72.ちょっとひと休み
新人たちが見事、クイーンマンティスを仕留めた結果、速やかに彼らの昇格が決まった。
俺たちへの寄生を警戒して、一応は実技試験が課されたが、彼らは難なくそれをこなしたからだ。
4~6層の間に、しっかり鍛えた成果である。
「それではレーネリーア、バタル、ザンテの6等級昇格を祝って、乾杯!」
「「「かんぱ~い」」」
そしていつもどおり、自宅で祝宴が開かれた。
「キャ~、大きな仕事をした後のお酒は美味しいわね~」
「うっす、今日はまた格別っす」
「僕なんか、いまだに信じられないですよ~」
新人たちが顔をほころばせながら、思いを語っている。
そんな彼らに、ルーアンが声を掛けた。
「だろうな。俺たちの時より少し遅いが、その歳なら十分に早い。この調子だと、そのうち追い抜かれるかもしれねえな」
「そんな、ルーアン兄さん。僕なんかまだまだですよ」
「そんなことないよ、ザンテ。やっぱりあんたも、希少種ってやつなのかもね~」
「エヘヘ、そうだったらいいんですけど」
ルーアンとメシャに褒められて、ザンテが照れ笑いをする。
そんな彼に、今度はガルバッドが声を掛けた。
「いやいや、ザンテにしろバタルにしろ、その成長速度は尋常でないぞ。おそらくニケと同じ、希少種ということなんじゃろうな」
「あい、なかまでしゅ」
ガルバッドとニケにも言われ、バタルとザンテもまんざらではなさそうだ。
しかしふいにバタルが真顔に戻り、ポツリとつぶやいた。
「こうやって認められるのは、嬉しいっす……だけどなんで俺たちの故郷では、認められなかったんすかね?」
彼の顔には哀しみと共に、複雑な色が見て取れた。
おそらく過去、故郷で受けた仕打ちを思い出しているのだろう。
それを見たニケとザンテも、昔を思い出したのか、苦々しい顔をしていた。
そんな彼らを、ルーアンが慰める。
「まあ、人間ってのは自分と違う存在を、恐れるもんだ。それにそういう存在を貶めて、自分は優位に立ちたいって気持ちも、あるからな」
「……そうなんすよね。俺もよく、いじめられたっす」
しかしそんな雰囲気を吹き飛ばすように、ザンテは明るく振る舞った。
「まあまあ、昔のことはいいじゃないですか。俺たちはこうして、生きてるんですし。それより、兄さん、食べましょう」
「そうだな、食うか」
「あい、いやなことは、わすれるでしゅ」
それから彼らは、モリモリと料理を食べはじめた。
それぞれに辛い思いを抱えているだろうに、俺たちにそれを見せまいとしている。
俺はそんな彼らに、これからはもっと楽しく生きてもらいたいと思った。
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翌日は休養を兼ねて、川原へピクニックに出掛けた。
そこはよく俺たちが、武術や魔法の鍛錬をする場所であり、ガイアを見つけた場所でもある。
「さあ、今日はここでのんびりしようか」
「あい、ゆっくりするでしゅ」
しかしそんな流れに、ついていけない者もいる。
「え~っと、ここで何をするんですか?」
「いや、だから風景を眺めたり、お茶を飲んだりしてさ……」
「何がおもしろいんですか、それ?」
ひどくまじめな顔でザンテに問われ、俺は言葉を失ってしまう。
なんというか、彼との間には大きな常識の乖離があるようだ。
それを見かねたルーアンが、ザンテをたしなめた。
「まあ、そう言うなって、ザンテ。お前そもそも、休むっていう意味が、分かってねえだろ?」
「え、休むっていうのは、食事を食べたり、夜眠ることですよね?」
なんでそんなことをって感じで、ザンテが訊き返す。
そんな彼に苦笑しながら、ルーアンが辛抱づよく説明する。
「ん~、そうだな。寝るとか食うってのも休むことだ。だけど、もうちょっと余裕ができたら、仕事を休んでのんびりするっていう、考えもあるんだ。たぶんザンテは働きづめだったから、そんな発想はできないかもしれないけどな」
「ええっ、そんなぜいたくなこと、していいんですか?」
「いいんだって。最近のお前は、必死に探索して、強くなってるからな。たまには息抜きも必要だ。まあ、そんなとこに突っ立ってないで、座れよ」
「あい、みんな、すわるでしゅ」
ちょうどニケが大きな布を敷いてくれたので、そこにみんなが腰を下ろす。
するとザンテも恐る恐る、そこに腰掛けた。
「ハッハッハ、そうかしこまらんでもよいぞ。茶をいれてやるから、しばし待て」
そう言ってガルバッドが魔導コンロを取り出し、お湯を沸かしはじめた。
湯が沸くまでの間、俺は再度、ザンテに話しかける。
「どうだ? ザンテ。落ち着かないか?」
「……はい、何もしないでいると、あまり落ち着きません」
「ハハハ、それは重症だ。ザンテには、社畜の傾向があるな」
「”しゃちく”って、なんですか?」
「う~ん……会社というか、組織のために私生活まで犠牲にする、奴隷みたいな存在、かなぁ。俺の故郷には、そんな人が多かったんだ」
するとそれを聞いていたルーアンが吹き出した。
「プハハッ、たしかにザンテは、村で奴隷みたいに働かされてたからなあ。その気はあるだろ」
「エヘヘ、それは否定できないですね。でもタケアキさんの故郷は、すごく平和だったみたいですけど、それでもそんなことになっちゃうんですね?」
「まあな。何もかもバラ色の世界なんて、どこにも無いさ」
そんな話をしていたら、ガルバッドのお茶ができてきた。
「さあさあ、そんな話はやめて、茶でも飲めい」
「ありがとう」
「おう、いただき、いただき」
その後はみんなで茶菓子をつまみながら、お茶を飲んだ。
最初は落ちつかなげだったザンテも、リラックスしてきたように見える。
やがて子供たちは、俺たちが呼び出した中位精霊と、追いかけっこを始めた。
キャアキャア、ワァワァ言って遊ぶ子供たちは、とても楽しそうだ。
「ウフフ、本当に精霊って、子供のように遊ぶのね~」
「ああ、そうだろ? たまに駄々をこねて、ちょっと困るのも一緒だけど」
「フフフ、そうですね。常に都合のいい存在では、ないですね」
レーネリーアとそんな話をしていると、ルーアンがしみじみとつぶやいた。
「精霊もそうだけど、ザンテがあんなに楽しそうにしてるの、初めて見るぜ。あいつは小さい頃に親を失くしてから、子供らしく遊ぶ権利なんて、奪われてたからな」
「そうだね~。いつもがんばってるのに、認められなかったりして、かわいそうだった。今回、あの子を連れてこれて、本当に良かったよ~。ありがとね、タケアキ」
「いやいや、俺の方こそ、感謝してるよ。有望な仲間が増えたし、ニケの遊び相手にもなるからな」
メシャと礼を言い合っていると、ルーアンが吹き出した。
「プハハッ、そういえば俺たち、ガキを2人も増やしたもんだから、また注目を浴びてるんだぜ。口さがない奴らは、お子ちゃま冒険団とか、託児所パーティーとかって、陰口を叩いてるらしいがな」
「アハハ……たしかに目立つからね」
バタルにしろザンテにしろ、年齢よりも身体が小さく、幼く見えないでもない。
ただでさえニケの存在で目立っていたのが、さらに浮く形になってしまった。
しかしアルトゥリアスは、そんな噂を笑い飛ばす。
「フフフ、言わせておけばいいのですよ。いずれ私たちがさらなる成果を上げれば、そんなことも言ってられなくなるでしょう。まあ、弱者のひがみですね」
「あら、アルトゥリアス。私たちが成果を上げるのは、決まっているの~?」
「当然ではないですか。精霊術師を3人も抱え、戦士も急成長中です。おまけに装備を見てくれる、優秀な鍛冶師までいるのですよ」
珍しく強気なことを言うアルトゥリアスに、ガルバッドが応えた。
「フハハッ、たしかに。少し前までとは、大違いじゃな」
「ええ、ですからタケアキ。これからは本気ですよ。まずはベルデン迷宮の記録を、塗り替えましょう」
「ああ、もちろんそのつもりさ。みんなも覚悟してよ」
「おう、もちろんだ」
「アハハ~、やる気だね~」
さわやかな風の中、俺たちの笑い声が響いていた。




