68.新人教育
エルフの里と猫人族の村の大遠征から戻ってくると、翌日はのんびり休日に充てた。
買い物をしながらベルデンの街を案内すると、新人たちは少し大げさなくらい驚いていた。
やはり普人族の文化には、他種族とは一線を画すものがあるのだろう。
そうして英気を養ってから、いよいよ新人の教育に取り掛かった。
「あら、また新しい顔が増えているわね?」
「ああ、旅のついでに勧誘してきたんだ。冒険者証を頼むよ」
「ふ~ん……エルフの女性はいいとして、あとの2人はまた子供じゃない」
ギルドへ新人の冒険者証を作りに行けば、いつもどおりにステラが相手をする。
すると彼女はバタルとザンテに目をつけ、疑惑の目を向けてきた。
「1人はもう15歳だよ。もう1人は13歳だから、とりあえず見習い登録だな」
「2人とも、もっと幼く見えるけど、本当に大丈夫?」
「大丈夫だって。上級冒険者の俺たちが面倒みて、ちゃんと育てるさ」
「ふ~ん……まあ、ニケちゃんという実例があるから、それはなんとかなるか。でも無茶はさせないようにね」
「へいへい」
バタルとザンテは希少種であるせいか、成長が遅く、年齢のわりには体が小さい。
特にザンテなんて、最近までまともな飯も食ってなかったのだ。
ガリガリのちびにしか見えないので、ステラが心配するのも分からないではない。
なので俺はあえて逆らわず、さっさと冒険者証を作ってもらった。
レーネリーアとバタルは10等級で、ザンテは見習いからの出発だ。
しかし3層を突破して、実力が認められれば、正規の冒険者になれるので、遠からず一緒になるだろう。
やがて新しい冒険者証が作成され、新人たちに手渡される。
「ま~、これが冒険者の証ね~。私もこれから、伝説の冒険者になるわよ~」
「伝説になれるかどうかは分からないけど、がんばるっす」
「うわ~、これが副冒険者証なんですね。早く見習いから卒業できるよう、がんばります」
レーネリーアが脳天気なことを言い、バタルがそれを戒めている。
そしてザンテはザンテで、見習い卒業に対し、意欲を見せていた。
彼らが落ち着くのを待ってから、俺は新人たちを迷宮へ誘う。
「さて、迷宮へ行くぞ」
「うっす」
「はいっ!」
「楽しみね~」
そんな反応を見ていたら、なんだか自分が学校の遠足の引率者のような気分になった。
バタルとザンテは実際に子供だが、レーネリーアもあれだからな。
さすがにそんなことは口に出さず、迷宮へ向かうと、俺の隣ではニケが、やけに張り切りながら歩いていた。
「なんか張り切ってるな?」
「え、そんなこと、ないでしゅよ」
いつもより手の振りが大きかったことから、それは明らかなのだが、彼女は恥ずかしそうにそれを隠す。
おそらく後輩ができて気分がいいとか、そんなところだろう。
俺はそれに気がつかないふりで、彼女にお願いをした。
「そうか。まあ、バタルやザンテには、ニケが先輩として、いろいろ教えてやってくれな」
「もちろんでしゅ。せんぱい、でしゅから」
そういう彼女の尻尾は、嬉しそうにフリフリと揺れていた。
それから迷宮の入り口をくぐると、階段を降りて水晶部屋で一旦立ち止まる。
「さて、この先にはもう魔物が出るからな。もう一度装備を確認しよう」
そう言うと、皆が黙って装備の確認をする。
新人たちは、昨日買ったばかりの防具に身を包んでいた。
それは要所要所を覆った皮の防具で、中古の間に合わせ品だ。
まだこの辺は大して強い魔物も出ないので、中古品でも問題ない。
それにバタルとザンテは、育ち盛りの子供だ。
いずれ深い層に潜るにつれ、新調していけばいいだろう。
武器の方も、俺たちのお古を使っている。
バタルとザンテは聖銀鋼でないお古の剣を使い、レーネリーアだけは自前の弓と短剣を装備している。
こちらもいずれ、また王都で調達すればいいだろう。
装備の確認も終わり、気分を引き締めたところで、いよいよ迷宮の通路へ踏み込んだ。
そして道をたどっていくと、4匹のゴブリンに遭遇する。
「バタルとザンテが相手を。ルーアンとニケはそれを支援して」
「うっす」
「はい!」
すでに戦闘経験のあるバタルが悠然と前に出れば、ザンテは恐る恐るそれに続く。
そんな彼らを見守るように、ルーアンとニケが彼らの横を固めていた。
やがて何も考えていないであろうゴブリンが、バタルに襲いかかる。
「……」
「グギャッ」
バタルは無言で敵の棍棒をかわすと、剣でその腹をかっさばいた。
哀れゴブリンは、そのまま息絶えてしまう。
一方のザンテは、ゴブリンに剣を向けてにらみ合っている。
すでに残りの敵はルーアンとニケに掃討されているので、1対1だ。
ザンテは多少、ルーアンの指導を受けたものの、戦闘経験がないのでかなり及び腰だ。
やがてゴブリンもじれたのか、棍棒を振り上げて襲いかかる。
「ギギッ」
「うひゃっ」
「グゲッ!」
へっぴり腰ながらもザンテは攻撃を避け、ゴブリンに斬りつけた。
傷を負ったゴブリンが、弱々しそうに膝を折る。
「とどめを刺すんだ、ザンテ!」
「は、は、はいぃ~」
ルーアンに叱咤されたザンテが、ゴブリンの首筋を切り裂いた。
ほとばしる血に、ザンテの顔が引きつっているものの、ゴブリンはそのまま息絶えた。
するとすかさずルーアンが走り寄って、彼の背中を叩く。
「やったじゃないか、ザンテ。とても初めての狩りとは、思えねえぞ」
「……ううっ、なんか気持ち悪い感触が、手に残ってますぅ」
「……あ~、まあなんだ。そのうち慣れるさ」
「慣れますかねえ?……」
聞けばザンテは今まで、生き物を殺したことがないそうだ。
獣人にとって大事な仕事である狩りを、一切させてもらえなかったらしい。
そのためひどく気弱に見えるが、身体の動き自体は悪くなかった。
そんな彼に、俺は慰めの声を掛ける。
「大丈夫だって、ザンテ。俺も半年ぐらい前に初めて狩った時は、気持ち悪くて吐いたぐらいだ。それが今じゃ、上級冒険者なんだぜ」
「なんだ、タケアキ。最初の時、吐いたのかよ。だっせえな」
ルーアンにからかわれたが、俺は堂々と反論する。
「ザンテとは違う理由で、俺はそれまで一切、血なまぐさい行動に縁が無かったんだ。まあ、それだけ進んだ文明から、やってきたってことだな」
「まあ、迷い人だったら、そんなもんかもな」
するとザンテが目を輝かせながら、話しかけてきた。
ちなみに俺が迷い人であることは、すでに新人たちにも知らされている。
「そうですよね? 慣れないことで失敗しても、落ち込む必要なんてないですよね。僕だって、これからがんばればいいんだ」
「そうそう。だけど戦闘を生業にするからには、相手の生命に敬意を払う必要はあるぞ。魔物はまたちょっと違うけど、この魔石を俺たちは糧にしてるんだからな」
「はいっ、それを忘れないようにします」
今の自分を認めてもらえたのがよほど嬉しいのか、ザンテが喜色を露わにする。
俺は彼のそんな素直なところが、好ましいと思う。
今はまだ頼りないヒヨコでも、今後いろいろと学んでいくだろう。
そうしてまたパーティー全体として、成長していきたいものだ。




