76.テティスの力
その日、ベルデン迷宮の11層に、強烈な精霊術が荒れ狂った。
俺の行使した”氷槍乱舞”により、空中に何本もの氷の槍が形成されたのだ。
上位の水精霊であるテティスの力は凄まじく、直径3センチほどの氷槍が、枝状にニョキニョキと分岐・成長し、複数の1角餓鬼を貫いていく。
「グアアアッッッ!」
「グギャアアアッ!」
「グゴオオオッ!」
「ガアアアアッ!」
その攻撃は4体のオーガを貫き、大きなダメージを与えていた。
「おいおい、あのオーガが簡単に……」
「すごい、でしゅ」
「うわあ……」
それを見た仲間たちも、予想以上に強力な魔法に驚愕する。
本来、オーガの魔力防御はひどく堅固で、よほど上手く魔力をまとわせた武器でなければ、傷つけられないからだ。
しかし現実に4体のオーガは目の前で串刺しになり、息絶えようとしている。
こうなると、残り4体しかいないオーガなど、さほどの脅威とはならなかった。
俺たちはゼロスを含め、10人のフルメンバーを揃え、さらに聖銀鋼の武器を使いこなしているのだ。
その後10分ほどの戦闘で、オーガの殲滅に成功する。
「いや~、8体も出てきた時は、どうなるかと思ったが、なんとかなったな」
「なんとかなったどころでは、ないですよ。以前より、はるかに簡単に殲滅できました」
「うむ、それもこれも、タケアキのおかげじゃの」
「うす、すごかったっす」
「タケアキさん、かっこよかったです」
「フフン、タケしゃま、すごいでしゅ」
皆が口々に褒めてくれる中、相変わらずニケだけはドヤ顔だった。
俺のことを誇らしく思ってくれる、そんな彼女もかわいいのだが。
しかしテティスの精霊術は、いいことばかりではなかった。
「あ、テティスしゃん、きえるでしゅ」
「ああ、魔力を使い過ぎたみたいだな」
テティスがちょっと悲しそうな顔で、手を振りながら消えていく。
なんとなく伝わってくる情報から、彼女が魔力不足に陥っているのが分かる。
どうやら張り切って術を行使したら、やり過ぎてしまったようだ。
しばらくは精霊界に戻って、魔力を回復するのだろう。
それを聞いたアルトゥリアスが、興味深そうに言う。
「ふむ、いかに強力な精霊術だとしても、改良の余地は多そうですね。まあ、それはおいおい、模索すればいいでしょう」
「そうね~。でも上位の精霊術って、本当にすごかったわ~。複数のオーガを、串刺しにしちゃうんだもの~」
「アハハ、そうだね。水の準備が必要なのが、ちょっと面倒だけど」
実は今回の”氷槍乱舞”を使うに当たり、革袋に入れた水を宙にまいていた。
というのも、元になる水があるのと無いのとでは、術の速度や必要魔力量が、大きく違ってくるからだ。
一応、空中から水をかき集めて魔法を使うこともできるのだが、これがまたひどく効率が悪い。
時間は掛かるわ、魔力は使うわで、まったく実戦的ではなかった。
その点、少量でも水があれば、それを核にして魔法がぐっと使いやすくなる。
それがテティスについて、エルフの里で検証した結果である。
そのため今回は水魔法を行使しやすくするよう、水を革袋に入れて、ゼロスに積んできたというわけだ。
この点、荷物持ちをしてくれるゼロスがいることは、非常に助かる。
今のゼロスは体高1.2メートル、体重600キロほどに成長し、夜営道具や予備の武器などを運んでくれる。
しかもいざという時には、スタンピードブルとやり合えるほど強いので、後衛を守る盾にもなってくれるのだ。
おかげで彼は、俺たちと対等の仲間として、認められつつあったりする。
「タケしゃま、ませきでしゅ」
「お、ありがとうな。ニケも大活躍だったな」
「タケしゃまにまけないよう、がんばったでしゅ」
「そっかそっか。でも無理はするなよ」
「あい」
目をキラキラさせ、尻尾をフリフリしている彼女が、とてもかわいらしい。
俺が上位の精霊術を使い、大きな力を示したのが、誇らしいのだろう。
そんな彼女の期待を裏切らないよう、俺もがんばらなきゃな。
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『氷槍乱舞』
「グアアアッ!」
『減圧回廊』
「グオオオッ!」
氷の槍が複数のオーガを貫いたところへ、アルトゥリアスが強化された矢で、とどめを刺していく。
その矢はエルフの里から持ち帰ったもので、鏃に魔力を籠められる特別品だ。
おかげで魔力で強化されたオーガの皮膚も、容易に貫いてしまう。
「か~、さすがだな。俺たちも行くぜ、『疾風迅雷』」
「あい、『疾風迅雷』」
「うす、『疾風迅雷』」
「はいっ、『疾風迅雷』」
魔法の先制攻撃で、ほぼ半減した敵に、ルーアンたちが飛びかかっていく。
彼らは身体強化魔法を駆使し、蝶のように舞っては、蜂のように刺す。
さらにはレーネリーアも、上機嫌で敵を拘束していた。
「私も負けないわよ~、『茨棘締結』」
「姉さん、感謝するっす」
バタルに反撃しようとしていたオーガに、茨が巻きついた。
それによって窮地を脱したバタルが、逆にオーガを深く傷つける。
俺やアルトゥリアスも彼らを支援することで、さして経たずにオーガの群れは殲滅された。
「うひゃ~、10体ものオーガが出てきた時は、どうなるかと思ったが、なんとかなったな?」
「ええ、もちろんタケアキの魔法の効果は大きいですが、バタルたちが加わった意味は大きいですね。はたから見ていても、余裕が感じられましたよ」
「うむ、そうじゃのう。以前は手が足りなくて、大変じゃったからな。それにルーアンとメシャの槍も、うまく噛み合っておるのではないか?」
「アハハ~、そうだよね~。剣とは間合いが違うから、連携しやすいんだ~」
ガルバッドの指摘に、メシャが嬉しそうに同意する。
今回、ルーアンとメシャに槍を持たせたため、彼らは少し遠くから攻撃できるようになった。
それが剣や斧などの近接武器と絡み合い、攻撃に幅が出るようになったのだ。
そのため、人数が増えた以上に、前衛に余裕ができていた。
「テティスしゃんも、きえなくなったでしゅ」
「ああ、そうだな。今回はうまく調整できたみたいだ」
ニケが指摘するように、今回はテティスが消えずに残っている。
これも”氷槍乱舞”の威力と範囲を調整したおかげで、何回かの試行錯誤の成果である。
しかしテティスが復活するのを待ったりしたため、あまり戦闘はこなせていなかった。
「もういい時間じゃのう。今日は上に戻るんか?」
ガルバッドが冒険者証を見ながら、皆に問う。
実は冒険者証には、簡単な時計機能が付いているのだ。
プレートの一部に、昼なら太陽のマーク、夜なら月のマークが出るようになっている。
この表示を目安にして、夜は休むのが探索の常識だ。
あまりむやみに探索をしていても、危険になるからだ。
これも迷宮と冒険の神 ヌベルダスの恩恵らしい。
「う~ん、どうしようか。まだ食料や水には余裕があるから、もう1泊したいとこだけど」
「ああ、いいんじゃねえか。今日は戦闘回数は少ないから、それほど疲れてねえし」
「そうだね。それじゃあ、夜営する場所を探そうか」
「おう」
その後、適当な場所を見つけると、結界を張って夜営の準備をする。
そしてガルバッドの作ってくれた料理をつつきながら、話をした。
「それにしても、けっこう奥まで来たよな?」
「うむ、今までのパターンなら、そろそろ下への階段が見つかる頃じゃな」
「だよな~。一体なにが出てくるかな? 12層は」
12層へ思いを馳せるルーアンに、アルトゥリアスが応じる。
「そうですね。オーク、オーガと来ているので、おそらく人型の魔物の何かでしょう」
「やっぱそうだよね~? でも、オーガより強い人型の魔物って、どんなのだろ~?」
「それなら単眼巨人とか、牛頭戦鬼などが考えられますね。いずれにしろ、とんでもない強敵となるのは、間違いないでしょう」
「うへ~、ちょっと怖いね~……だけどさ、それを確認するのは、私たちが初めてになるんだよね~?」
メシャは怖いと言いながらも、ワクワクした顔をしている。
新しい魔物を確認するということは、このベルデン迷宮の階層を更新するということだ。
それはこの街の冒険者にとって、とても大きな栄誉となる。
すると新人たちが、目を輝かせて希望を語る。
「まあまあ~、すごいことになりそうね~」
「うす、またやる気が出てきたっす」
「そっか~、僕たちが、記録を作るんですね~」
その晩はまだ見ぬ12階層の話で、盛り上がった。




