61.精霊術の指導
レーネリーアの家で一夜を明かした俺たちは、午前中は里を案内してもらうなど、のんびり過ごしていた。
そして昼過ぎになると、再びエルフの里の長老に呼び出される。
「わざわざ来てもらって、すまんな」
「いえ、お気遣いなく。それで、例の話について、結論は出たのですか?」
「うむ、その件についてはすでに、ここにいる者たちと話し合った。彼らはこの里の精霊契約者たちだ。そしてその結果、我らはおぬしに教えを請うことにした」
その部屋にはオルグストとベルトリンデの他に、5人のエルフの男女がいた。
オルグストたちも精霊持ちだという話なので、レーネリーアを入れて8人の契約者が、この里にはいることになる。
「そうですか。もちろんその対価については、ご許可いただけるのですよね?」
「うむ、この里の運営に差し支えない限り、里の民の勧誘を許そう」
「それは良かった。それで、精霊術の指導は明日からですか? 別に今からでも、構いませんが」
すると長老以外の男性が、口を挟んだ。
「いや、その前に新たな精霊術というのを、我らにも見せて欲しい。それで納得がいけば、明日から学ぶということでどうだろうか?」
「それでけっこうですよ。それでは、広いところへ移動しましょうか」
その後、また長老宅の裏手に移動し、俺たちの精霊術を披露する。
『土壁防御』
まずは俺が、20メートルほど先に土の壁をおっ立てた。
従来の常識であれば、これは術者の周囲数メートルぐらいにしかできない。
『突風』
続いてアルトゥリアスが、30メートルほど先の大木を揺らす。
これほどの威力も、従来ではせいぜい術者から10メートル以内でしか実現できない。
どちらも契約精霊が術者から離れ、遠方で術を行使しているがゆえの結果であり、エルフを驚かせるには十分だった。
「むう、たしかに我らの術とは、一線を画しているな」
「あれだけ離れたところで、あれほどの威力とは……」
「まあまあ、凄いわ~」
最後のはレーネリーアである。
彼女だけは脳天気に喜んでいるが、他の精霊持ちは深刻な顔をしていた。
ちなみに彼らの精霊は、風が2、土が2、水が1、そして木がレーネリーアも含め3体だそうだ。
昔はもっと多彩で多くの精霊持ちがいたが、次第に減ってきているらしい。
その騒ぎがある程度、静まったところで、長老のオルグストが口を開く。
「これがアルトゥリアスたちが編み出した、新たな精霊術だそうだ。それは言ってみれば、精霊が術者から離れ、遠隔地で術を行使しているに過ぎんが、我らがなし得なかったことでもある」
すると精霊持ちの1人が、不思議そうに問う。
「アルトゥリアスはこれを、どうやって考えだしたのだ?」
「編み出したのは私ではなく、このタケアキです。そしてそのきっかけとなったのは、こちらのニケさんが精霊と遊びたがったからなのです。そして迷い人であるタケアキがそれに応じた結果、離れた場所でも術が使えることに気がつきました」
アルトゥリアスがそう言うと、ニケがエヘンと胸を張った。
さらに俺たちが地精霊と風精霊を撫でてみせると、またエルフたちから唸り声が上がる。
「精霊と遊ぶなど、我らにはとても思いつけん」
「ああ、そしてそれを許すのも、常識の異なる迷い人がゆえだろう」
「しかし精霊の方も、まるで子供のように懐いているな。間違っていたのは、我らの方だということか」
それらの声に、アルトゥリアスが説明を加える。
「ええ、そのとおりです。我々は今まで、精霊をただ神聖なものとして扱い、距離を置いてきました。しかし家族のように接すれば、親和度が高まって、より大きな術が行使できるのです。さらに迷い人の知識を加えれば、こんなこともできます……『減圧回廊』」
おもむろに弓を構えたアルトゥリアスが、低圧の経路を形成し、矢を放った。
その矢は目にも止まらぬスピードで宙を飛び、100メートル先の木に命中する。
カツーンという小気味良い音を立てながら、矢は深々と突き刺さった。
「なんだ、今のは?」
「分からん。しかしとんでもない弓勢だった」
ざわめくエルフたちに、再びアルトゥリアスが説明する。
「今のは”くうき”という概念を利用した、弓の強化魔法です。他にもタケアキの知識を利用すれば、新たな術が生まれるかもしれませんよ」
「むう……迷い人の知識か。はたしてそこまでやっても、よいものか?」
「ええ、何か反動がありそうで、怖いですね」
「何いってるんですか~。この際だから、いろいろやっちゃいましょうよ~。これはこの里を活性化させる、願ってもないチャンスですよ~!」
ためらいを見せる長老たちを、レーネリーアが叱咤する。
しかし他のエルフたちも、どちらかというと長老寄りであり、その顔にはためらいがあった。
そんな彼らに、アルトゥリアスは時間を与えた。
「今ここで結論を出す必要はありません。いずれにしろ時間の掛かることですから、少しゆっくり考えてみてください」
「うむ、そうだな。今日のところは、これまでとしよう」
その場は一旦終了となり、俺たちはまたレーネリーアの家へ引き返した。
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一夜明けると、俺とアルトゥリアスはまた呼び出された。
他のメンバーは魔法にあまり関係がないので、レーネリーアの家に残してある。
ちなみにレーネリーアは、当然のように付いてきていた。
長老の家に入ると、そこには精霊持ちのエルフたちが待ち受けていた。
「おお、来たな、アルトゥリアス」
「おはようございます、皆さん。その様子ですと、前向きに考えていただけたようですね」
「うむ、いまだに迷う部分はあるが、まずはやってみようという結論に至った」
「それは良かった。ところで修練をする場所は、どうしますか?」
アルトゥリアスの問いに、オルグストが答える。
「それなのだが、部外者を巻き込んでもいけないので、外へ出ようと思う。水精霊もいるので、川のほとりがよかろうな」
「そうですね。それではさっそく移動しましょうか」
そのまま俺たちはエルフの結界を出て、川のほとりまで歩く。
そこは鬱蒼とした森を抜けた所で、そこそこの広さのある場所だった。
「さて、この辺で修練をすることとしよう」
「はいは~い、まずは私からやらせて欲しいわ~」
「落ち着かんか、馬鹿者。コホン……騒がしくて、すまんな」
騒ぐレーネリーアをオルグストがたしなめ、俺たちに詫びてくる。
するとアルトゥリアスが苦笑しながら、それをフォローした。
「我々はレーネリーアの家にお世話になっているので、さほど気になりませんよ。それに彼女は、昔からああですからね」
「まあ、そうだな。それで、最初は何をするつもりだ?」
「まずは皆さんの精霊を召喚してください。そして精霊と触れ合うことから始めましょう」
「うむ、それでは皆の者、精霊を呼んでくれ。カーラ」
オルグストが木精霊を呼び出すと、他の精霊持ちもそれぞれの精霊を召喚する。
たちまちのうちに、その場に8体の精霊が顕現した。
その容姿は様々だが、10歳前後の少女であることは変わらない。
「精霊がこれだけ揃うと、なかなかに壮観ですね。それにしても、精霊が女の子の姿なのは、なぜなんですかね?」
俺のその疑問に答えたのは、オルグストだった。
「その原因については諸説あるのだが、最もそれらしいのは、原初の精霊様が女性形だったからだと言われておる」
「へ~、でもなんで少女なんです?」
「儂も小さい頃に見ただけだが、上位の精霊様は大人の女性であった。中位精霊は上位よりも能力が劣るので、それが若さとして反映されるのであろう」
「なるほど……」
そんな話の流れを、レーネリーアが断ち切る。
「もう、そんな話はどうでもいいから、早く始めませんこと? 新たな精霊術を、早く使いたいですわ~」
「フフフ、これ以上じらされると、レーネリーアが暴発しかねませんね。それでは皆さん。それぞれの精霊に、触れてみてください。最初はゆっくりと。慣れてきたら、頭を撫でるなどしてやるといいですよ。こんなふうに」
アルトゥリアスがシェールを相手に、手本を見せる。
他の精霊持ちたちも、それを見ながら精霊との触れ合いを始めた。
しかし精霊は神聖なもの、という固定観念が強いせいか、その様子はかなりおっかなびっくりという感じだ。
ただし2日間も俺やアルトゥリアスと接していたレーネリーアは、すでに手慣れた感がある。
彼女は元々、奔放な性格というのもあるのだろう。
早くも木精霊を抱っこしたり、頭を撫でたりしている。
するとそれを見た他のエルフたちも不安が薄れたのか、徐々に大胆に触れ合うようになり、30分ほどでずいぶんと親密感が増してきた。
それを確認したアルトゥリアスが、新たな術の概念の説明に移る。
「まず認識しなければいけないのは、今まで狭い範囲でしか術が行使できなかったのは、精霊との親和度が低かったということです」
「え~、でも私たちはもう何十年も一緒にいたのよ~。それなりに仲は良かったと思うけど~」
「あくまでそれなりであって、不十分だったのですよ。我々は精霊を神聖なものと決めつけ、自ら距離を置いてきました。そんな状態で真の信頼関係など、築けるはずもないとは思いませんか? しかし精霊と家族のように接することができれば、状況は大きく変わります」
ここでアルトゥリアスが一拍おき、様子を見る。
エルフたちは複雑そうな顔をしていたが、特に反論もなく、ようやくそんなものかと思いはじめたようだ。
「そのうえで精霊を遠方へ送り出し、術を行使するという概念を持てば、より強力な術が行使できます。例えばこのように。『突風』」
アルトゥリアスがはるか遠くの木々を揺らすと、エルフたちの目が期待に輝く。
その後さらに彼は、地面に絵を描きながら、詳しく術の概念を説明した。
最初は懐疑的だったエルフたちも、その説明に次第に引き込まれていく。
この調子なら改良型の精霊術が根付くのも、そう遠くはなさそうだ。




