59.2人目の忌み子
アルトゥリアスの故郷で、長老たちに精霊術を披露していたら、そこへ闖入者が現れた。
「レーネリーア。久しぶりですね」
「ええ、もう何十年になるかしら。ところで、ここで何をやっているの?」
アルトゥリアスが親しげに話しかければ、その女性は無邪気な問いを放つ。
するとエルフの長老たちが怒りだした。
「レーネリーア、おぬしの出る幕ではないわっ! 引っ込んでおれ!」
「そうですよ。今は私たちが彼らの相手をしているのです」
しかしレーネリーアは一向にひるまない。
「え~~っ。だって強力な精霊の気配を感じて来てみたら、アルトゥリアスがいたんですよ~。私にも無関係じゃないですよね?」
「それは儂らと話がついてからだ。今のアルトゥリアスは、ただのよそ者だからな」
「何を言ってるんですか~。彼はこの里の出身者じゃないですか~」
とうとう彼女と長老たちの間で、言い合いが始まった。
なかなか終わりそうにないので、俺は声をひそめてアルトゥリアスに訊く。
「誰、あれ?」
「彼女はレーネリーアといって、中位の精霊持ちです。おそらくシェールやガイアの気配を感じて、様子を見にきたんでしょう」
「ふ~ん、なんか、変わった人っぽいね?」
俺の率直な印象に、アルトゥリアスが苦笑する。
「分かりますか。実際、彼女はとびきりの変わり者です。しかも若くして精霊と契約しただけあって、術者としては優秀なのですよ。実を言うと、声を掛けようと思っていた者の1人なのですがね」
「ああ、そうなんだ……ちょっと気が強そうで、トラブルの元になりそうなのが不安かな」
「あまりそれは、否定できませんね」
そんな話をしていたら、長老を振り切ったレーネリーアがこちらへ近づいてくる。
「アルトゥリアス! あなた新しい精霊術を開発したんですって? ちょっと私に見せてくださらない? え、待って。この娘、どうしたんですか?」
「ふえ……」
アルトゥリアスに絡みはじめたと思ったら、次の瞬間に彼女はニケに抱きついていた。
「きゃ~、かわいい~! あなたのお名前、なんていうの~?」
「わぷっ、やめるでしゅ」
レーネリーアがニケを抱きしめ、頭をワシャワシャと撫で回している。
ショートボブの金髪をかき混ぜられたニケが、不快そうに文句を言うが、レーネリーアは聞きもしない。
とうとうニケが見かけによらない力を発揮して突き放すと、レーネリーアが悲しそうな顔をする。
「あんっ、どうして? お姉さん、あなたの味方よ~」
「うっとうしい! さわんなでしゅ」
ニケは俺の後ろに隠れながら、レーネリーアを睨みつけた。
それを見かねたアルトゥリアスが止めに入る。
「まあまあ、レーネリーア。あまりしつこくすると、嫌われますよ。ところで、あなたの後ろにいるのは、どなたですか?」
「うん、もう……え~と、この子はバタルっていって~、私が面倒をみてるの~」
「あなたが子供の面倒を? しかも獣人ではないですか」
「ども、こんちは」
レーネリーアの後ろにくっついていた少年が、皆の注目を浴びて頭を下げた。
彼は白髪に青い目を持った獣人だ。
その頭部にはネコのような三角耳が付き、腰部からは白と黒の縞模様の尻尾が伸びている。
背丈は140センチくらいで、日本でいえば中学生ぐらいだろうか。
「この子、5年ぐらい前に、森で死にかけてたの~。帰る所もないって言うから、私が育ててるのよ」
「うす、姉さんにはお世話になってます」
「なんでまた、死にかけていたんですか?」
アルトゥリアスの質問にレーネリーアは目を伏せ、少し悲しそうな顔をしながら説明する。
「この子、虎人族なんだけど、毛色が違うからって、いじめられてたらしいの~。そのうち親にも見捨てられて、森の中をさまよってたのね~」
「ふむ、普通の虎人は、黄色か茶色の毛ですからね。その点では、ニケさんと一緒ですね」
「あら、そういえばこの娘、狼人族なのに、金色って珍しいわね~。ひょっとして、あなたもいじめられた?」
レーネリーアの質問に、ニケはうなずく。
「そうでしゅ。あたしも、しにかけて、タケしゃまに、すくわれたでしゅ」
「まあ、こんなにかわいいのに~。大衆って時として、残酷なことをするわよね~。自分と違うってだけで、排除しようとするんだもの~。だけど本当はバタルやニケちゃんみたいな子は、すごく強くなる可能性を秘めているのよ~。一部では希少種とも呼ばれてるわ~」
聞き覚えのある彼女の話に、俺とニケが応じる。
「ああ、そうですよね。ニケもこう見えて、凄くすばやくて、力が強いんです」
「きんいろの、ろうじんは、えいゆうだったって、きいたでしゅ」
「うんうん、そうなのよ~。このバタルも、見かけよりずっと強いのよ~。ちょ~っと成長は遅いんだけど~」
「うす」
レーネリーアの紹介に応え、またバタルが軽く頭を下げた。
なんというか、自己主張の薄い少年である。
ここでアルトゥリアスが、しみじみとした感じで言った。
「それにしても、あなたが子供の面倒を見るなんて、そんなことがあるんですねえ」
「ちょっとそれ、どういうことよ? 私だって女よ!」
「性別はそのとおりですが、生活力は乏しいではないですか。どうやって生活してるんですか?」
その問いには、バタルがボソッと答える。
「家事はもっぱら、俺がやってるっす。だけどこんな俺を拾ってくれて、姉さんには感謝してるっす」
「ああ、やっぱり……」
「ちょっと! やっぱりって何よ!」
生活能力の無さを暴露されたレーネリーアが抗議するも、アルトゥリアスは困った子を見るような目である。
俺たちも、それを見て苦笑するしかない。
するとほったらかしになっていた長老が割り込んできた。
「こらっ、儂らを無視して話を進めるな! とにかくレーネリーアは邪魔だから、一旦帰れ。旧交を温めるのは後にせい」
「ええ~~っ、こと精霊術に関しては、私にも聞く権利があるでしょ~。私は帰りません!」
断固として動きそうにないレーネリーアを前に、長老が先に折れた。
「チッ。それでは絶対に邪魔をするなよ、まったく……それで、アルトゥリアスよ。おぬしはこれから、どうしたいのだ?」
「我々の発見した内容を、この里でも共有してもらい、さらに研究を進めてもらいたいと思います」
アルトゥリアスが堂々と言うと、長老はいぶかしそうな顔をした。
「共有して、研究を進めろだと? そんなことをして、お前にどんな利益があるのだ?」
「精霊術がさらに進化すれば、それだけで利益がありますよ。ただ、可能であれば、私と一緒に迷宮を攻略する仲間を勧誘することを、許してもらえれば、とも思っています」
「フンッ、やはりか。どうせそんなことだろうと思っておった」
「あなた、自分だけでなく、さらにこの里から同胞を連れ去ろうと言うのですか?」
オルグストが苦々しい顔をする横で、ベルトリンデもアルトゥリアスを非難する。
どうやらアルトゥリアスは、けっこう嫌われているようだ。
しかし彼はそんなことを気にする風もなく、しれっと反論する。
「別に無理矢理つれ去るつもりはありませんよ。あくまで希望する者がいれば、の話です」
するとその言葉に飛びつく者がいた。
「まあっ、仲間を探しているのですか~? アルトゥリアス」
「ええ、迷宮を攻略するのに、手が足りないのですよ」
「それなら私が行くわ~。もちろんバタルも一緒よ!」
ハイテンションで盛り上がるレーネリーアに、長老が釘を刺した。
「こら、勝手な真似は許さんぞ、レーネリーア」
「あら、どこへ行こうと、私の勝手でしょ~? 私はもう立派な大人なんですから~」
「大人なら、なんでも好きにしてよいというわけではない。おぬしもこの里の一員なのだからな」
「まあっ、これ以上に私を拘束しようと言うのですか~? もう何十年もこの里のために、働いてきたというのに~」
「だからこそだ。急にお前に抜けられては、困る者もいるのだ」
「だからって――」
「それについては、私に考えがあります」
さらにヒートアップしそうなレーネリーアを、アルトゥリアスが遮った。
「我々が新たな精霊術を指導することで、この里の運営にも余裕ができるでしょう。それと引き換えに、仲間の勧誘を許して欲しいのです。もちろん希望しない者に、無理じいはしません」
「あら、それなら私が――」
「黙れっ、レーネリーア……コホン。おぬしの言うことも、分からんではない。結果的にこの里に利があるなら、多少の引き抜きはあり得るかもしれんな。それについては里の会議に諮ってみるので、それまではおとなしくしておれ。くれぐれも、先走るのではないぞ」
「ええ、心得ました」
とりあえず長老との交渉は、まとまったようだ。
願わくば、新たな仲間が得られるといいのだが。




