60.レーネリーア
レーネリーアの乱入で混乱したため、長老たちとの会談は一旦打ち切りとなった。
アルトゥリアスの提案については、他の者も含めて協議するらしいので、俺たちはしばし待たされることとなる。
その間、どこで暇をつぶそうかと話していたら……
「まあ、それでしたら私が歓迎しますわ~」
「いえいえ、6人もいるので、迷惑でしょう。私の実家へ行くので、けっこうですよ」
「そんな遠慮はいりませんのよ~。私とアルトゥリアスの仲ではありませんか~?」
「……」
「……」
逃げようとするアルトゥリアスと、絶対に逃がさないというレーネリーアが、無言でにらみ合う。
やがて根負けしたアルトゥリアスが、渋々ながらも受け入れた。
「……それではお世話になりましょうか。一応、私の両親にあいさつにはいきますよ」
「それは当然ね~。うふふ、お客さんを迎えるなんて、久しぶりだわ~」
ウキウキと喜びを露わにするレーネリーアの横で、バタルがつぶやいた。
「結局、働くのは主に俺なんすけどね……」
「まあ、何いってるの~、バタル。私も一緒にやるわよ~!」
「いや、混乱するから、おとなしくしてて欲しいっす」
「ちょっと、ひどいじゃない~……まあ、それは措いといて、私の家へ行きましょっか~」
妙にハイテンションなレーネリーアに引っ張られ、俺たちは移動する。
その途中で、気になっていたことを訊いてみた。
「そういえばレーネリーアさんも、精霊持ちだって聞きましたけど」
「ええ、そうよ~。私は木精霊と契約してるの~」
「へ~、木精霊って、植物を操るとか、そういうのですか?」
「ウフフ、察しがいいわね~。そうよ~。森の中で暮らすには、とっても便利な精霊なの~」
そんな話をしているうちに、レーネリーアの家に着いた。
「さあ、遠慮しないで入って~。ちょ~っと散らかってるかもしれないけど~」
「あ、大丈夫っす。俺が掃除してあるんで」
「……そ、そう? いつもありがと~」
バタルにフォローされて微妙に気まずい雰囲気の中、俺たちはレーネリーアの家に入った。
中は少々変わっているが、わりと普通の家である。
自然に木が変形したような造りが、いかにも植物魔法らしいと思った。
とりあえず腰を落ち着けると、まずは寝場所の準備を始めた。
普段は物置になっていた部屋を、掃除するのだ。
ちなみにこの家に住んでいるのは、レーネリーアとバタルだけで、両親はすでに亡くなっているらしい。
そのためレーネリーアが好き勝手に使っていたのだが、バタルが引き取られた時は、ひどかったらしい。
幸いにもまめなバタルが同居するようになり、レーネリーアの生活水準は飛躍的に向上したとか。
そんな話を聞きながら寝場所を作ると、今度は夕食の準備に入る。
バタルだけでなく、ニケやメシャも加わって、わいわいと料理していた。
その間に俺とアルトゥリアスは、アルトゥリアスの実家にあいさつに行ったりした。
アルトゥリアスの両親は驚いていたものの、俺たちを快く迎えてくれた。
軽くお茶を飲みながら、ベルデンでの生活を話すと、面白そうに聞いてくれる。
それは決して心配するという感じではなく、我が子の成長を喜んでいる、という態度であった。
すでに自立したアルトゥリアスに対して、あまり干渉するつもりはないようだ。
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やがて夜になって、レーネリーアの家で歓迎の宴が開かれる。
「それでは、アルトゥリアスたちの来訪にかんぱ~い」
「「「乾杯」」」
レーネリーアの音頭で乾杯をすると、できたての料理に舌鼓を打つ。
それはバタルが中心になって作った、エルフ風の料理だ。
「んお~、ちょっと薄味だが、なかなか美味いな」
「うんうん、いけるよね~。バタル君て、けっこう料理うまいんだ~」
「そ、そんなこと、ないっす」
「ウフフフ、私の指導の賜物よね~」
「「「いいや、それはない」」」
バタルへの指導を自慢するレーネリーアに、みんながダメ出ししていた。
それに怒る彼女の様子がおかしくて、家中が笑いに包まれる。
そんな話をしているうちに、話題はレーネリーアの精霊へと移る。
「そういえば、まだレーネリーアさんの精霊、見てませんね」
「あっ、見たい? いいわよ、出てらっしゃ~い、アーデ」
すると家の壁から、緑色っぽく透けた少女が現れた。
腰まで伸びるほどの豊かな髪と、優しそうな目を持つ美少女だ。
その身体には質素な貫頭衣をまとい、頭頂部にちょこんと葉っぱが着いていた。
「この子が木精霊のアーデよ~。せっかくだから、あなたたちのも見せて~」
「ええ、いいですよ。ガイア」
同時にアルトゥリアスもシェールを呼び出したため、部屋の中に3体の中位精霊が顕現した。
「んま~、みんなかわいらしいわね~。え~と、こっちが地精霊で、こっちが風精霊ね?」
「ええ、そうですよ。彼女が俺のかわいいガイアです」
そう言ってガイアの頭を撫でると、彼女がくすぐったそうに喜ぶ。
するとレーネリーアが戸惑ったような顔をした。
「本当に気軽に精霊に接するのね~……私たちは、精霊は神聖なものだって言われ続けてるから、どうしても気後れしちゃうんだけど~」
「う~ん、そう思うのも無理はないけど、精霊の方はもっと軽い気持ちでいると、思いますけどね。まあ、それに気づけたのも、このニケのおかげなんですよ」
そう言ってニケの頭を撫でると、彼女が照れ臭そうに笑う。
「あら~、何があったの~?」
「彼女がガイアと遊びたいって、俺に召喚をせがんだんですよ。それで宿にいる時とか、ちょくちょく呼び出して、ニケの遊び相手になってもらってたんです」
「あらあら~、この里でそんなこと言ったら、怒られちゃうわね~」
「まあ、そうでしょうね。だけど実際にはガイアも楽しいみたいで、喜んで遊んでくれるんです。そのうちにどんどん親和度が増して、意思の疎通もしやすくなって。おかげで新しい精霊術を、編み出せたってわけなんですよ」
「まあ~」
レーネリーアが口に手を当て、ひどく驚いた声を上げると、アルトゥリアスもその話に乗る。
「私も最初は驚きましたが、タケアキの言っていることは本当ですよ。精霊とはそれほど特別なものではなく、むしろ子供と同じように接した方が上手くいきます。もちろん、それなりの敬意と愛情は必要ですが」
「まあ~、アルトゥリアスがそんなことを言うなんて~。あなたも変わったのね~?」
「別に、そう変わりはしませんよ」
レーネリーアが感心したように問えば、アルトゥリアスは気まずそうな顔でごまかす。
するとメシャが思いついたように、レーネリーアに話をせがんだ。
「ねえねえ、アルトゥリアスって、昔はどんな人だったの~?」
「う~ん、そうね~……昔っから精霊術ひと筋って感じだったわ~。それとすごい負けず嫌いなの~」
「負けず嫌いって、どんな?」
「例えば~、私が先に精霊と契約したら、自分も精霊を探す~、とか言って里を出ていっちゃったの~。私なんかに負けていられないってね~」
「うわ~、ありそ~」
するとアルトゥリアスが、苦々しい顔で反論する。
「レーネリーア、勝手に話を作らないでください。あなたが自慢ばかりするのがうっとうしくて、私は里を出たのですよ」
「またまた、そんなこと言っちゃって~。本当は悔しかったんでしょ~」
「あれだけ言われれば、多少は悔しがっても当然でしょう。まあ、幸いにもさほど経たないうちに、契約できましたけどね」
「あら~、それって私のおかげって言いたいの~」
「違いますよ。相変わらず人の話を聞きませんね」
アルトゥリアスは嫌そうにしているものの、傍から見ると彼らは良いコンビに見えた。
やがて今度は、バタルの話になっていく。
「そういえば、バタルとはどうやって会ったんですか?」
「う~ん、ある日ね~、森の中を歩いてたら、この子が倒れてたのよ~」
「うす、親とはぐれて、ずっとさまよってたっす。食い物もなくて、もうちょっとで死ぬとこだったっす」
「うわあ、それは災難だったね」
しかしバタルはサバサバした表情で、首を横に振った。
「いえ、おかげで姉さんに出会えたんで、気にしてないっす。この里の人も、良くしてくれますし」
「そうなんだ……そういえば、異なる種族と同居するなんて、よくあるんですか? 俺はてっきり、エルフの里は閉鎖的だと思ってたんですけど」
するとアルトゥリアスが苦笑しながら、その問いを否定する。
「いいえ、普通は許されませんよ。しかしレーネリーアはこうと決めたら、てこでも動きませんからね」
「ということは、我がままを通したってこと?」
「ええ、長老たちの苦い顔が、思い浮かぶようですよ……」
「ちょっとアルトゥリアス~。私のことをなんだと思ってるのよ~」
あわてて打ち消そうとするも、すでに時遅しである。
しかしレーネリーアも、決して悪い人ではなさそうだと思えた。




