52.悪業の報い
明けましておめでとうございます。
連載を再開します。
ボーエン迷宮の4層を踏破し、さらに5層を探索していると、ふいにニケから警告が発せられた。
「タケしゃま、なにかへんなにおい、するでしゅ」
彼女が鼻をスンスンと鳴らしながら、顔を上げる。
それを聞いた俺がアルトゥリアスに向けてうなずくと、彼は風精霊に話しかけた。
「頼みますよ、シェール。『風』」
「♪」
すると俺たちの周囲で、しばし風が吹いた。
やがて風が治まった頃に、わずかに目眩を感じたので、ある薬を取り出してそれを飲み込む。
他の仲間たちも同様に薬を飲むと、俺たちは通路の端に座り込み、壁にもたれかかった。
いかにもしんどそうな演技をしながら、しばらく待っていると、ドカドカという足音が聞こえてくる。
やがて現れた姿は、”宵闇の爪”の連中だった。
「おやおや、どうしたんですか? お嬢さん」
先頭に立って話しかけてきたのは、キーゲンである。
奴はわざとらしい笑みを浮かべながら、親切を装っている。
「ああ、なんか調子が悪いんで、休んでるんだ。先に行ってくれよ」
「いえいえ、こんなかわいらしい子を残していくなんて、できませんよ。私が様子を見てあげま――」
――キィンッ!
その瞬間、奴が繰り出してきた剣を、俺は槍で弾き飛ばしていた。
するとキーゲンが驚きを顕にしながらも、後ろに下がる。
そして奴はいかにも不思議そうな顔で、自分の仲間に問いかけた。
「おやおや、まだ動けるようですよ、カリグラさん。手際が衰えてるんじゃないですかねえ?」
「ふざけんなっ! いつもどおりにやってるさ。お前の薬の方が、おかしいんじゃねえか?」
キーゲンの問いに、ローブをはおった男が反論する。
奴はカリグラという魔術師で、おそらく風系統の魔法を使うのだろう。
そのやり取りから、奴らがなんらかの薬を風に乗せ、俺たちの方へ流したのがうかがえた。
「薬って、あんたらが何か仕掛けたのか?」
「おや、ずいぶんと察しがいいですね。そう、私が調合した痺れ薬をね、こちらへ流したんですよ」
「……なるほど。噂どおりの連中ってわけだ」
「おやおや、どんな噂ですかねえ。何やらあなたたちが、我らを嗅ぎ回っているとは、聞いていますけど」
「しらじらしい。さんざん迷宮の中で、人を襲ってきたんだろうが」
俺の指摘にも、敵は少しも慌てず、ニヤニヤと笑っていた。
すると我慢できなくなったのか、ガルバッドが立ち上がり、キーゲンを問い詰める。
「お前がっ、お前がメルリーを殺したんかっ?」
「メルリー? 誰のことですか?」
本当に心当たりがないのか、奴は訊ね返した。
「王都の”聖銀の洞窟”っちゅう酒場で働いとった、ドワーフ娘じゃ。2年ほど前に殺された」
「”聖銀の洞窟”?……ああ、あれですか」
そう言いながらキーゲンは、ニタリと笑った。
それは本当に狂ったような、邪悪な笑みだ。
「ンフフフフ、そういえば、そんなこともありましたねぇ。しかしあれは、彼女が悪いんですよ。私の想いに応えてくれないんですから」
「……貴様が、殺したんじゃな?」
「さあ、どうでしょうねえ」
はぐらかすキーゲンに、ガルバッドが今にも突っこんでいきそうになる。
しかしそんな彼を押さえながら、アルトゥリアスが訊ねた。
「”烈火の剣戟”も、あなたたちが手に掛けたのでしょう?」
「ヘッ、さあな」
今度はリーダーらしき虎人が、ふてぶてしくすっとぼけた。
ただし周りの連中はニヤニヤ笑っており、奴らがやったのは明らかだ。
しかし奴らは、いかにしてギルドのチェックを逃れているのだろうか?
「しかし不思議なのは、それだけ頻繁に犯罪を犯しているのに、ギルドのチェックに引っかからない点です。1年に1回は冒険者証を更新しないと、無効になるはずですよねえ」
アルトゥリアスの問いに対し、キーゲンが誇らしげに口を開く。
「そうそう。ギルドのチェックに引っかからないということは、我々は犯罪など犯していないということです」
「何を白々しい。こうして我々に薬を盛っている時点で、真っ黒ではありませんか。おそらく薬で弱らせてから、強姦、殺人、窃盗を犯していますね。しかし犯罪歴が残らないのは、なぜか?」
「へへへッ、なんのことかな? 濡れ衣は困るぜ」
「そうそう。我らは真面目な冒険者ですよ。さて、そろそろお楽しみといきましょうか。まずは邪魔な男どもは、先に死んでもらいます」
そう言って奴らが剣を抜き、俺たちに迫った。
奴らの剣が振り下ろされようという、まさにその時、俺は叫んだ。
「『大地拘束』……『石槍屹立』」
「な、なんだこりゃ……ぎゃあぁぁぁぁっ!」
まずリーダーの虎人が、石の槍で串刺しになった。
『突風』
「うわあっ、風がっ!」
続いてアルトゥリアスが突風を巻き起こし、敵をなぎ倒す。
それと同時にニケ、ガルバッド、ルーアン、メシャが敵に飛びかかり、武器で斬りつけた。
俺も”大地拘束”で彼らを援護し、アルトゥリアスも弓矢で敵を無力化していく。
特に獣人種の屈強な戦士タイプは、厄介なので死んでも構わないほどの攻撃を加えていった。
おかげで数分後には、敵の完全制圧に成功していた。
確認してみると、すでに敵10人の内、3人は死亡している。
生き残っている者も全て負傷し、さらに俺の大地拘束で絡めとられていた。
「グウッ、なんでだ? なんでてめえらは、そんなに動けるんだ?」
立ち上がって見下ろす俺たちに、キーゲンが問いかける。
その言葉はさっきと打って変わって、荒っぽいものだ。
その下品な問いに、アルトゥリアスが答える。
「おやおや、地が出てますよ。我々は最初からあなたたちが、麻酔薬か痺れ薬を使うとにらんでいました。おそらく今回は、ヒイロアザミを調合した薬を、風の魔術でこちらへ流したのでしょう?」
「チッ、そこまで読まれていたとはな。だがしかし、薬はどうしたんだ?」
「うちのニケさんが異変を察知した途端に、よそへ流しましたよ。私も風魔法は得意ですからね」
涼しい顔で言うアルトゥリアスの隣に、シェールが姿を現した。
それを見たキーゲンと敵の魔術師が、悔しそうな顔を見せる。
「チッ、中位の精霊持ちだったのかよ。道理で敵わないわけだ」
「くそっ、なんでそんな奴がここにいるんだよ?」
するとガルバッドが前に出て、キーゲンに戦斧を突きつける。
「おぬしがメルリーを、殺したからじゃ。その復讐のために、儂らはやってきた」
「……おいおい、俺はそんなの、知らねえぜ。なんの証拠もないだろうに」
「なんじゃとおっ!」
激昂して戦斧を振り上げるガルバッドを、寸前でアルトゥリアスが止める。
「やめなさい、ガルバッド。彼らには、いろいろと喋ってもらわねばなりませんからね。復讐は後でさせてあげますから、生きてる者を集めてください」
「くそっ、必ずじゃぞ」
そこで俺たちは敵の拘束を解き、後ろ手に縛ってから一箇所に集めた。
するとアルトゥリアスが小さな器を出し、中の物に火をつける。
そして彼が風を操ると、その煙が敵の生き残りに向かっていった。
「なんなの、それは?」
「麻薬の1種ですよ。これを吸うと思考力が鈍り、口が軽くなります。さて、そろそろ尋問を始めましょう」
それからしばし、アルトゥリアスの尋問が続いた。
通常なら絶対に口を割らないところを、麻薬の補助とアルトゥリアスの巧みな言葉によって、犯罪の全貌が明らかになっていく。
まず奴らは中級の冒険者だった頃、一緒に活動を始めたそうだ。
最初は真面目に探索をしていたが、やがて壁に行き詰まる。
探索から得られる収入よりも、武器・防具のメンテやその他の支出が多くなったのだ。
このままでは上に行けないと判断した奴らは、とうとう犯罪に手を出した。
キーゲンが準備した痺れ薬を風魔術で流し、対象を弱らせてから襲ったのだ。
男どもは残虐に殺し、女は犯してからやはり殺す。
そうして手に入れた装備やお金を使い、奴らは実績を積み重ね、上級まで至ったのだ。
当然、そのままではギルドに犯罪歴を知られてしまうが、キーゲンがギルド職員を抱き込んだ。
普段はギルドに立ち寄らず、年に1回だけ裏から職員に冒険者証を渡し、処理をしてもらったそうだ。
仲間の職員はこっそりとギルドの機器を使い、メンバーの犯罪歴を抹消する。
その対価として相当な金を渡していたそうだが、”宵闇の爪”にとっては十分な成果が得られた。
何よりこのパーティーのメンバーは、揃って人殺しが大好きな、精神異常者なのだ。
お金を稼ぐだけでなく、人殺し自体を楽しんでいた。
そんな奴らに目をつけられ、殺された人々は、まさに災難というしかない。
こうして大筋を聞き出した後、ガルバッドはキーゲンにとどめを刺した。
それはただ殺すだけでなく、徐々に手足を切り刻むという、残酷なものだった。
キーゲンは出血多量の末に、苦しみながら死んでいった。
それを終えたガルバッドも、ひどく疲れた顔をしていた。
拷問など彼の趣味ではないし、たとえどんな手段で奴を殺そうとも、想い人は戻らないのだから。
しかし長年の悲願を達成した彼は、しばし涙を流し続けていた。




