81.3体のミノタウロス
初めて牛頭戦鬼を倒してから1週間。
俺たちは12層にアタックし続けていた。
最近はコツを覚えて、半日で12層へ到達できるようになった。
そして2日ほど探索をして、地上へ戻るのがパターンになっている。
当然、ちょくちょくミノタウロスに遭遇するのだが、今のところは1体だけの出現なので、さほどの困難はない。
ちなみにミノタウロスの魔石は、なんと銀貨60枚の値が付き、さらに角は2本で40枚で売れた。
さらに魔鉄鋼の斧には、銀貨50枚の値がついた。
つまり1体を倒せば金貨1.5枚に相当する利益が出るのだ。
もっとも、その強さからすると、それほど割のいい稼ぎでもないのかもしれないが。
しかし12層のすごいところは、それだけではない。
これまでの階層より、薬草や金銀鉱石などの資源が、よく見つかるのだ。
それはここが最近まで前人未到の層であり、ほとんど探索されていないからなのだろう。
おかげで最近の稼ぎは、日に金貨2枚はざらだ。
人数が増えたことをさっぴいても、大した稼ぎになっており、俺たちの貯えは急激に増えていた。
こうして12層の前半部分は、ほぼ探索することができたのだが、そこからいきなりハードルが上がってしまう。
「マジかよ」
「3たいも、いるでしゅ」
前方の部屋になんと、3体ものミノタウロスが待ち受けているのが、発見されたのだ。
しかもそれぞれが剣、槍、斧を持っており、こちらをにらみつけている。
幸いにもドーム状の部屋から出てはこないが、こちらも先へは進めない。
俺たちは敵から見えない場所へ引き返し、相談をした。
「いきなり3体かぁ……きつそうだな……」
「ああ、しかも武器が違うから、今までと感覚も狂っちまうぜ」
「そうですね。現状、1体に苦労している状況では、厳しいでしょう」
このように大人たちが悲観的なことを言えば、年少組は勇ましいことを言う。
「とりあえず、ぶつかってみるでしゅ」
「そうですよ。僕たちならできると思います」
「うす、まずは試してみたいっす」
いっそすがすがしいまでの勇気だが、さすがにそれはうなずけない。
「たしかにやってみないと分からないとこはあるけど、今の状況じゃ無謀だよ。すでにミノタウロスの強さは、分かってるんだから」
「そうそう。最後は突っこむにしても、なにか備えは必要だぜ」
「そのとおりですね。少なくとも戦力を増す要素がない状況で突っこむのは、危険が大きすぎます」
そう言われると、年少組も腕を組んで考えはじめる。
ちっちゃい子供たちが難しい顔で悩むのは、ちょっとコミカルでなごむ絵だ。
そんな微妙な空気の中で、ガルバッドがぼやいた。
「せめて2体ぐらいなら、対応できそうなんじゃがのう」
「うん、そうだよね。片方を誰かが足止めしてる間に、もう一方を倒せばいいからね。だけど3体だと、さすがに手が足りない」
すると珍しく、ニケから提案があった。
「それなら、ゼロスがいるでしゅ」
「ゼロスが?……それはちょっと、難しくないか? たしかに手は空いてるけど、よほどうまく連携しないと、危ないだけだぞ」
これまではミノタウロスが1体だけだったので、最近はゼロスが盾になることもなかった。
そういう意味で、たしかに彼の手は空いてると言えなくもないが、うまく連携を取れるとも思えない。
しかしニケはゼロスの顔をなでながら、自信ありげに言う。
「だいじょぶでしゅ。ゼロスはかしこいから、れんけいできるでしゅ」
「クエ~」
するとゼロスが、任せろとばかりに鳴いてみせる。
とはいえ、さすがにそれは難しいだろうと思っていたら、ガルバッドがニケを支持してきた。
「足止めぐらいなら案外、いけるんじゃないかのう」
「ガルバッドまでそんなこと言うの? 敵は剣や槍を持ってるんだから、危ないよ」
「それなら、ゼロスにも防具を与えてみては、どうじゃ?」
「え、それって、どんなの?」
「うむ、それはな……」
ガルバッドはゼロスに歩み寄ると、その頭部や背中を示しつつ、構想を語る。
「まず頭部に鋼鉄の兜をかぶせて前面を守り、体全体には鎖帷子を着けるんじゃ。鎖帷子で槍は防げんかもしれんが、側面を向けねば、よほど大丈夫じゃろう」
「なるほど。元々の防御力に加えれば、ミノタウロスの攻撃にも耐えられるかもしれないな……それじゃあ、角はどうする? 武器に使えないかな?」
「ん? 角か……鉄をかぶせて延長すれば、武器にも使えるが、ゼロスが重みに耐えられるかのう」
ガルバッドが懐疑的な見方をすれば、ゼロスが抗議するように鳴く。
「クエ~」
「できる、いってるでしゅ」
「え、今の分かるの?」
「あい、ゼロスは、おとうとぶん、でしゅから」
「クエ~」
ニケがそう言って鼻面を撫でれば、ゼロスも嬉しそうに鳴く。
どうやら本当に意思疎通ができているようだ。
「ニケもこう言ってるし、可能なんじゃないかな。なるべく軽くなるよう、工夫すればいいし」
「うむ、そうじゃな。加工は儂に任せておけ」
「頼むよ……さて、ゼロスが足止めに使えるようになれば、話は違ってくる。一旦、地上へ戻って、作戦を練ろうか」
「ええ、いいですよ」
「おう、希望の光が、見えてきたな」
こうして俺たちは、地上へ戻ることにした。
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「ゼロスの防具ができたって、ほんと?」
「うむ、おおむね完成じゃ」
地上へ戻って3日。
ゼロス用の防具が完成したと言われ、自宅の庭に集まった。
そこにはすでにガルバッドが待機しており、ゼロスに防具を着せていた。
「ふわぁ、かっこいい、でしゅ」
「ああ、けっこう勇ましいな」
「クエ~」
それはガルバッドの構想どおり、頭部を守る兜と、体を覆う鎖帷子だった。
兜は頭部の上面を覆うもので、目の部分に穴が開いている。
そして角部分も鋼鉄で覆われており、その先端は鋭くとがっていた。
その攻撃力は、従来より格段に高まっているだろう。
そして体を包んだ帷子は細い鎖を編んだものであり、そのほとんどをカバーしている。
さすがに鋭い武器で突かれればヤバいが、斬撃には有効だろう。
ちなみに兜の首周りにはエリマキトカゲのようなフリルが広がっており、前面から体を守るようになっている。
「さすがはガルバッド。いい腕ですね」
「フハハッ、儂も久しぶりにやりがいのある仕事ができたわ。やはり鍛冶仕事はよいのう」
防具の仕上がりをアルトゥリアスが褒めれば、ガルバッドは嬉しそうに答える。
ちなみにガルバッドは、鍛冶魔法というドワーフ独特の魔法を使える。
これによって彼は、火や金槌を使わずにある程度、金属の形状をいじれるのだ。
おおざっぱな形状は従来の鍛冶で作り、微妙な形状を魔法で調整する。
そのため鎧はゼロスの体にフィットして使いやすくなり、さらに製作期間も短縮できるという、とても便利な魔法だったりする。
俺たちのような冒険者にとって、彼は本当に得がたい人材なのだ。
「よ~し、それじゃあ、ミノタウロス戦に向けて、特訓だな」
「ああ、いよいよだ」
「がんばる、でしゅ」
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その後は郊外で、ミノタウロス戦の特訓をした。
それまでにも3体のミノタウロスを、いかに倒すかの作戦は立てていた。
鎧ができたところで、さっそく実践だ。
「よし、いいぞ、ゼロス」
「クエ~」
俺が土魔法で造ったミノタウロスの人形に、ゼロスが突撃する。
そして人形の横では、仲間たちが木の棒を持ち、ゼロスに攻撃を加えていた。
ミノタウロスとは何度も戦ってきたので、その攻撃を模倣するのも難しくはない。
こうやってゼロスに敵の動きを覚えさせ、足止めをしてもらう予定だ。
少なくとも1体のミノタウロスを足止めさせることで、残りの2体を俺たちで倒すのだ。
本当に実現できるかどうかは未知数だが、少なくともそのための備えはした。
後は実践あるのみだ。




