49.復讐の手がかり
俺たちが4等級に昇格した後、ガルバッドにはやるべきことがあった。
上級冒険者のベルダインと話をして、彼の想い人を殺害した犯人の手がかりを得ることだ。
もちろんガルバッドはこの街に来てすぐ、ベルダインに会いにいったそうだ。
しかしベルダインはろくに話もせずに、”上級冒険者になってから出直してこい”と言ったらしい。
そのためガルバッドは、あまり質の良くないパーティーに所属し、実績を積もうとした。
そしてある日、”貴族の蜂蜜”の採取に挑んだはいいが、失敗して彼だけ迷宮に取り残されてしまう。
幸いなことにそれを知った俺たちが救出に向かったおかげで、ガルバッドは一命を取りとめた。
さらに俺たちと一緒に探索をしたことで、彼はかつてないほどの速度で上級へ駆け上がることができた。
それは俺たちの戦力と、彼のモノ作りの技能が合わさって可能になった、奇跡と言ってよい出来事だろう。
しかし無事に昇格の手続きを終えたガルバッドが、ベルダインに会談を申し込むと、なぜかパーティーごと招かれることとなる。
不審に思いながらも俺たちは、ベルダインが指定した酒場へ赴いた。
そして店員に要件を伝えると、2階の個室へ通される。
そこにはベルダインがリーダーを務める冒険者パーティー、”火竜のアギト”が勢揃いしていた。
ちなみに彼らはベルダインを含め、全てドワーフの集団だ。
「おう、よく来たな。まあ、座れや」
すでに酒を飲んでいるベルダインが、機嫌よさそうに話しかけてきた。
そこで素直に席へ着くと、ガルバッドが待ちきれないように話しかける。
「今日は会談に応じてくれて、礼を言う。しかしなぜ、仲間も呼んだんじゃ?」
「フハハッ、まあ、そう警戒するな。せっかくだから、同じ上級冒険者同士で、交流を温めたいと思ったんだよ」
「ふむ……まあ、いいじゃろう。交流を温めるのも悪くないからな」
するとベルダインの仲間の1人が、さっそく食いついてきた。
「ところであんたら、9層で守護者に襲われたって話は、本当か?」
「ああ、本当じゃ。ひと回り大きくて、赤い角を持った暴走牛が、守護者部屋の前で、待ち受けておった。10頭もの手下を従えてな」
「マジかよ……俺たちの時は、そんなことはなかった。しかし9層の異常な死亡率からすると、あり得ねえ話じゃねえな」
「ああ、そうだな」
のっけから迷宮話で盛り上がりはじめた仲間を、ベルダインが制す。
「待て待て。そういう話はまず、乾杯してからにしようや。みんな、飲み物を準備してくれ」
彼の指示で俺たちの盃に、酒やらジュースやらが注がれると、ベルダインが盃を掲げた。
「それじゃあ、あらたな上級パーティーの誕生に、乾杯」
「「「乾杯!」」」
盃を干すと、”火竜のアギト”メンバーが、口々にお祝いを言ってくれた。
その後は料理を食べながら、9層の苦労話に花が咲く。
ドワーフは閉鎖的な種族と言われてるが、存外に彼らは人懐っこかった。
もちろんこちらに、ガルバッドがいるのも大きいだろう。
やがていい感じに酒も回ってきた頃、とうとうガルバッドが要件を持ち出した。
「ところでベルダイン。あんた、メルリーが死んだ日に、会ってたってのは本当か?」
それまで盛り上がっていた部屋の中が、シーンと静まり返る。
するとベルダインは居住まいを正して、ガルバッドに向かい合った。
「ああ、やっぱりその件か。たしかに会ったぞ」
「あんたが殺したんじゃ、ないよな?」
「馬鹿野郎っ! 俺はちょっと相談を受けただけだ。見損なうんじゃねえぞっ!」
ガルバッドの失礼な物言いに、ベルダインは顔を真赤にして怒った。
少なくともそれは、嘘を言っているような感じではない。
彼に謝りながら、ガルバッドは話を続ける。
「すまねえ。しかしの、なんでメルリーは、あんたに相談したんじゃ? なぜ儂ではなく、あんたに……そして彼女は、一体何を相談したんじゃ?」
「なんか、危ねえのに絡まれてるっちゅう話だった。おめえに言わなかったのは……巻き込みたくなかったんじゃねえかな。上級冒険者ぐらいじゃねえと、手に負えないと思ったんだろう」
「そんな馬鹿な……儂はそんなに頼りなかったんか……」
ガルバッドはその言葉にショックを受け、しばらくブツブツつぶやいていた。
そこで話を進めるため、俺が質問をする。
「あの~、そのメルリーさんっていう人は、酒場の女給だったんですよね? その危ない奴ってのは、その酒場で?」
「ああ、酒場にも来てはいたそうだが、目立つようなことはしてなかったようだな。しかしちょっと外に出た時なんかに、口説いてきたらしい。いくら断ってもつきまとわれて、困っとったようだぞ」
「ふ~ん。どんな奴なんですか?」
「小柄で細い目をした狐人で、名前はキーゲンという。いかにも胡散臭そうな奴だが、腕は確かな斥候だ。しかも上級冒険者のな」
「キーゲン……そいつが、メルリーを殺したんか?」
うつむいていたガルバッドが、ガバッと顔を上げて訊く。
するとベルダインは慌ててそれを否定した。
「待て待て、俺も奴に絡まれてると聞いただけで、その後、どうなったかは分からん。何も証拠が無いのに、疑うわけにもいかんだろう」
「しかしメルリーが、危険を覚えるほどの奴だったんじゃろう? そしてその後すぐに彼女は殺されたんじゃ。なんで、なんですぐに教えてくれんかった?」
ガルバッドが悲愴な顔で問い詰めると、ベルダインも悲しそうな顔で答えた。
「言ったらおめえ、キーゲンを問い詰めに行っただろうが。奴には嫌な噂があってな、裏で何人か殺してるらしいんだよ。メルリーの嬢ちゃんだけでなく、おめえまで殺されたら、やりきれねえだろうが」
「そんなのやってみなきゃ、分からんじゃろうがっ!」
ガルバッドが涙を流して、悔しがる。
愛する人を殺され、何もできなかった自分が、許せないのだろう。
そんな彼を、その場の全員が見守っていた。
「ベルダインさん、ありがとうございました。ガルバッドのこと、気遣ってくれて」
「いや、正直いうと、こんな日が来るとは思ってなかった。とても上級に昇格できるタマには見えねえから、いずれ諦めるだろうってな。どうやらおめえの覚悟を、見くびり過ぎてたらしい。すまん」
そう言って頭を下げるベルダインに、ガルバッドは首を横に振った。
「いや、あんたのしたことは正しい。先にこの話を聞いてたら、即座に突撃して、やられとったじゃろう。昔の儂は、中級がせいぜいの弱者じゃった」
「……ああ、そうだな。だけどこうしておめえは、昇ってきたじゃねえか。その心構えで、やり遂げてみせろや。ただし冤罪で罰するのは、やめとけよ」
「……ありがとうよ。ベルダイン。その辺はなんとかするさ。どうせイチから始めにゃならん。今日は飲もうぜ」
「おお、ガルバッドの復讐成就を祈って、乾杯だぁ!」
その後は大変だった。
元々酒好きが多いドワーフ族である。
どんどん強い酒が出てきて、大宴会になってしまう。
あまりに飲まされるので、俺は気持ち悪くなって帰った。
後をアルトゥリアスに任せて。
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ベルダインたちとの酒宴の翌朝、俺は二日酔いで頭痛を抱えながら、起きてきた。
すると1階のリビングには、ガルバッドとアルトゥリアスが顔を揃えていた。
「おはよう、ガルバッド、アルトゥリアス。2人とも、元気そうだね」
「おう、タケアキ。あれくらいの酒、どうってことないぞ。なあ、アルトゥリアス」
「いえ、ちょっとキツかったですけど、まあなんとか」
そう言いながらもアルトゥリアスは、平気な顔でお茶を飲んでいた。
するとニケが気を利かせて、俺にもお茶を出してくれる。
「お、ありがとな、ニケ」
「あい」
そうしてるうちに、ルーアンやメシャも起きてきた。
そこで熱いお茶をすすりながら、これからのことを確認する。
「それでガルバッド、これからどうするの?」
「うむ、まずはキーゲンちゅう奴の行方を、探さにゃならん。それで心当たりに手紙を出して、情報を探ってもらおうと思う」
「ふ~ん、まあ妥当なとこだね。それで、手がかりが見つかったら、独りで探しに行くの?」
「うむ……みんなには迷惑を掛けるが、こればかりは譲れん。メルリーの無念を晴らすまでは、止まれんのじゃ」
彼が申し訳なさそうに言うと、アルトゥリアスが口を出した。
「別に独りで行かなくとも、いいのではないですか?」
「なんじゃ、みんなで手伝ってくれるとでも、言うんか? さすがにそこまでは甘えられんぞ。こうして上級になれただけでも、感謝しきれんぐらいなんじゃ」
「それですよ。その認識が間違っているのです。あなたが独りで行けば、我々の盾役がいなくなります。それもただで武器の手入れをしてくれるという、貴重な存在がね」
アルトゥリアスがいい話をしているので、俺もそれに乗った。
「そうそう、そんなんじゃ迷宮の攻略も進まないだろうなぁ。それぐらいだったら、一緒に行って手伝ったほうが、早いかもしれない。そう思わないか? みんな」
「あい、そうおもう、でしゅ。それにたびをするの、たのしいでしゅ」
「おう、俺も構わないぜ」
「アハハ、そうだね~。一緒に旅しよっかぁ」
するとガルバッドは、朝っぱらから涙を浮かべてむせび泣く。
「うぐっ……まったく、お人好しばかりじゃのう、このパーティーは。くううっ……」




