65.猫人族の村へ
エルフの里周辺で俺は、精霊契約の補助に奔走した。
これも数百年ぶりに契約を実現させた、上位の水精霊テティスあってこその仕事だ。
1週間ほど里の周辺で精霊のいそうな場所を探し歩いた結果、なんと新たなエルフ10人の精霊契約に成功する。
さすがに里の周辺では精霊も見つからなくなったこともあり、ようやく俺はお役御免となった。
「このたびは本当に世話になったな、タケアキ殿」
「本当に残念だわ。もっとお礼をしたかったのに」
「いえいえ、もう十分にお礼はいただいてますよ。こちらこそお世話になりました」
今回の報酬として、俺たちはそれなりの武具や素材をもらっていた。
特にアルトゥリアスは魔力を込められる矢を手に入れ、その作り方まで習得している。
今後、彼の戦力は大幅に向上するだろう。
さらに俺たちは、強力な精霊術師であるレーネリーアと、虎人のバタルを仲間に加えることができた。
わざわざ遠くまで来て骨を折った甲斐は、十分にあったというものだ。
ということで、俺たちは互いにウィンウィンの関係になり、惜しまれながらも里を後にした。
そして新たに目指したのは、ルーアンとメシャの故郷である、猫人族の村だ。
徒歩と竜車で移動すること5日間、ようやく俺たちは目的地へたどり着き、村の門の前に立っていた。
「そこで止まれ。何者だ? お前たち」
「俺はルーアン。こっちはメシャだ。ご覧の通り、この村の出身者だ」
門に近寄ったところで、櫓から誰何がある。
エルフの里のように結界が無い代わり、村は木の壁で囲まれており、外敵への備えはしっかりしている感じだ。
そのせいか、ルーアンたちへの態度も厳しいものだった。
「ルーアンとメシャか。しかしお前らは、この村から自発的に出た人間だ。そう簡単に入場は許されんぞ」
「チッ……それなら、ザンテを呼んでもらえないか? 話があるんだ」
「ザンテだと? あの忌み子に一体、何の用だ?」
「あいさつだよ。俺はあんたらと違って、あいつに忌避感は無いからな」
「フン、手間を取らせおって。まあいい、誰かに奴を呼ばせるから、そこで待っていろ」
「ああ、頼む」
その後、門番の指示により、目当ての人物を呼ぶための使いが走る。
俺たちは門から少し距離を取って、その到着を待っていた。
「ずいぶんと警戒が厳しいんだね?」
「ん、どこもこんなもんだぞ。異種族とか魔物の襲撃があるからな」
「へ~、他の種族から襲われたりするんだ?」
「まあ、最近はあまり聞かねえかな。今のフィルネア王国は、わりと安定してるから」
「ああ、やっぱり人族の襲撃が多いんだ」
「そういうことだ」
そんな話をしていると、にわかに門の方が騒がしくなった。
件の忌み子が来たのかと思ったのだが、門から出てきたのは、普通の猫人たちだった。
「おお、本当にメシャじゃねえか。俺たちに会いたくて、戻ってきたようだな」
「チッ……てめえなんか呼んでねえぞ、ガブル」
わりと大柄な猫人の男が、馴れ馴れしそうにメシャに話しかける。
するとルーアンが嫌そうな顔をしてそいつを拒否したのだが、相手は一向に気にした風がない。
そいつはニヤニヤ笑いながら、なおもメシャに絡もうとする。
「ヘッ、俺の方こそお前なんぞに用はないさ。俺はメシャと話したいんだ。なあ、メシャ、こっちに来いよ」
「おいっ!」
「ヒッ!」
立ちふさがるルーアンを男が押しのけ、メシャに迫ろうとする。
するといつもは陽気なメシャが、悲鳴を上げて奴から離れようとした。
そんな彼女を守るため、俺やアルトゥリアス、ガルバッドが動いて、彼らの間に割り込んだ。
「なんだ、お前ら?」
「俺たちはルーアンとメシャの仲間さ。一緒に迷宮を探索するな」
「ハッ、迷宮の魔石漁りどもか。しかもヒューマンにエルフ、ドワーフまでいやがる。人様の土地まで来て、でかい面してんじゃねえぞ」
ガブルという男がそう言えば、後ろにいた猫人の男たちがそうだそうだと同調する。
何やら雲行きが怪しくなってきた。
さすがに暴力沙汰を起こすつもりはなかったのだが、ここで予想外の事態が起こる。
「へへへ、捕まえたぜ」
「キャーッ、いや~っ!」
いつの間にか後ろに回り込んでいた猫人の1人が、メシャを羽交い締めにしたのだ。
捕まったメシャが、狂ったように騒ぐ。
「この野郎っ!」
「おっと、お前たちの相手はこっちだ」
メシャを助けに行こうとするルーアンを、ガブルがさえぎる。
さらに周りの取り巻きも俺たちを取り囲み、助けに行けないようにされてしまった。
しかし奴らは、重要な戦力を見落としていた。
『疾風迅雷』
「ぐあっ!」
強化魔法で矢のように飛び出したニケが、メシャを抑える男の腕を剣の峰でぶったたいた。
ボキンという音がしたので、おそらく骨が折れただろう。
「メシャねえちゃん、いじめんな!」
ニケは即座にメシャを奪い返すと、剣を掲げながら高らかに吠えた。
その一方、メシャはニケの背に隠れながら、涙を浮かべて震えている。
本当にいつものメシャらしくない。
そしてその姿を見て、俺はなんとなく彼らがこの村を出た原因が、分かったような気がした。
「何やってんだ! オイット。あんなガキに後れを取りやがって」
「そ、そんなこと言ったって。あのガキ、いきなり腕を折りやがったんだ。いてえよ~」
「チッ、役立たずが。おい、俺の仲間に手を出したからには、ただじゃ帰さねえぞ」
大勢の仲間を頼りに、ガブルがすごんでみせる。
しかしその言葉は、すでに怒り心頭に発している俺とアルトゥリアスを、刺激するに十分だった。
「あ”あ”っ?」
その瞬間、奴らの周りに石の槍が林立し、近くにそびえる大樹を突風が大きく揺らした。
「ひ、ひいっ! なんだ、何が起きたんだ?」
「祟りだ。祟りが起きたんだ!」
「いいや、神の怒りだ!」
いい歳をした男どもが、無様に慌てふためいている。
特にガブルの野郎は危うく石槍に貫かれそうになり、腰を抜かしていた。
そんな騒々しい現場に、他の猫人が駆けつけてきた。
「こら~、お前ら! 一体、何をしておる? 先程の轟音はなんじゃ?」
その問いに、すかさずルーアンが答える。
「大したことじゃねえよ、村長。ガブルの馬鹿が、またメシャに手を出したんで、俺の仲間がお灸を据えたんだ」
「……おぬし、ルーアンではないか。勝手に村を出ていった騒がせ者が、また騒動を持ち込んだのか?」
「話を聞けよ。騒動を起こしたのは、あんたの息子だ」
「むう……ならばなぜ、お前らは帰ってきた? 簡単に帰属を許すわけにはいかんぞ」
その的外れな指摘に、ルーアンがため息をつく。
「はぁ……別に村に戻りにきたんじゃねえよ。ちょっとザンテに会いにきたんだ」
「ザンテ? 忌み子に一体、なんの用じゃ?」
村長がいぶかしげに問うたところで、遠慮がちな声が掛かる。
「ルーアンさん、僕に何か、用ですか?」
そう声を上げたのは、黒髪に金色の瞳、そして褐色の肌を持つ男の子だった。
わりと色白が多い獣人の中にあって、その肌色は明らかに目立つ。
人混みの中からのぞく彼の顔を認めると、ルーアンが明るい声を出した。
「よう、ザンテ。元気か? 調子はどうだ?」
「え、別に普通、ですけど……」
ザンテと呼ばれた少年が、おどおどと答える。
すると周りの猫人たちが、あからさまに眉をひそめ、舌打ちを漏らす者までいた。
その肌色のせいか、彼はずいぶんと嫌われているようだ。
そんな彼に、ルーアンが問う。
「どうだ、ザンテ。俺たちと一緒に来ないか?」
「「「はあっ?!」」」
その途端、猫人たちから大きな疑問の声が沸き起こった。




