強みは、上位の水精霊テティスと契約していることだ。
さらに言えば、中位の土精霊ガイアと契約しているのも強みだろう。
それらを組み合わせて、何かできないだろうか?
いや、今は複雑なことをやってる暇はないだろう。
ならばテティスの水魔法でしのぐしかないが、”氷槍乱舞”は威力不足だし、氷槍を飛ばす役のアルトゥリアスは、すでに魔力切れ寸前だ。
何かテティスだけでやれることは、他にないか?
俺は手に持っていた革袋から、手のひらに水を垂らしながら考える。
その水を見ながら、何かできないかと、必死に頭を巡らせた。
そこでふと前に目をやると、仲間たちが守護者と必死で戦っていた。
ニケを欠いた彼らは、それでも必死に動き回り、守護ミノタウロスの注意を引いている。
しかし鈍足ながらも自由に走り回る巨大な敵に、彼らは翻弄されていた。
なんとか奴の足を止められないだろうか?
ふとそう思った瞬間、連鎖的に打開策を閃いた。
本当にできるかどうかは分からないが、今はこれに掛けるしかない。
「タケアキ、何をしているのですか?」
俺が手のひらの水を凝視しているのを見て、アルトゥリアスが訊ねる。
しかし俺はそれを無視して、魔力を注いだ水の玉を作り上げた。
そしてそれを守護者の足元に放りながら、古代語を唱えた。
『氷結拘束』




