47.王都への旅
「9層突破に乾杯!」
「「「かんぱ~い」」」
「クエ~」
9層を突破した日の晩は、自宅で祝宴を開いた。
いつもなら酒場でやるところだが、それではゼロスが入れない。
それなら自宅でやればいいじゃん、ということになり、疲れた体にムチ打って準備を整えたのだ。
さすがに料理するのはしんどいので、食べ物は外で買ってきたが。
「クハ~ッ、酒が染みる~」
「ブハァッ、実に美味いわい」
「ほんとほんと、気分いいね~」
「さいこう、でしゅ」
「アハハ、そうだな」
それぞれに盃を空けると、皆が満足そうな声を上げる。
今日はそれだけひどい目にあったので、それも当然だろう。
魔物のゼロスでさえ、嬉しそうに水を飲み、飯を食っている。
そんな中で、アルトゥリアスだけはクールに微笑んでいた。
さすが、エルフの賢者はひと味違う。
”暴風のアルトゥリアス”なんて、物騒なふたつ名もあるらしいが。
その後はてんでに食事をつついていたのだが、メシャが思い出したように口を開いた。
「そういえば、ニケちゃんの武器、壊れてたけど、どうすんの?」
「ッ!……なおして、つかうでしゅ」
嫌なことを思い出したという感じで、ニケが主張するが、ガルバッドがそれを否定した。
「いや、それは難しいぞ。何しろあの武器は、異世界の品じゃからのう」
「そうだよね~。やっぱり買い換えるしか、ないんじゃない」
「そ、そんなの、いやでしゅ」
涙を浮かべながらイヤイヤをするニケだが、それは無駄な抵抗だ。
この世界では2度と手に入らないものなのだから、さっさと諦めさせるしかない。
ちなみにこの家に引っ越したタイミングで、ルーアンとメシャには俺の出身を話してあるので、異世界という言葉に驚きはない。
「あまり無茶いうなよ、ニケ。強くなるに従って、武器を替えるのは常識だろ」
「だけど、だけどあれには、タケしゃまとのおもいで、つまってるでしゅ」
「……そうだな。だけど俺は今ここにいるだろ? だったら壊れた武器に、こだわる必要はないじゃないか」
「ウウッ、どこもいかない、でしゅか? ニケのこと、おいてかない、でしゅか?」
まるであれが無くなると、俺がいなくなるとでも言いたげに、ニケは問うてくる。
両親に置いていかれたことが、トラウマになっているのかもしれない。
そんな彼女をなだめるように、俺は彼女の頭をポンポンと叩いた。
動きやすくショートボブにまとめられた金色の髪が、フワフワとした感触を伝えてくる。
「大丈夫だって。俺はどこにもいかないから。ニケとずっと一緒にいるさ」
「ほんとでしゅよ。ぜったいに、やくそくでしゅよ」
そう言って俺にすがりつくニケを、みんなが温かく見守っている。
やがてガルバッドが、話を戻した。
「ニケの武器もそうじゃが、メンバー全員の武器も見直した方がいいじゃろう。そこで提案なんじゃが、みんなで王都へ行かんか?」
「王都? この街じゃ、だめなのかな?」
「この街にもそれなりの武器はあるが、やはり王都には一段劣るんじゃ。しょせんこの街は、迷宮を核にした地方都市じゃからの」
「なるほどね。でも逆に大きな都市ほど、選択に迷わないかな?」
「そこはほれ、儂が良い店を知っておるし、しっかりと目利きもしてやるわい」
「ああ、それなら安心だね」
すると今度はルーアンが口を挟む。
「ここから王都だと、馬車で一週間は掛かるんじゃないか? けっこうしんどいぜ」
「いや、儂が手を入れた車を、ゼロスが牽くんじゃ。もっと速いと思うぞ。そうじゃのう……4日もあれば着くじゃろう」
「へえ、それだったら悪くないな。しばらく迷宮ばかりだったから、のんびりと旅をするのもいい」
実際、ガルバッドは竜車をこまめに整備しており、さらに俺の知識も参考にして性能を向上させていた。
並みの馬車より快適で高速な旅も、不可能ではないだろう。
それ以上は反対意見は出なかったので、俺たちは王都へ向かうことになった。
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翌日を休養と旅の準備に充てたので、実際に旅立ったのは翌々日だった。
みんなでゼロスの牽く竜車に乗り、一路王都を目指す。
このフィルネア王国の首都は、迷宮都市ベルデンよりも西方に位置する。
おそらく直線距離で、200キロほどはあるだろう。
王都は海から離れた内陸都市ではあるが、大河ティベリエに隣接するため、水運にも恵まれているらしい。
そして主都だけあって人も多く、様々な物がひしめいているとか。
そんな話をしながら、俺たちは快調に進んだ。
ゼロスの牽く車は、時速15キロほどで走れた。
その持久力も大したもので、ちょくちょく休憩を挟みながらも、1日8時間は走り続ける。
夕方になると、近くに集落があれば宿を取り、無ければ路肩で夜営をした。
すでに迷宮で夜営に慣れた俺たちにとっては、大した負担でもなく、快適に旅は進む。
そして4日めに日が暮れる前に、俺たちは王都へ到着した。
「大きな街だなぁ」
「すごいでしゅ」
「まったくだ。大したもんだぜ」
「ほんとほんと~」
俺やニケ、ルーアンやメシャが目を瞠る横で、ガルバッドとアルトゥリアスは平然としている。
彼らは王都での滞在経験があるからだ。
「ハッハッハ、そうは言っても、タケアキの故郷に比べれば、大したことないのではないか?」
「うん、それはそうだけど、やっぱ凄いもんは凄いよ」
「フフフ、まあ、この国で最大の都市ですからねえ。噂によれば、その人口は30万にも上るとか」
「30万人か。それは大したもんだ」
そんなことを話しながら、王都の外郭部に入場する。
ここは庶民の住むエリアで、魔物や動物の襲撃を防ぐため、木造の防壁に守られている。
一応、城門で検査を受け、1人当たり銀貨1枚の入場料を取られた。
この町の住人なら無料だし、近隣の住民でも届け出れば入場の許可証が得られる仕組みだそうだ。
まあ、今の俺たちには関係のない話だ。
そしてさらに内側には、石造りの防壁に守られた中心街も存在する。
そこには主に貴族が住み、国の行政機構や商業地区も置かれている。
そちらへ行くにはさらに厳重な検査と、銀貨3枚の入場料が必要だとか。
しかしガルバッドによると、いい武器屋は外郭部にあるそうだ。
騒々しくて臭いもキツイ鍛冶屋は、外郭部にあるからだ。
たしかにお上品な貴族街には、似合わないかもしれない。
結局、その日は適当な宿に泊まり、旅の疲れを癒やした。
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翌日は朝から、武器屋回りだ。
ガルバッドの案内で鍛冶屋街に行くと、トンテンカンテン、賑やかな音が聞こえてくる。
そしてガルバッドの知る店に入ると、彼は気さくに声を掛けた。
「よお、久しぶりじゃのう、ゲイルの爺さん」
「誰かと思えば、ガルバッドじゃないか。どこへ行っておったんじゃ?」
ゲイルと呼ばれたのは、眼鏡を掛けた老齢のドワーフだ。
気難しそうな人だが、顔見知りがいるのは心強い。
「ちょっと、迷宮都市ベルデンへな。そこで良い仲間に出会って、今では上級冒険者に手が届くところまで来たわい」
「ほー、それは凄いのう。察するに、それで新しい武器を探しにきた、というところか?」
「そのとおり。悪いが、それぞれに合いそうなものを、出してやってくれんか」
「ふむ……まあ、お前さんの紹介なら、大丈夫じゃろう」
さて、いよいよお楽しみの買い物タイムだ。
良い買い物は、できるだろうか。




