46.決着
「ルーアーンっ!」
俺たちをかばおうとしたガルバッドとルーアンが、暴走牛の群れに跳ね飛ばされた。
彼らはまるで木の葉のように宙を舞い、地面に叩きつけられる。
しかし幸いにも致命傷は免れたようで、まだ生きていることは確認できた。
『土壁防御』
『圧空障壁』
ガルバッドたちの作ってくれたわずかな隙に、俺は再度、土の壁を生成する。
さらにアルトゥリアスが”圧空障壁”で補強したたおかげで、守護者もどきの率いるブルの群れが、ようやく止まった。
その結果、俺たちと敵は20メートルほどの距離を置き、にらみ合うこととなる。
「クッ、ようやく止まったか。だけどこっちも余裕がないぞ」
「それよりも早く、ルーアンを助けないと……」
「そうしたいのはやまやまだけど、敵が許してくれそうにない」
メシャが兄の身を案じているが、こっちはそれどころではない。
どうするか悩んでいると、アルトゥリアスから提案があった。
「私の『圧空障壁』と、タケアキの『土壁防御』で敵を防いでる間に、敵を削り取るしかないでしょう」
「それしかないか……前にやった精霊の暴走は?」
「あいにくとこの広い空間では、『精霊暴走』の効果は望めません」
「くそっ……それなら、地道に削るしかないな」
それから俺たちの、絶望的な戦いが始まった。
俺たちは動き回りながら、”圧空障壁”と”土壁防御”を行使する。
そこで動きの止まった敵に、前衛陣が攻撃していった。
しかしガルバッドとルーアンを欠いた状態では、それも容易ではない。
そんな中で、ニケが必死で奮戦していたものの、やがてそれにも限界が訪れた。
「ああっ、あたしのぶきがっ!」
ニケの愛剣として活躍してきたナタが、ブルの角に当たり、とうとう砕け散ったのだ。
戦闘中にもかかわらず、動きを止めてしまったニケに、ブルが襲いかかる。
「ニケぇっ!」
ブルの角に引っ掛けられたニケが、血を撒き散らしながら、宙を舞う。
それを見た途端、俺の中で何かがキレた。
『精霊暴走!』
そして俺の意識は、そこでプッツリと途絶えたのだ。
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誰かに肩を揺さぶられているのを感じ、俺の意識が覚醒する。
その途端、猛烈な頭痛が俺を襲った。
「つっ……」
「大丈夫ですか? タケアキ」
ひどい頭痛のおかげで、すぐには返事もできない。
それでも次第に痛みが治まってくると、アルトゥリアスに訊ねる。
「ニケは、ニケは大丈夫か?」
「今、メシャが見ています。おそらく大丈夫だと思いますが……」
その時、ちょうどメシャがニケを抱えて現れた。
「タケアキ。ニケちゃんは大丈夫だよ。ケガはしてるけど、命に別状はないから」
「そ、そうか」
安堵して周囲を見てみれば、そこには異様な光景が広がっていた。
そこらじゅうの地面から石の槍が突き出し、スタンピードブルを串刺しにしていたのだ。
俺の背ほどもある石の槍が、まるで剣山のように林立している。
「アルトゥリアス。これは一体、なに? 何が起きたの?」
「覚えていないのですか? タケアキ……いえ、それも無理はないのかもしれませんね」
アルトゥリアスはひどく驚きながらも、すぐに納得して言葉を続ける。
「これはタケアキが、地精霊を通じて、『精霊暴走』を発動させた結果ですよ。おそらくニケさんが傷つけられた反動で、タケアキの魔力が暴走したのでしょう。その結果、かつて見たことのないほどの、変動が起きたようです」
「……そうだ。ニケが吹き飛ぶのを見て、何かやったような気がする。ガイアはどうしたのかな?」
「膨大な力を使ったので、精霊界へ戻っているのでしょう。しばらくは顕現できないと思いますよ」
「そうか、ガイアには、悪いことしちゃったな……」
「おかげで私たちは助かったのです。タケアキがいなければ、全滅は間違いなかったですよ」
「そうだよ。私たちが生き残れたのは、ほとんど奇跡みたいなもんさ。ほら、ニケちゃんだよ」
メシャがそう言いながら、俺の横にニケを横たえた。
ニケは胸元の鎧と服が破け、血にまみれているものの、外傷はすでになかった。
おそらく治癒ポーションで治したのだろうが、内部までは完全に治らない。
うっすらと目を開けたニケが、弱々しく声を出した。
「タケ、しゃま……よかったぁ。いきてる、でしゅね」
「ああ、ニケが頑張ってくれたからな」
「ちがう、でしゅ。タケしゃまが、すごいまほう、つかったから、でしゅ」
「それもこれも、ニケのおかげさ」
そう言って頬を撫でると、彼女は弱々しく微笑み、眠りに落ちた。
そんな健気な彼女を見たら、悔し涙が浮かんできた。
「ちくしょう。俺がもっと強かったら、もっと賢かったら、ニケをこんな目に遭わせずにすんだのに」
「それは贅沢というものですよ、タケアキ。おそらくこの状況で生き残ったのは、我々が最初でしょう。でなければ、多少は情報があったはずですからね」
「そうじゃぞ、タケアキ」
ここでガルバッドが、足を引きずりながら現れた。
それに続いて、ルーアンも姿を見せる。
2人ともボロボロだが、命に別状はなさそうだ。
「ああ、あの状況で生き残ったのが、いまだに信じられねえぜ。9層の死亡率が異常に高かったのは、あのせいだったんだな」
「まあ、そればかりではないでしょうが、大きな要因でしょうね。それを迷宮のイタズラと見るか、悪意と見るか……」
「悪意だろう、間違いなく」
「さあ、どうでしょう。いずれにしろ、スタンピードブルの魔石と角を、回収してしまいましょうか。タケアキは休んでいてください」
アルトゥリアスの提案に、ルーアンとメシャ、ガルバッドがぼやきながらも動きだす。
「もうちょっと休みたいとこなんだが、金貨が消えるのは見逃せねえな」
「かなりキツイけど、お金には替えられないよね~」
「うむ、これだけ苦労したからには、多少は取り返さんとな」
疲れた体にムチ打って動く彼らを、俺はボーッと眺めていた。
実際問題、動きたくても動けなかったからだ。
頭痛はとうに治まっていたものの、体中の力が抜けて、思うように動けない。
仕方ないので、ニケのかわいい寝顔を眺めながら、体を休めていた。
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魔石と角を回収すると、俺たちは守護者部屋へ向かって歩きだす。
俺はルーアンに肩を貸してもらいながら歩き、ニケはメシャに抱かれている。
そして守護者部屋の前に到達すると、アルトゥリアスが水晶に手を触れた。
すると部屋の中が顕になったものの、そこには何もいなかった。
「やっぱりあれが、守護者だったんだ」
「どうやらそのようですね」
「しかしなんでこの階層では、こっちに出てきたんかのう?」
「だから迷宮の悪意だって。あ・く・い」
「だよね~。ちょー意地悪ぅ」
「クエ~」
そんなことを話しながら10層へ降りると、水晶部屋から地上へと帰還する。
買い取り所で魔石を売却すると、今日だけで金貨10枚を超えた。
スタンピードブルとは、それほどの強敵なのだ。
そしてギルドに寄って、今日起きたことを報告する。
「あら、”女神の翼”の皆さん。ずいぶんお疲れのようね。ていうか、ボロボロじゃない」
「まあね。実は9層について、重大な報告があるんだけど」
「え?……ひょっとして、9層を突破したの?」
「ああ、後で昇格の手続きも頼むよ」
「了解しました。それではこちらへ」
俺たちは会議室へ案内され、ステラとその上司に報告をした。
それを聞いたステラが、青い顔でつぶやく。
「9層の死亡率の高さに、そんな秘密があっただなんて……よく生き残れたわね?」
「俺たちには、勝利の女神がついてるからな」
そう言ってニケの頭を撫でると、彼女がドヤ顔で胸を張る。
「タケしゃまが、たすけてくれたでしゅ」
「ほんと、あなたたちって、しぶといわね」
呆れたようにいうステラの言葉も、今の俺にとってはどうでもよかった。
今回は奇跡的に生き残れた。
しかし迷宮には、悪意が蠢いている。
そんな悪意に負けないため、俺はもっと強くならねばいけない。
俺とニケの未来を、自分たちで掴み取るために。




