79.ミノタウロスとの死闘
12層で初めて、牛頭戦鬼に挑んだ俺たちだったが、なんとその初撃が防がれた。
しかしそれでも俺たちはくじけず、皆で一丸となって敵へ立ち向かう。
『大地拘束』
『茨棘締結』
まず俺とレーネリーアの拘束技で、敵の足を止めようとした。
しかしその程度の拘束は、ミノタウロスが足を上げるだけで、簡単に引きちぎられる。
『突風』
「グウッ!」
ここでアルトゥリアスお得意の突風が、敵に命中した。
殺傷力こそ低いものの、その攻撃はミノタウロスの体を揺らし、わずかにその動きを止める。
『『『疾風迅雷』』』
その瞬間、ニケ、バタル、ザンテの年少組が、加速魔法で飛び出した。
彼らはもの凄いスピードで敵に迫ると、それぞれの武器を振るう。
「グウッ……グルオウッ!」
「うわっ」
魔力を込めた斬撃にミノタウロスは多少ひるむも、すぐに反撃が返ってきた。
敵の斧をギリギリで避けたバタルが、驚きの声を上げている。
オーガとはひと味もふた味も違うタフさに、戸惑っているようだ。
しかし彼らの攻撃が、まったく通じないわけではない。
俺たち後衛の支援を受けながら、地道に攻撃を続けていると、やがてミノタウロスの動きに陰りが見えてきた。
すかさず俺は、切り札をぶちかます。
「行くよ、アルトゥリアス。『氷槍生成』」
「ええ、『流風投射』」
前衛に続いて接近した俺たちが、新たな氷槍をぶち込んだ。
それは見事にコントロールされて宙を飛び、ミノタウロスの左胸に突き刺さる。
「グアアッ!」
「おいおい、なんで倒れねえんだよ」
「でも、よわってるでしゅ」
人間で言えば心臓を貫かれているはずなのに、ミノタウロスは倒れなかった。
人とは体の構造がちがうのか、それとも魔物ゆえのタフさのせいか?
しかしその動きは確実に鈍ったため、前衛陣の攻撃も活発化する。
「『剛力無双』、どりゃぁっ」
「『鋭刃金剛』、えいっ」
魔法で腕力や切れ味を増した剣と槍、斧の攻撃が、ミノタウロスに降り注ぐ。
それでも敵はなんとか立ち続けていたが、そこへ最後の一撃をたたき込む。
「これで終わりだ。『氷槍生成』」
「そう願いますよ。『流風投射』」
先ほどよりもひと回り大きな氷槍が宙を飛び、敵のどてっぱらに突き刺さる。
その一撃はさすがに致命傷となって、ミノタウロスは静かに動きを止めると、地響きを立てて倒れた。
「やった~!」
「やったっす」
「かったでしゅ」
年少組が元気に喜びの声を上げれば、他の者はしんどそうにぼやく。
「くっそ、メチャクチャかてえじゃねえか」
「それにすっごい、タフだったしね~」
「ああ、しんどかったのう」
ルーアン、ガルバッド、メシャが、肩で息をしながら汗をぬぐう。
そんな彼らに、後衛陣はねぎらいの言葉を掛けた。
「お疲れさん。みんな、がんばったね」
「未知の敵の相手は、しんどかったでしょう」
「お疲れ様~。それにしても大きな魔物ね~」
レーネリーアが言うように、身長が3メートルもあって、筋肉の塊のようなミノタウロスは、かなり大きい。
体重はおそらく、1トン近いのではないだろうか。
そんなミノタウロスの体に、ニケが飛び乗ると、その胸にナイフを突き立てた。
「んしょ、んしょ……ふわぁ、おっきいでしゅ」
そう言って彼女が取り上げたのは、こぶし大の魔石だった。
ニケはそれを両手で抱えて俺の方に跳び下りると、いつものように差し出してきた。
「タケしゃま、ませきでしゅ」
「ああ、いつもありがとうな。それにしても、でかいな……」
俺はニケの頭を撫でながら、魔石を観察する。
今までの最高はオーガの魔石で、クルミほどの大きさがあった。
しかしこれは、確実にその倍はあるし、その濃い赤色が澄んでいる。
「これはずいぶんと、価値が高そうですね」
「ああ、だたでかいだけじゃなくて、色が澄んでる。内包する魔力量は、かなり高いんじゃないかな」
「ええ、そうでしょうね。これは魔石の最高価格が、大きく更新されそうです」
アルトゥリアスとそんな話をすれば、ルーアンは素材に言及する。
「魔石だけじゃなくて、この角にも価値があるんじゃねえか? 見事なもんだぜ」
「ええ、もちろんそれも売れるでしょうね。取っておいてもらえますか?」
「おう、任せとけ。ザンテも手伝え」
「はい」
「あ、俺も手伝うっす」
角をルーアンに任せると、今度はミノタウロスの持っていた斧だ。
ガルバッドがさっきから、熱心にそれを観察している。
「ガルバッド、その斧は使えそうですか?」
「サイズが合わんので、儂らには使えんな。しかしこれは、魔鉄鋼ではないかのう。たぶん持って帰れば、高く売れるぞ」
「え、魔鉄鋼って?」
聞きなれない単語について訊ねれば、ガルバッドが嬉しそうに教えてくれる。
「たっぷりと奥まで、魔力が浸透した鋼じゃ。加工しやすく、魔力をよく通す金属でな、聖銀鋼にも劣らんほどじゃぞ」
「へ~、さすがは迷宮産の武器って感じ?」
「うむ、そうじゃな」
どうやらミノタウロスは、価値の塊らしい。
さすが、1体でも手こずるほどの強敵だけはある。
こうして俺たちは、ミノタウロスの魔石と2本の角、そして巨大な斧を確保して、地上へ戻ることにした。
まだまだ探索をする時間はあったが、何しろ初めての魔物を仕留めた後だ。
欲張らずに引き返し、地上へ情報をもたらそうとの意見で一致した。
幸いにも帰路はさほどの魔物にも遭わず、正午ごろには地上へ戻ることができた。
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「12階層で、ミノタウロスを仕留めた。これがその魔石だ」
「は? 12、かいそう?」
地上へ戻るとすぐに、買い取り所へ魔石を提出した。
しかしその情報があまりにも衝撃的だったのか、買い取り所の職員はただちにその意味を理解できない。
やがてそれを聞いていた周りの人間たちが、騒ぎはじめる。
「おい、12層って、未知の階層だよな?」
「ああ、しかもミノタウロスを仕留めたって、言ってたな」
「そんなのウソだろ? あんなガキのいるパーティーが、階層更新だなんて」
「いや、しかし、あんなでかい魔石、見たことねえぞ」
「だよな……てことは、本物か?」
「なら10年ぶりの階層更新じゃねえか!」
それぞれに半信半疑でしゃべっているが、ようやく真実が理解されたようだ。
やがてある男が、大声で触れ回りはじめた。
「そうだ、そうだよ。とうとうやったんだ。お~い、”女神の翼”がやったぞ。12層でミノタウロスを倒したそうだ!」
その後はすごい騒ぎになった。
職員たちが右往左往する中で、ミノタウロスの魔石をひと目見ようと、冒険者たちが押し寄せる。
「これはまた、想像以上の騒ぎになりましたね」
「ああ、でもたしか、ここ10年は階層が更新されてなかったんだろ? それならこうなっても、おかしくないよね」
「まったくだ。しかしまあ、俺たちがその達成者だってのが、いまだに信じられねえぜ」
「そうかな? 俺たちはそれだけのことを、やってきたと思うけど」
「フハハ、そうじゃのう。見た目はあれじゃが、最高のメンバーじゃと思うぞ」
「だろ?」
「うん、まあ、そうかな……」
そんな話をしながら、俺たちは階層更新の栄誉を噛み締めていた。




