6.魔物の卵
迷宮で最初の試練を乗り越えた俺は、探索を再開した。
ニケの案内に従って1層の通路を進むと、ちょくちょくゴブリンに遭遇する。
どうやらニケには魔物の気配が分かるらしく、的確に俺を導いてくれた。
そして遭遇したゴブリンは、ニケが余裕で倒していく横で、俺も討伐数を稼いだ。
だいたいニケが2匹に対し、俺が1匹を片付けるペースだろうか。
そうやって魔石を30個も集めると、腹が減ってきたので足を止め、昼食にした。
「じゃあ、昼飯にしようか」
「あい。たのしみだった、でしゅ」
ニケの尻尾が、嬉しそうにフリフリと揺れている。
昼飯には、ホットドッグのような食べ物を、迷宮前の広場で買っていた。
それは20センチぐらいのコッペパンに切れ目を入れ、そこに何かの肉と葉物を挟んだものだ。
そこそこにパンも柔らかく、濃厚なタレが付いていて、なかなかイケる。
それをぱくつきながら、時折ひょうたんのような容器から水を飲む。
俺とニケは、ちょくちょく雑談を挟みながら、しばし食事に勤しむ。
質素な食事だったが、それでもたいらげると、人心地がついた。
「フーッ、ごちそうさま。もう少し休んだら、探索を再開しようか」
「あい、タケしゃま」
「今日はあと1刻ぐらい続けたら、帰ろうな」
「りょうかい、でしゅ」
俺たちは管理棟で買った迷宮の地図を見ながら、今後の経路を検討した。
この迷宮はアリの巣のように広がっており、いくつもの部屋が通路でつながっている。
そしてその最奥には、2層へ降りる階段がある。
正直、階段へ直行するのは簡単なのだが、俺が魔物に慣れるために、あえてゴブリンを狩り続けていた。
ちなみにゴブリン1匹の魔石は、銅貨20枚になるそうな。
日本円で200円相当って、かなり安いな、ゴブリン。
しかしその脅威度からすれば、妥当なところなのかもしれない。
その後1刻、つまり2時間ほど探索をしてから、俺たちは地上へ帰還した。
今日1日で狩ったゴブリンは50匹にも達し、銀貨10枚の収入を得ることができた。
入場に銀貨2枚払ってるから、8枚の儲けだ。
初日の稼ぎとしては、悪くないのではなかろうか。
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ちょっとした充実感を抱きながら、宿へ向かって歩いていると、見慣れない屋台が目についた。
するとニケが止める間もなく、尻尾をフリフリしながら駆け寄っていく。
仕方なく俺もそれに続くと、そこにはこぶし大の丸い物体が、20個ほど並んでいた。
「へい、らっしゃい」
「これは何を売ってるの?」
「おや、魔物の卵をしらないのかい? お客さん」
「魔物の、卵?」
「へい、その名のとおり、魔物の卵ですよ。何が出てくるかは、お楽しみってやつですがね」
「ええっ、何が生まれるか分からないようなもの、売ってるの?」
俺の疑問に苦笑しながらも、屋台の商人はいろいろと教えてくれた。
聞けばこの卵は魔境、つまり魔素が濃く、魔物が跳梁跋扈する土地から取ってきたもので、孵化させると魔物が生まれるそうだ。
ただし親が分からない場合がほとんどなので、何が生まれるかも分からない。
中身が不明なうえに、魔力を与えて孵化させないといけないから、銀貨5枚という安値で売ってるそうだ。
「へ~、たしかに銀貨5枚なら高くはないけど、そんなんで需要あるの?」
「時々、珍しい魔物が出るもんだから、1発狙いで買ってくんですよ。まあ、クジみたいなもんですね。ちなみに失敗しても、魔物屋で買い取ってくれるから、それほど処分にも困りませんよ」
「なるほど。まあ、俺には関係な……ん、ニケ、欲しいのか?」
なにやらニケが、物欲しそうに見てるので訊くと、彼女は慌てて否定する。
「えっ……そんなこと、ないでしゅよ」
そう言いながらも彼女の尻尾は、期待を示すようにフリフリと揺れており、我慢しているのが見え見えだ。
そんな態度を見ると、ちょっと買ってやりたくもなるが、どうしたものか。
そこで改めて卵に目をやると、そのうちのひとつが、キラキラッと輝いたように見えた。
それは緑色っぽい迷彩模様の入った卵だったが、それほど目立つわけでもない。
しかしなんとなく気になって手に取ると、屋台の主が大げさな声を上げた。
「お~っ、お兄さん、お目が高いね。それは貴重な魔物だよ、たぶん」
調子のいいことを言う商人に苦笑しながら、ニケに目をやると、彼女がワインレッドの瞳を、キラキラさせていた。
「欲しいのか?」
「ん……ちょっと、ほしいでしゅ」
「そっか。今日はがんばってくれたから、ニケのために買うか」
するとニケは、驚いたような顔で訊いてきた。
「いいんでしゅか?」
「もちろんだ」
「タケしゃま、だいすきでしゅ」
「お、まいどあり~!」
喜びに顔を輝かせながら抱きつくニケをあやしながら、俺は銀貨5枚を商人に払った。
ついでに卵の孵し方を聞くと、卵に手を当てて、魔力を流せばいいとのこと。
しかし俺は魔力の流し方など知らない。
そもそも俺に魔力って、あるのだろうか?
「やりかたなら、しってるでしゅ。むかし、やったこと、ありましゅ」
「そっか。それなら安心だな。とりあえず、帰るか」
「あい♪」
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宿に帰ると、まず飯とシャワーを済ませた。
シャワーはぬるま湯を穴の空いた桶に入れ、その下で体を洗うものだ。
日本のシャワーには比べるべくもないが、迷宮帰りの体にはこれだけでもありがたい。
ただし体を洗っていると、無性に日本の風呂が懐かしくなるのが、辛いところだ。
そうして落ち着いたところで、ニケが卵を取り出して、魔力を流しはじめた。
彼女は卵に手を当てたまま、ニコニコとそれを眺めている。
ついでに尻尾もユラユラと揺れていて、とても楽しそうだ。
そんな彼女を眺めていて、ふと思ったことを訊く。
「なあ、ニケは魔法とか、使えるのか?」
するとニケはフルフルと首を横に振った。
「ニケみたいな、じゅうじんは、まほう、にがてでしゅ」
「へ~、それなのに魔力は流せるんだ」
「あい。まりょくは、だれでも、もってるでしゅ。こうやって、てをあてて、きぶんをらくにすると、かってにすわれる、でしゅ」
「へ~、そうなんだ」
そんな話を聞きながら、俺は武器の手入れをしていた。
槍の穂先部分をよくふいてから、軽く砥石を当て、仕上げに錆止めの油を塗ったりしている。
やがて卵の世話に満足したのか、今度はニケが俺に話しかけてきた。
「タケしゃまも、まりょく、やるでしゅ」
「え、俺も? ニケ1人で、いいんじゃないのか?」
「まりょくは、だれがあたえても、いいでしゅ。それにまりょく、あたえておくと、うまれてから、なつきやすく、なるでしゅ」
「ああ、それは必要かもな。どれどれ、やってみよう」
勧められるままに卵に右手を当てると、意識を楽にしてみた。
ほ~ら、魔力をあげるぞ~。
吸ってごら~ん。
するとその瞬間、俺の体内に新たな何かを感じるようになり、それが右手の方に流れはじめた。
さらにそれが、卵に流れ込んでいくのが感じられる。
それはまるで掃除機のように、俺から何かを吸い出しているようだった。
「お、おいっ、なんか急に吸われはじめたぞ。しかも凄い勢いで」
「ふえっ、ほんとでしゅか?」
俺はとっさに手を放すこともできず、ニケもオロオロするばかり。
やがてクラっとめまいがした途端、ようやくそれが止まった。
「はあっ、はあっ……止まった」
「だ、だいじょぶでしゅか、タケしゃま?」
「あ、ああ……なんとかな。だけどなんか、めまいがするし、凄く疲れたよ」
「それなら、よこになるでしゅ。きょうはもう、ねたほうが、いいでしゅ」
「ああ、そうするよ」
俺はよろめきながらも、自力でベッドに入ると、静かに目を閉じた。
「ほんとに、なんだったでしゅかね? まえはこんなこと、なかったのに」
そんなニケのつぶやきを聞きながら、俺は眠りに落ちた。