77.12層に棲むもの
2晩の夜営を経て、俺たちはとうとう12層へと至る階段を発見した。
これはこのベルデン迷宮が発見されてから初めてのことであり、最高到達階層の更新となる快挙である。
「やったぜ、タケアキ。これで俺たちが、このベルデンのトップ冒険者ってことだな」
「ああ、そうなるんだな。なんかあまり、実感ないけど」
「フフフ、タケアキらしいですね。でも実感がわかないという気持ちも、分かりますよ」
「うむ、そうじゃのう。しかし階段を見つけただけで浮かれていては、大ケガをするかもしれんぞ。ここはひとつ、気を引き締めて――」
せっかくガルバッドが引き締めようとしたところへ、レーネリーアの脳天気な声が割り込んだ。
「あらあら、何いってるのよ~。これってすごいことじゃな~い」
「いや、姉さん、空気を――」
「さあ、階段を降りるわよ~」
勝手に話を進め、今にも階段を降りそうなレーネリーアに、みんなが苦笑する。
しかしここでもったいぶっていても仕方ないので、さっさと階段を降りることにした。
「それじゃあ、バタルが先頭で降りていこうか。異常があったら、すぐに知らせてくれ」
「うす、任せるっす」
バタルはそう言いながら、勇んで先頭に立つ。
彼とザンテはさすが希少種といったところか、ニケ以上に感覚が鋭かった。
おかげで以前にも増して、不意打ちをくらう恐れが減ったのは、予想外の効果である。
バタルを先頭に階段を降りていくと、その先には今までと同じような空間が広がっていた。
基本的に洞窟なのだが、それなりに明るく、まばらに草木が生える不思議空間だ。
最初の分岐点を左に進み、ズンズン歩いていくと、バタルから声が掛かった。
「この先に、何かいるっす」
「了解。みんな、武器を出して」
「「「おう」」」
みんなが武器を取り出してジリジリと進めば、やがて魔物がいるであろう大きな空間が見えてきた。
そしてその空間の中央にいたのは、ひと際大きな影だ。
「……牛頭戦鬼ではないですか。私も見るのは初めてですが、大きいですね」
「大きいどころじゃねえぜ……しかもあれ、斧を持ってるぞ」
アルトゥリアスとルーアンが言うように、そこで俺たちを待ち受けていたのは、ミノタウロスだった。
身長は3メートルを超える巨体で、その頭部は角の生えた牛という魔物だ。
腰ミノだけを着けたその身体はムキムキで、鋼のような筋肉に包まれている
しかもその手には両刃の斧を持ち、かつてない攻撃力が予想された。
俺たちはその空間には入らず、遠巻きに見ながら策を練った。
「とりあえず、”大地拘束”と”茨棘締結”で足を止めて、斬りつける感じかな?」
「いや、そんなんじゃ足りねえだろ。タケアキが氷の槍、ぶちこんだらどうだ?」
「う~ん、そんな余裕、あるかな? 足を止めるだけでも、精一杯な気がするんだけど……」
この状況で土魔法と水魔法を同時に使えと言うのは、かなりな無茶ぶりに思えた。
テティスは上位精霊だけあって、ガイアよりも自律性が高いが、術の制御にはそれなりのリソースを必要とする。
そんな俺の懸念に、ガルバッドも同調する。
「タケアキの勘はたぶん当たっているじゃろう。中途半端に術を多用しても、失敗する可能性が高いのではないかな?」
「なら、どうすんだよ? たぶんあれ、メチャクチャ硬いぞ。俺たちの武器であれが傷つけられるとは、ちょっと思えねえけどな」
「むう。たしかに、その可能性は高そうじゃな……」
ミノタウロスの肌は褐色のようだが、何やら金属的な輝きも見て取れる。
少なくともオーガより柔らかいとは思えなかった。
「う~ん、やってみないと分からないのも事実だけど、安易に攻めるのはリスクが高いよね」
俺が慎重論をほのめかすと、アルトゥリアスから提案があった。
「それでは、まずはタケアキとレーネリーアが足を止めて、前衛で足を攻撃すればどうでしょうか? そしてタケアキに余裕ができた時点で、大きな氷の槍を放つのです」
「う~ん、大きな槍かぁ。作るのはできるけど、問題はどうやって撃ち込むか、なんだよな」
オーガを攻撃した時は、手元から枝状に氷を伸ばしていった。
しかしその分、魔力は多くいるし、威力もさほどではない。
するとアルトゥリアスは、自信ありげな笑みを浮かべながら、その役を買って出る。
「フフフ、それをやるのは、私に任せてもらえませんか? 風魔法で槍を飛ばすのですよ」
「ッ! そうか、その手があった!」
さすがは、アルトゥリアス。
俺だけで攻撃するのではなく、複数の精霊術を組み合わせるとは、目からウロコである。
しかしそう簡単に実現できるものだろうか?
「だけどさ、いきなり実戦てのは難しくない?」
「ええ、当然です。ですから一度上へ戻って、練習してみましょう」
「だよね~」
アルトゥリアスの提案は、どこまでも現実的だった。
未知の魔物に初めての術をぶつけるなど、危険きわまりない。
他のメンバーにも確認を取ると、誰からも異論は出なかったので、俺たちは元来た道を引き返し、11層でまたオーガを狩った。
そうして広い空間を確保してから、新しい精霊術の練習だ。
「それじゃあ、俺とアルトゥリアスは複合魔法の実験をするから。みんなはくつろいでていいよ」
「おう、見物させてもらうぜ」
「おうえん、してるでしゅ」
オーガを狩ったばかりの空間に、仲間たちは腰を下ろすと、めいめいにくつろぎはじめた。
そして俺とアルトゥリアスは向き合って、実験を始める。
「それじゃあ、氷の槍を作るけど、どれくらいの大きさがいい?」
「そうですね……まずはタケアキが使っている槍の、半分くらいでどうでしょうか?」
「了解。テティス」
俺は水精霊を呼び出すと、これぐらいの槍を作ってくれとお願いする。
ちょっと透き通った妖艶な美女は、快くそれに応じてくれた。
俺がその場で革袋から水をまくと、テティスがそれに手をかざす。
「♪」
するとたちまちのうちに水がかさを増し、槍の形で凍りついた。
その氷の槍はテティスの魔力を受け、宙に浮いている。
「フフッ、さすがですね。それでは私も。シェール」
「♪」
今度は風精霊が現れて、氷槍に手をかざした。
すると槍の周辺に風が渦巻いて、ヒュウヒュウ、ゴウゴウと音を立てはじめる。
アルトゥリアスは狙いをつけるために集中してから、古代語を詠唱した。
『流風投射』
ボヒュッという音と共に、氷槍が目の前から消えた。
そしてそれは、次の瞬間には前方の壁に当たり、粉々になる。
それを見ると、仲間たちが騒ぎだした。
「おいおい、すげえじゃねえか。とんでもない威力だぞ」
「う~む、さすがはアルトゥリアスじゃのう」
「きゃ~、すごいじゃな~い、アルトゥリアス。どうやったの~?」
レーネリーアに問われ、アルトゥリアスはまんざらでもない顔で答える。
「フフフ、やってることは『減圧回廊』と、似たようなものですよ。あれをより大規模にして、威力を増した感じですね。まあ、弓がない分、発射には苦労しますけど」
「さすがはアルトゥリアス。だけどその口ぶりだと、だいぶ練習したみたいだね?」
「ええ、以前から風魔法の非力さを、痛感していましたから」
「ああ、なるほどね……」
それについて彼が悩んでいたのは、俺たちも気づいていた。
何しろもう50年も精霊術を使っているわりに、その攻撃力は微妙だったからだ。
もちろん、シェールとの親和度が上がってからは、格段にやれることは増えている。
弓をまじえた”減圧回廊”の攻撃力も、なかなかのものだ。
しかし俺の土属性に比べると、風属性は攻守ともに見劣りがしてしまう。
それは風、つまり空気の密度が薄いからであり、そこから威力を上げるのには、多大な魔力が必要とされる。
これが普通なら、仕方ないで済ますところだが、アルトゥリアスは考え続けたらしい。
風に実体がないのなら、実体のあるものを飛ばせばいいのではないか。
そして身近には上位精霊と契約した俺がいる、って感じだ。
結果、俺とアルトゥリアスの協力により、強力な攻撃魔法が生み出せそうだ。
これはミノタウロスという新たな強敵に対抗するのに、有効であろう。
そんな期待に俺たちは、心を踊らせていた。




