51.犯罪者たち
ボーエン迷宮でガルバッドの仇の手がかりを探していたら、何やら物騒な話を聞かされる。
「え、”宵闇の爪”って、そんなにヤバいんですか?」
「シッ、声がでけえって」
そう言って冒険者の男は周りを見回すと、ひそひそと話しはじめる。
「別に奴らがやってるって証拠が、あるわけじゃねえんだ。しかしとにかくあいつらに関わった者は、行方が知れなくなる確率が高いんだわ。だからあいつらのことを話す奴は少ねえ。あまり不用意にその名を出すと、目をつけられるかもしれねえぞ」
「うわぁ、ありがとうございます。今後は気をつけますよ。でもそうやって恐れられてるからには、やっぱ強いんですかね?」
俺も声をひそめて訊くと、相手も付き合ってくれる。
「そりゃあ、まがりにも上級冒険者だから、弱えってことはねえだろう。だが大して迷宮に潜ってねえわりに、よく王都で遊び歩いてるんだよな、あいつら。いろいろと想像されるのも、当然だろ? おっと、噂をすればなんとやらだ。奴らのお出ましだぜ」
そう言う男の視線の先に目をやると、迷宮管理棟から出てくる集団が見えた。
そいつらは人族と獣人族の混成部隊で、先頭の大柄な虎人が、肩で風を切って歩いている。
他の連中も不敵な面構えで、いかにもケンカっぱやそうな奴らだった。
そしてその最後尾に、妙に印象の薄い獣人がいた。
頭部の三角耳に、ふさふさの尻尾から見て、おそらく狐人だろう。
小柄で目が細く、いかにも狡猾そうな顔に見える。
ベルダインから聞いていた風体からして、奴がキーゲンだろう。
そう思ってガルバッドに目をやると、奴を親の仇のように睨んでいる。
それでは敵に気づかれてしまいそうなので、俺は小声で忠告した。
「ガルバッド、そんな目をしてたら、気づかれるよ」
「……ああ、分かっちょる。しかし簡単には抑えられんのじゃ。今にも殴りかかりそうになる」
彼はとても悔しそうにしながら、視線を切った。
そんな彼をなだめつつ、もう一度キーゲンに視線を戻すと、奴が何かに注目している様子が見えた。
しかもその視線の先にあるのは、俺たちの野営場所だったのだ。
今はアルトゥリアスとニケが火を囲んで、留守番をしている。
それを見ていた奴は、不気味な笑みを浮かべると、仲間の下へ去っていった。
俺は何か嫌な予感を抱きながらも、それを見送るしかなかった。
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その後もいくつかの集団で、”宵闇の爪”について聞こうとしたのだが、あまり成果はなかった。
奴らは冒険者同士の交流も少ないし、恐れられていて話が弾まなかったからだ。
しかし酒場で情報を集めていたルーアンとメシャが、貴重な情報を持ち帰る。
「行方不明のパーティーがあるって?」
「うん、”烈火の剣戟”っていう上級のパーティーが、先週から戻ってないんだって。しかもその中の女性メンバーが、”宵闇の爪”に絡まれてたらしいの。普通は穏便にあしらうんだけど、その女性はけっこうキツイこと言っちゃったらしいのね。それからすぐにいなくなるんだから、もう真っ黒だよね。だけど証拠は何も無いもんだから、どうしようもないんだって。私もかわいいから、気をつけろって言われちゃった。へへへ」
上手いこと話を聞き出してきたメシャが、そう言っておどける。
やはり若い女性が相手だと、口が軽くなるらしい。
もちろん、メシャのやり方が上手かったのもあるだろう。
「どうやら似たようなことは、何回もあったみたいだな。それで衛兵にも目を付けられてるんだが、ちょこちょこ場所を変えるから、なかなか尻尾が掴めないらしい」
「そっか。でも状況的には真っ黒だよね」
「ええ、確実にやってますね。そしておそらく、パーティー全員がそれに関わっている」
「ああ、そうだよね。でなきゃ上級のパーティーが消えるなんて、あり得ない。それにしても、自分たちは無傷で上級パーティーを倒すなんて、どうやってんだろ?」
するとアルトゥリアスが、推測を述べる。
「おそらく不意を突くか、毒を仕込むなどして、相手を弱らせているのでしょう。もしくは魔法で精神に干渉する手もありますが、これはかなり高度な技術で、冒険者程度には無理だと思います」
「う~ん、いくら不意を突くにしても、無傷では済まないだろうしな。だったら毒の可能性が高い?」
「それにしたって、どうやって仕込むかが問題ですけどね。さすがに怪しい連中に渡されたものを、簡単に食べるとは思えませんし」
「だよな~……まあ、当面は警戒しながら、連中を見張るしかないね。それでいいかな、ガルバッド」
「……うむ、迷惑を掛けるのう」
「気にすんなって」
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翌朝、朝食の準備をしていたら、驚くことが起こった。
「ふえ、だれでしゅか?」
「これは失礼。私はキーゲンという者ですよ。お嬢さん」
なんと噂のキーゲンが、ニケに話しかけてきたのだ。
奴は愛想よくニコニコ笑いながら、ニケを眺めている。
「何か用?」
「タケしゃま……」
俺が割って入ると、ニケが俺の後ろに隠れる。
するとキーゲンは一瞬、不快そうな顔を見せつつも、すぐに取り繕った。
「いえいえ、かわいらしいお嬢さんが目についたので、話しかけただけです。そちらはどなたかの家族ですか? 他に狼人族の方はいないようですが」
「彼女は天涯孤独なんでね。俺と一緒に暮らしてるよ」
そう言うと、いかにも羨ましそうな目を、奴が向けてきた。
「そうなのですか……しかし一緒に迷宮には潜れないでしょう? その間はどうするのですか?」
「こう見えても彼女は、立派な冒険者なんだ。だから一緒に探索をしてるよ」
「ええっ、どう見ても15を超えてるとは思えませんが……」
「そんなこと、あんたに関係ないだろうに。これから飯にするから、帰ってくれないか?」
「……それは失礼しました。またお邪魔します」
さすがに歓迎されてないのを感じたのか、名残惜しそうに奴が去っていく。
しかしその粘着質な視線が、妙に不気味だった。
「タケしゃま、あのひとなんか、こわいでしゅ」
「ああ、これから気をつけろよ」
「あい」
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そんなトラブルの後も、俺たちは迷宮に潜った。
昨日は様子見だったが、今日は朝から全開で飛ばす。
そのおかげで1層はおろか、2層、3層も踏破した。
ちなみに2、3層で出てきたのはやはり木の人形であり、その体格や武器が強くなっていく仕組みだった。
しかししょせんは木偶人形に過ぎず、大した脅威にはならない。
おかげで余力を残して守護者戦に挑み、あっさりとそれも倒してしまった。
そうして冒険者業をこなす傍ら、キーゲンの情報も集めていく。
最初は口の重かった人々も、何日か付き合ううちに親しくなる。
そうすると新たな情報も、耳に入るというものだ。
「端的に言うと、あいつらはクソだな」
「うん、ほとんど前科持ちか、上手いこと官憲から逃げ回ってる奴らの集まった、犯罪者集団みたい~」
”宵闇の爪”について調べると、後から後から怪しげな話が出てきた。
見目麗しい女性、ちょっと金を持った男たち。
それらが奴らに目を付けられると、高確率で死体で見つかるか、行方不明になっているというのだ。
しかも奴らが迷宮に行けば、そこで冒険者がいなくなり、王都にいる時はあちらで不審事件が頻発する。
なんで官憲が黙って見ているのか、理解に苦しむような状況だ。
しかしそれにはそれなりの理由があるようだ。
「あいつらけっこう、強いみたいだな。ランクは4等級だが、3等級に迫る実力はあるらしいぜ」
「うむ、しかしあまり熱心に仕事をしないために、等級が据え置きになっているようじゃ」
「そうそう。それにあいつら、隠形術にも長けてるみたい~」
奴らは戦士としての強さもさることながら、悪事の証拠を残さないことについても、実に抜け目がないようだ。
もちろん官憲に目を付けられてはいるものの、証拠が無ければ手を出せない。
そんな犯罪者生活を、奴らはここ数年は続けているようだ。
そして奴らは周囲の動向にも敏感だ。
「それにどうやら私たちが探り回っているのを、嗅ぎつけたようですよ」
「うん、俺も忠告されたよ。あいつらも俺たちについて、嗅ぎ回ってるって」
すでに知り合いになった冒険者たちから、その話を聞かされていた。
そして過去にそんなことがあった時は、まずその対象は行方不明になっている、とも。
「たぶんあいつら、俺たちに目をつけたね。特にキーゲンなんか、ニケにご執心みたいだ」
「あいつ、きもちわるいでしゅ」
俺の言葉に、ニケがうなずきながら顔をしかめる。
実際、奴はちょくちょくニケに声を掛けるようになっていた。
どうやら奴には、ロリコンの気があるらしい。
「ふむ、それではじきに、接触があるでしょうね」
「ああ、丁重にお出迎えしてやらないとね」
お正月は書き溜めをするので、1周間ほどお休みさせてもらいます。
皆さん、よいお年を。




