84.12層を守るもの
3体もの牛頭戦鬼を倒せるようになった俺たちは、その後も探索を進めていった。
魔力の都合で連戦はきつかったが、着実に12層の奥へと進んでいく。
おかげで探索は着々と進み、とうとう守護者部屋の前へとたどり着いたのだ。
「おお、あれが念願の……」
「しゅごしゃのへや、でしゅ」
「ああ、ようやくたどり着いた」
通路の行き止まり部分に、岩の扉が見えていた。
それは今までに何回も見てきたものと変わらないが、今回は特に感慨深い。
それだけここまでの道のりが、困難だったと言えるだろう。
「なんか俺、すっげえ感動してる」
「うん、私も~。ちょっと涙でそう~」
「私も感動がひとしおよ~」
「俺もっす」
「僕も涙でてきました!」
ルーアン、メシャ、レーネリーア、バタル、ザンテの5人が、目に涙を浮かべながら、しみじみと言う。
なんか着いただけで満足しそうだったので、俺はあえて水を差す。
「とはいえ、守護者を突破しなきゃ、なんの意味もないんだけどね」
「まあまあ、たしかにそうですが、気を抜かなければ、いいのですよ」
「うむ、そうじゃな。まずは夜営の準備をして、ゆっくりと休むとするか」
「あい。あしたに、そなえるでしゅ」
俺たちは結界を張り、その場で夜営の準備を始めた。
そしてガルバッドの作った料理を味わいながら、明日の守護者戦について話す。
「それにしても、今度の守護者は、どんな奴が出てくるのかな?」
「まあ、今までのパターンだと、ミノタウロスのリーダーに、その配下が2体ってとこだよね」
俺が一般論を言えば、すかさずアルトゥリアスが異論を唱える。
「それはどうでしょうか? 今までの魔物は、最高で10体も群れるのに比べ、ミノタウロスはたったの3体です。これまでのパターンが通じるとは、思えませんがね」
「う~ん、それはそうなんだよね……」
彼の言うことはもっともなので、俺も反論できない。
するとガルバッドが笑いながら、仲裁に入る。
「フハハッ、分からんことは、無理に考えても無駄じゃよ。せいぜいできることは、いろいろなパターンを想定して、それに備えるぐらいじゃろう」
「……だよね。そもそも俺たちなんかが、勝てるような相手じゃない可能性もあるんだし」
俺が弱気なことを言えば、ルーアンが不満の声を上げる。
「おいおい、あまり不吉なこと言うなよ。仮にも俺たちは、12層を切り開いてきたんだ。まったく歯が立たねえなんて、ねえだろう」
「そうよね~。最初から負けるつもりじゃあ、とてもあの扉の中になんて、飛び込めないわ~」
レーネリーアもそれに同調するが、アルトゥリアスは俺を支持する。
「いえ、タケアキの懸念も当然ですよ。何しろ初めての空間に飛び込み、未知の守護者に挑まねばならないのですからね。ひょっとしたら、想像を超える強さの魔物が、待っているかもしれない」
そのいつになく強い口調に、みんなが押し黙る。
彼の言うことは不吉だが、その懸念が当たらない保証など、決して無いのだ。
「……そうか。そうだよな。今までは先人が切り開いてきた道を進めば良かったから、わりと気楽だったんだ。そしてミノタウロスは恐ろしく強い敵だったけど、それでも遠くから存在を確認して、策を練ることができた。だけどあの扉の向こうへ行ったら、あっという間に全滅させられることだって、あるかもしれねえんだ……そんなところにわざわざ突っこんでいこうってんだから、冒険者ってのは本当に因果な職業だな。ハハハ……」
わざとおどけながら言うルーアンに、メシャが噛みついた。
「そ、そんな不吉なこと、言わないでよ~。仮にとんでもなく強い守護者が出たってさ、逃げ出してまたやり直せばいいじゃん」
「いや、本当に逃げ出せるかな?」
「ど、どういうことよ?」
俺が異を唱えれば、メシャが不審そうに問い返す。
他の仲間も不審そうな顔をする中、俺はかねてからの懸念を口にした。
「今までは逃げ出せたんだから、今度も同じだとは、考えない方がいいと思うんだ。最悪、逃げ出せなくなった場合も、考えておいた方がいい」
「ちょっと、逃げ出せないような戦いに、わざわざ挑めってえの?」
「だから、最悪の話さ。ガルバッドが言ったように、いろいろなパターンを想定しておくんだ。俺が言いたいのは、安易に迷宮を信用しない方がいいってことさ」
「迷宮を信用するって……いや、たしかに俺たちは、無意識に信じてる部分があるのか」
ルーアンはためらいながらも、自分たちの思い込みを認めた。
「だろ? なんとなく迷宮のルールは絶対みたいな気でいるけど、実際に9層みたいなことも、起こるんだぜ」
「……9層って、守護者が外に出てきた、あれか?」
「ああ。あの赤い角の暴走牛さ」
その言葉に、新人以外の仲間たちが顔をしかめた。
あの時は運よく生き残れたが、全滅していてもおかしくなかった。
それは予想外の場所に守護者が出てきたためであり、迷宮が必ずしもルールを守るとは限らないことを、俺たちは身をもって知っているのだ。
あの時、ルーアンが言っていたように、迷宮は時に、悪意を向けるのではないだろうか。
そんな重苦しい雰囲気の中で、アルトゥリアスが口を開いた。
「タケアキの懸念はもっともですね。ならば我々は、様々なことを想定して、対策を練りましょう。完全な対策などはあり得ませんが、何もしないよりはましでしょうからね」
「うん、そうだね。結局は、そういうことだ。人事を尽くして、天命を待つってね」
「ああ、そうだな。よし、それじゃあさっそく、対策を練ろうぜ。まずは敵が3体出てきた場合だ。もちろん1体は指導個体で――」
先ほどまでとは打って変わって、ルーアンが仕切りだした。
そして仲間たちも、積極的にそれに協力している。
その後は眠りに就くまで、俺たちは話し合った。
決して全てが解決できるわけでもないし、完全は望み得ないが、みんなが同じ方向を向けたのは、良かったと思う。
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翌日も目が覚めてから、数時間は話し合いに時間を費やした。
そしてもう何も出てこないとなってから、いよいよ守護者戦に挑むことにする。
「それじゃあ、みんな。いよいよ行くよ」
「おう、準備は万端だ」
「はい、大丈夫です!」
ルーアンとザンテが元気に応じ、その他の面々もうなずくのを確認すると、俺は扉横の水晶に手を当てた。
すると今までどおり、石の扉が横にスライドする。
そしてそこに現れた薄暗い空間に、俺は足を踏み出した。
続いて仲間たちも入ってくると、石の扉が再び閉まったのだが、ここで俺は恐ろしいことに気がついた。
「おい、開閉用の水晶が無いぞっ!」
「おいおい、マジかよ。ひょっとして、逃げられねえってことか?」
「……本当だ。どこを触っても、開かないよ~。閉じ込められたんだ!」
俺の指摘に応じてメシャが扉をいじってみたが、それはびくともしなかった。
しかしそんな中でも、アルトゥリアスが冷静に事実を指摘する。
「どうやら嫌な想定がひとつ、当たってしまったようですね。これが初挑戦だからなのかは分かりませんが、逃げることはできないようです」
「うむ、そのようじゃな。さて、それではどんな守護者が、出てくるのか」
そんなことを言ってるうちに、奥の壁に灯りがともり、守護者の姿が露わになった。
「……な、なんだよ、あれ。でかすぎるだろう……」
「一応、想定していたとはいえ、相当に厄介な相手のようですね」
「あれは厄介どころでは、すまないんじゃないかのう」
そこに現れたのは、身の丈4メートルにもなろうかという、巨大なミノタウロスだった。
それは1体しかいないが、圧倒的な存在感をかもしだしている。
「ブフーッ」
奴は俺たちに負けることなど、予想もしていないのか、余裕ありげに鼻から息を漏らす。
そして両手に持ったでかい斧が、怪しい光をはね返した。
腰ミノだけを着けたその身体は、赤銅色の輝きを放ち、ずいぶんと硬そうに見える。
さらに体中に盛り上がる筋肉が、比類ない戦闘力を感じさせた。
「ゴクリ……見つめ合っていても仕方ない。敵が1体のパターンで攻撃だ」
「おう、みんな。敵を囲むぞ」
「「「はい」」」
前衛陣が軽快に駆け出し、敵を囲もうとする。
その間に後衛はなんとか敵の足を止めようと、精霊術を行使した。
『大地拘束』
『茨棘締結』
「グウ?」
しかし巨大なミノタウロスは、まるで何かしたかとでも言いたげに、足を持ち上げてみせた。
俺の作った土の枷も、レーネリーアの作った茨の拘束も、簡単に引きちぎられたのだ。
通常のミノタウロス用に改良した術など、なんの役にも立たなかった。
『突風』
すかさずアルトゥリアスが突風をぶつけたものの、やはり敵は微動だにしていない。
想像以上に強く、重く、硬そうな敵が、強者の余裕を見せている。
攻略の糸口がまったく見えない戦いの火蓋が、今きられた。




