7.コボルドとの戦い
魔物の卵に魔力を吸われた翌日、俺は目覚めると同時に、不思議な感覚を味わった。
「あ~、なんだこれ?……ひょっとして、これが魔力ってやつか?」
昨日までは気がつかなかった不思議な流れというか、微粒子みたいなものの存在が、体内に感じられたのだ。
おそらくこれが魔力というもので、昨日ムリヤリ吸い取られたのをきっかけに、感知できるようになったみたいだ。
とはいえ、今はその使い道も分からず、せいぜい魔物の卵に注いでやるぐらいしかないのだが。
そんなことを考えながら、ふと卵に目をやると、違和感を感じた。
「あれ……これって、昨日より大きくなってないか?」
「ふぁ、なんでしゅか? タケしゃま」
「あ、わりい。起こしちゃったか」
「べつにいいでしゅよ」
目元をぐしぐしとこすりながら、ニケが体を起こす。
そんな仕草もかわいらしいと思いつつ、俺は自分の感じた違和感について、彼女に訊ねた。
「なあ、ニケ。この卵、昨日より大きくなってないか?」
「ふえ……ほんとでしゅね。こんなの、はじめてでしゅ」
やはり俺の感覚は正しかったらしい。
昨日、買った時はこぶし大だったはずの卵が、ふた回りほど大きくなっているのだ。
そのことにニケも驚き、不思議そうな顔をしている。
「う~ん、ひょっとすると魔物ってのは、卵のまま大きくなることも、あるのかもしれない。まあ、壊れてるわけでもないから、いいだろう」
「そうでしゅね。まものについては、よくわかんないから、そういうことも、あるかもしれないでしゅ」
「だな。これ以上、悩んでもしかたないし、昨日の商人がいたら、聞いてみよう」
「あい」
俺たちは卵のことは棚に上げると、朝食をとることにした。
それから装備を身に着け、再び迷宮へと出発する。
今日は様子を見ながら、2層へ足を伸ばすつもりだ。
はたして2層の魔物に、俺たちの力は通じるのか?
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迷宮に入ると、今日はまっすぐに下への階段を目指した。
ちゃんと地図もあるし、人がよく通る道は踏みならされているので、迷うこともない。
途中で遭遇したゴブリンを倒して、今日の調子も確認する。
「ふうっ、とりあえず問題はないかな。ていうよりも、昨日よりも調子がいい感じがする」
ようやく人型の魔物を倒すのに慣れてきたのもあるが、なんだかやけに体が軽かった。
するとニケが、その原因を教えてくれる。
「たぶんタケしゃま、からだのきょうかど、あがったでしゅ。ぼうけんしゃしょうで、みれるでしゅ」
「あ~、そういえばそんな話があったな。これに魔力を通すと、確認できるんだっけ」
たしか冒険者ギルドでの注意書きに、そんな話があった。
この世界では魔物を倒すと、その生命力を取り入れることで、体が強化されるんだそうだ。
迷宮の中では特にそれが顕著となり、外で魔物を倒すより、何倍も効率的らしい。
それは迷宮が密閉されているためか、それとも迷宮と冒険の神ヌベルダスの加護なのか。
いずれにしろそれが、俺の体にも起こったらしい。
それを確認するため、取り出した冒険者証に、魔力を通してみた。
「お、本当だ。強化度が1になってる」
「あたしも、2になったでしゅ」
魔力を通すと、プレートに刻まれた名前の横に、1という数字が浮かび上がる。
今まで存在していなかったその数字は、おそらく強化度がゼロから1に、上がったことを示しているのだろう。
ちなみにニケは経験者だったのもあって、早くも2に上がったようだ。
といっても、強化度1に対しての向上分は、ほんの数パーセントに過ぎないので、実感できるかどうかは微妙なところだ。
ただしその恩恵は肉体の強度のみならず、筋力や感覚にまでおよぶので、馬鹿にできない。
それこそ2ケタ以上のレベルに達すれば、明確なアドバンテージとなるだろう。
気を良くした俺たちは、意気揚々と階段を目指した。
おかげで早々に階段までたどり着き、いよいよ2層へと踏み込む。
またもやニケの案内で進むと、早々に新たな魔物に遭遇した。
2層に出るのは犬頭鬼という魔物で、人の体に犬の頭を載せたような存在だ。
というとニケのような獣人と思うかもしれないが、体中に灰色の毛が生えていて、鼻づらが突き出した面相で、より獣チックな外観である。
どちらかというと、人狼ならぬ、人犬と言った方が、分かりやすいかもしれない。
そんな2匹のコボルドが、こん棒を振り回して迫ってきた。
「ウー、ガウー!」
「バウバウ!」
「うるさいでしゅ」
「キャイン」
しかしそんなコボルドにもお構いなしに、ニケがナタを振るう。
1刀の下に切り伏せられた仲間を見て、もう1匹のコボルドがひるむ。
そこへすかさず俺も槍を突きこんだ。
「セイッ」
「キャウン」
腹部を槍で突かれたコボルドが、悲鳴を上げる。
そいつはしばらくあがいていたが、やがて息絶えた。
俺は上手く仕留められたことに安堵しながらも、懸念を口にする。
「ふうっ、なんとか仕留めたけど、ゴブリンよりも手強い感じだな」
「そうでしゅか?」
「ああ、同じような傷を負っても、コボルドの方がタフだったように思う」
「う~ん、そんなにつよいとは、おもえないでしゅけど」
「でも俺たちは2人だし、俺は素人だからな。慎重にいくに、越したことはないよ」
「そうでしゅね。だけどあたしは、けはいがわかるから、あんしんしていいでしゅよ」
「ああ、当てにしてるよ」
「まかせるでしゅ」
そう言うニケの尻尾が、フリフリと揺れていた。
当てにされるのが嬉しいらしい。
その後も彼女を先導に、2~4匹のコボルドを倒して回った。
コボルドは身長はゴブリンより少し高いくらいだが、体ががっしりしていて、体重は倍くらいありそうだった。
そのため油断はできないが、ニケがすばやく動いて先制してくれるので、俺も有利な形で戦える。
気がつけばコボルドを20匹以上も倒しており、時間もほどほどに経過していた。
そこで地上へ戻り、魔石を換金したのだが……
「うわ、銀貨11枚だって」
「すごいでしゅ」
コボルドの魔石は1個で銅貨50枚なので、いきなり収入が跳ね上がった。
これなら宿代や飯代を払っても、お釣りがくる。
「冒険者って、儲かるんだな?」
「……でもおとしゃんたちは、くろうしてたでしゅ」
両親のことを思いだしたのか、ニケがちょっと悲しそうな顔をする。
耳や尻尾もしおれていて、にわかに悲哀感が漂いはじめる。
俺はそんな彼女を慰めるように、頭を撫でながら褒めた。
「そっか。たぶんニケが、がんばってくれてるからだな。ありがとう」
「えへへ、そんなこと、ないでしゅ」
おそらく褒め慣れていないのか、ニケが顔を赤くしながら照れる。
尻尾をフリフリさせながら照れるその様は、とてもかわいかった。
思わず彼女を抱き寄せ、撫で回したくなるところを、なんとかこらえると、俺は話題を変えた。
「と、とりあえず、昨日の屋台、探してみるか。卵のことを聞きたいからな」
「あい♪」
俺たちは迷宮を後にすると、昨日の卵売りの屋台を探しにいった。
すると昨日と同じ場所で、あの商人が見つかる。
「すいません。ここで買った卵について、聞きたいんだけど」
「え? ああ、昨日のお客さんですね。覚えてますよ。何かありました?」
「それが今朝見たら、卵がふた回りくらい大きくなってたんだけど、魔物の卵って、そういうことあるのかな?」
「ええっ、本当ですか?……たしかに魔力をたっぷり吸うと、大きくなるって話はありますね。私は見たことないんですけど。そんなに魔力を与えたんですか?」
商人も驚いていたが、大きくなることはあるらしい。
「う~ん、たしかに俺が魔力を与えたら、凄い勢いで吸われたかな。でも特に問題はないんだよね?」
「ええ、むしろ優秀な魔物が生まれるかもしれませんね。優秀なものほど、多くの魔力を必要とするらしいですから。なんだったら、うちで買い取りますよ」
「それは生まれてみないと、分からないな。ニケが育てるんだし」
「うらないでしゅよ」
ニケのつれない返事に、商人が苦笑していた。
まあ、俺も売るつもりは、ないけどな。
懸念が晴れた俺たちは、また2人で手をつないで、宿まで帰った。