80.階層更新の衝撃
12層からミノタウロスの魔石と素材を持ち帰ったら、大騒ぎになってしまった。
あれよあれよという間に冒険者が集まってきては騒ぎ、迷宮管理棟や冒険者ギルドの職員も集まってくる。
そして今、俺たちは管理棟の中の会議室で、管理棟やギルドの職員を前にしていた。
「ふおおっ、すばらしい魔石だ! 早く研究所へ持って帰って、調べねば!」
「落ち着いてください、先生。まずはこの魔石の等級をですね……」
何やら魔石関係の学者と、官僚らしき人物が騒いでいる。
その横では冒険者ギルドの職員が、ミノタウロスの角と大斧を見ながら、うなっていた。
「う~む、この角の硬度と魔力量は、たしかに未知の物ですね」
「しかもこの大斧ときたら、魔鉄鋼みたいだぞ。これだけで大層な価値になる」
そんな彼らの話を横目にしつつ、中央の偉そうなおっさんが口を開いた。
「オホン。儂はこのベルデンの冒険者ギルドの長で、ガイエンじゃ。おぬしらが初めてたどり着いたという、12階層について話してくれるかな?」
「はい。俺は”女神の翼”のリーダーで、タケアキといいます。俺たちは今日、12層へ到達しました。そして――」
「待て待て! 11層にはオーガの群れがいるんだぞ? それはどうしたんだ?」
ギルド長の横に座っていたおっさんが、俺の話をさえぎる。
俺はそれを不快に思いながらも、その問いに答えた。
「そんなの倒したに決まっているでしょう。すでにオーガの討伐実績はあって、魔石や素材は出回ってるんだから、それほど不思議でもないと思いますがね」
「むう……それはそうだが、ある程度以上の数が出てくれば、とても太刀打ちできんと聞いておるぞ」
「それは従来の戦い方のままなら、でしょ? 戦法や戦力は、変わりますからね」
「なっ! 何を生意気な」
おっさんが気色ばんだが、それをギルド長がいさめる。
「それくらいにしておけ。話が進まんであろうが」
「は、申し訳ありません」
おっさんが渋々引き下がると、ギルド長が詫びを入れた。
「すまんな。何しろ、ここ10年はなかった階層の更新ゆえな」
「いえ、それはお察しします」
「うむ、それで、貴殿らはオーガの群れをもなぎ倒し、12階層へ至ったと、そういうことじゃな?」
「ええ、最大で10体の群れを、討伐しています」
「むう、やはりそれほどか……」
ギルド長が言葉を失うと、周りの人々も驚愕の表情を浮かべている。
やがて気を取り直したギルド長が、続きを促した。
「それで12層の様子は、どのようなものじゃ?」
「基本的に11層と変わりませんね。木や草が生えていて、広さも同じぐらいです」
「ほう、そして部屋の中には、ミノタウロスがいたと……1体だけか?」
「ええ、今のところは」
その言葉にギルド長はうなずきながら、さらに先を促す。
「うむ、先のことは分からんからな。それで、ミノタウロスの強さは、いかほどじゃ?」
「そうですね……オーガ10体よりも、厄介じゃないかと。何しろでかくて硬いですから、並みの攻撃手段では、仕留めるのは難しいと思いますよ」
するとまた横のおっさんが割り込んだ。
「お、お前らはどうやって倒したんだ?」
「それはまあ、精霊術と武器を使って」
「それだけでは分からん! もっと具体的に言わんかっ!」
なぜか強圧的に迫るおっさんに呆れながら、俺はギルド長へ視線を向けた。
「答える義務、あります?」
「……できれば教えて欲しいが、強制はせんぞ」
「何を甘いことを! ここで情報を吐き出させて、さらなる階層の更新を――」
その瞬間、ギルド長がスパーンとおっさんの頭をはたいた。
おっさんの頭はそのまま机にぶち当たり、さらに大きな音を立てる。
「馬鹿もんっ! 冒険者の戦闘力に関する情報は、彼らの生命線じゃ。それを無理に聞き出そうなどと、言葉を控えんか!」
「お、おごっ……」
悶絶するおっさんを無視して、ギルド長が頭を下げてきた。
「すまんな。こやつは官僚出身なため、冒険者の事情にはうといんじゃ。具体的な戦法は別として、もう少し詳しく教えてくれるか?」
「……え、ええ」
その後はミノタウロスを倒した際の説明に、時間を要した。
ミノタウロスの大きさ、その硬さと動きなど、敵の情報については思いつく限り話す。
一方で俺たちの戦い方については、意識的にぼかした。
せいぜい精霊術で足止めして、魔闘術で斬りつけたって感じだ。
もちろんミノタウロスの強さから、俺たちの力量はある程度、計れるだろうが、具体的な内容までは分からない。
自分たちの実力を、隠すに越したことはないのだ。
なんと言ったって、俺たちは一躍トップパーティーにのし上がってしまった。
その事実は、同業者の羨望だけでなく、嫉妬も招くだろう。
”宵闇の爪”の時のように、迷宮内で襲ってくる奴らも、出るかもしれない。
その点についてはギルド長も分かっているようで、しつこい追求もなかった。
「ふむ、今日はこんなところか。ただし資料をまとめるうえで、聞きたいことも出るかもしれん。その時はまた頼むぞ」
「ええ、可能な限りは」
「ああ、頼む……ところで、12層の奥へは、進めそうか?」
「もちろん、そのつもりですよ。今すぐにとは言えませんが、徐々に探索を進め、可能であれば守護者を倒したいと思ってます」
そう言ってのけると、ギルド長はあごをなでながらつぶやく。
「ふむ、そうであれば、今しばらく待つか」
「何を待つんです?」
意味ありげに言ったので、俺が問うと、ギルド長はニヤリと笑った。
「特級冒険者の認定申請じゃ。特級の認定には、並外れた功績が必要でな、さらに領主様の認可も必要になる。今回の階層更新だけでも、申請は通るかもしれんが、守護者討伐までいけば、より確実じゃ。ぜひがんばってくれよ」
「なるほど。保証はできませんが、努力してみます」
「うむ、期待しておるぞ。しかし間違っても、命は落とさんようにな」
「ええ、気をつけますよ」
こうして関係者との会議は、友好的に終わった。
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「それじゃあ、ミノタウロスの撃破を記念して、乾杯」
「「「かんぱ~い」」」
その晩はもちろん、自宅で祝宴だ。
みんなで乾杯をすると、年少組が元気に料理を食べはじめる。
「今日もガルバッドさんの料理、美味しいです! ハグハグ」
「あい、ごきげんでしゅ。モグモグ」
「いつも美味いっす。バクバク」
「フハハッ、そうかそうか」
食いしん坊たちが料理を褒めれば、ガルバッドもご機嫌だ。
やがて話は、今日の会議の話になる。
「それにしても、特級冒険者の話が出るとはな~」
「うん、私たちがその候補だなんて、信じられないよね~」
「ええ、何しろ特級とは、冒険者の頂点ですからね」
ここでふと気になっていたことを訊いてみる。
「そういえば、今日の話だと、特級冒険者になる条件って、あいまいみたいだよね?」
「ああ、そういえばそうだな。階層更新だけでも、いけそうだって話だったし」
ルーアンがその問いに同調すれば、冒険者稼業の長いアルトゥリアスが、その辺の事情を教えてくれた。
「それは特級冒険者が、文字どおりに特別だからです。本来なら上級までのところを、特別な功績を残した者が、特級になれるんですね」
「ああ、なるほど。それゆえに特級の昇格基準には、明確な条件が決まってないってのか」
「まあ、そんなところです。今までの昇格例は、やはり行き詰まっていた迷宮の攻略を成し遂げた者が多いですね。それから災害級の魔物を退治した場合とか」
「へ~……今、この国には何人くらいいるの?」
「たしか、王都にひとつだけ、特級のパーティーがいるのではないですか」
するとガルバッドがそれを補足した。
「うむ、そうじゃ。”天覇の槍”というパーティーじゃな。たしか、王都近くの迷宮の探索を、進めたんじゃなかったかのう」
「ええ、センデロ迷宮の12階層を、攻略した功績ですね」
「ふ~ん、俺たちの目標と一緒だね。ここと比べて、どうだったのかな?」
「たしかあそこは、竜種が出る迷宮でしたね。かなり手強いと思いますが、一概に比較は難しいでしょう」
するとルーアンが驚きの声を上げる。
「マジかよ。竜種を倒したパーティーと、同じになるのか?」
「気が早いって、兄貴~。まだ1体倒しただけだから、この先のことなんか分かんないよ~」
「そりゃそうだけどさ、お前。ちくしょう、なんかたぎってきたな」
「フフフ、あまりはりきり過ぎないほうが、いいですよ」
「そうは言ってもさ」
ミノタウロスがどれだけ出てくるかも分からない現状で、特級の話など取らぬ狸の皮算用であろう。
しかしそれでも、俺たちが特級に手が届きそうなところまで来たのは、事実だ。
願わくば、誰も欠くことなく、成し遂げたいものだが。




