45.守護者の罠
俺たちは9層で、暴走牛の急襲を受けた。
みんなの奮戦で、なんとか敵を殲滅したものの、こちらも満身創痍で、きわどい状況だった。
「ブハーッ、なんとか生き残ったな」
「傷だらけだけどね、アイタタ」
「しかしまあ、生き残れただけでも幸いじゃろう」
「そのとおりですね」
そんな中、今回も大活躍だったニケが、俺に駆け寄る。
「タケしゃま、だいじょぶでしゅか?」
「ああ、ニケもがんばってくれたからな。ケガは大丈夫か?」
「たいしたこと、ないでしゅ」
そう言う彼女は、致命傷ではないものの、体のあちこちにケガを負っている。
先の戦闘がいかに厳しかったか、分かるというものだ。
そんな彼女に治癒ポーションを渡そうと思っていたら、アルトゥリアスが警戒を促す。
「あまりゆっくりしている暇は、なさそうですよ。まだ他にも群れが、残っています」
「ああ、そうだね。魔石だけ回収して、8層へ引き返そうか」
「ええ、それがいいでしょう」
俺たちは手分けして魔石を回収すると、急いで来た道を戻った。
そして8層で夜営に適した場所を見つけると、ようやく警戒を緩めることができたのだ。
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「フウッ、ようやくひと息つけるな」
「まったくじゃ。ちょっと早いが、飯にするから待っちょれ」
「頼むよ。俺たちは結界を張ってくる」
それからアルトゥリアスと一緒に結界を張ると、俺は地面にへたり込んだ。
さっきの戦闘で、がんばり過ぎたせいだ。
そんな俺を、ニケが心配してくる。
「ほんとに、だいじょぶでしゅか? タケしゃま」
「ああ、大丈夫だ。ちょっと疲れてるだけだって」
するとルーアンが話に加わってくる。
「タケアキは大活躍だったからな。さっきは凄かったじゃねえか」
「ん~、まあね。いざという時のために練習しといて、よかったよ」
「うむ、土の壁に複数の石槍は、的確な魔法じゃったの。あれがなかったら、ヤバかったかもしれん」
「ええ、まったくです。さすがはタケアキ」
「いやいや、みんなでがんばったおかげさ」
「でもタケしゃまが、いちばんでしゅ」
たしかに”土壁防御”とか、”石槍屹立”の複数発動は役立った。
しかしああいう範囲の広い魔法は、いつも以上に精神と魔力を消耗するのだ。
おかげでひどく疲れた俺を、ニケが心配している。
あまり彼女に心配させないよう、シャキッとしようと思っていたら、ルーアンが深刻な顔でぼやく。
「しかし、のっけからあれじゃあ、先が思いやられるな」
「うん、それはそうだね。これは一度、作戦を練り直す必要があるかな」
「てことは、地上へ戻るのか?」
「う~ん、そうだね。一度戻って、しっかりと休んだ方がいいかも」
みんなの体調を気遣ったのだが、アルトゥリアスはそれを否定した。
「すぐに戻らなければならないほど、疲れてはいませんよ。今晩休めば、8層での活動に支障はないでしょう。ある程度、スタンピードブル対策に目処が付いたら、また9層へ行ってもいいですし」
「う~ん、そっちの方が無駄は少ないか……みんなもそれで構わない?」
「もちろんでしゅ」
「おう、俺もいいぜ」
「儂もじゃ」
「たぶん、大丈夫~」
どうやらみんな、やる気のようだ。
ならば俺にも否はない。
「おしっ、それじゃ今日はしっかり食って、体を休めようぜ」
「アハハ、ルーアンはいつも大食いだけどね」
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それから、対スタンピードブル用の戦術の模索が続いた。
まずは8層でナイフボアの群れを狩り、いかに大群に対抗するかの技術を磨く。
もちろんその試みは1日で終わらず、2日ごとに地上へ戻る日々が続いた。
そうしてある程度自信がつくと、9層でブルと再戦してみる。
最初は苦戦する日々が続いたが、じきに俺の土壁や石槍が様になってきて、だいぶ対抗できるようになった。
さらに仲間たちもブルとの立ち回りに慣れてくると、なんとかなるものだ。
徐々に9層の探索範囲も広くなり、その奥へと立ち入るようになっていく。
ちなみにスタンピードブルは、その角が武器の素材になるらしく、1本銀貨15枚で売れた。
魔石は銀貨25枚と、これまた破格である。
おかげで討伐数は少なくても、それなりの収入は得られていた。
そうして最初の遭遇から半月ほど経った頃、俺たちはかつてないほど、9層の奥まで踏み込んでいた。
やがてとうとう出口側の壁に到達し、さらに念願のモノも発見する。
「あれってひょっとして、守護者部屋じゃない?」
「ええ、たぶんそうでしょうね」
「ふえ~、やっとたどり着いたな……なのになんで、そんな顔してんだ?」
9層の終点部分に、守護者部屋らしき扉が見えたのだ。
それでルーアンが1人ではしゃいでるのだが、俺やアルトゥリアスは厳しい顔をしていた。
なぜなら扉の周辺には、スタンピードブルの群れがたむろしていたからだ。
まだ距離は300メートルほど離れているし、数もせいぜい10匹程度なので、普通ならそれほど脅威ではない。
しかしその群れには、気になる点があった。
「群れの中央にいるやつ、ひと回り大きいよね?」
「ええ、しかも角が赤いですね。普通の魔物ではありませんよ。おそらく、指導個体でしょう」
「……いや、ひょっとしてあれ、守護者じゃないかな?」
俺のその言葉に、ルーアンが反論する。
「おいおい、タケアキ。守護者は守護者部屋にいるから、守護者なんだぜ。なんで部屋の外にいるんだよ?」
「そんなの、分かんないよ。だけど聞いた話では、ここの守護者は大きな牛で、角が赤かったっていうんだ。ただの指導個体かもしれないけど、用心はするべきだ」
「しかし用心するとは言っても、どうするんじゃ?」
「……例えば、日を改めるとか?」
「たとえ日を改めたとして、どうにかなるんか?」
「分かんないよ、そんなの」
ガルバッドに問われるが、俺も答えなど持っていない。
するとアルトゥリアスが助け舟を出してくれた。
「まあまあ、ここで言い争っても、いいことはありませんよ。それにタケアキの言うことにも、私は一理あると思います」
「一理あるって、何が?」
「たしかこの9層では冒険者の死亡率が、異常に高いそうです。スタンピードブルが厄介な魔物であることは事実ですが、それだけで死亡率が高まるとも思えません。それこそ守護者並みの指導個体が、発生するのでもなければね」
その言葉には、俺も大いに賛成だった。
「そう。たとえ守護者であろうがなかろうが、尋常でない強敵である可能性は、高いと思うんだ。ニケはあれ、どう思う?」
「ふえ、あたしでしゅか?……」
俺が意見を求めると、彼女はしばし敵を凝視してから、答えた。
「タケしゃまのいうとおり、すごくつよいやつだと、おもうでしゅ」
「やっぱりそうか。ここはひとつ、仕切り直したいとこだけど……そうも言ってられないようだな」
「どうやらそのようですね。未知の存在であろうがなかろうが、ここで迎え撃つしかありません」
一向に向かってこない俺たちに業を煮やしたのか、ブルの群れが動きだした。
赤い角を持った個体が先頭に立ち、こちらへ移動してくる。
「前衛は守りを固めろ。いつもどおり、土の壁で足を止めるから、あとを頼む。くれぐれも赤ツノには気をつけろよ」
「「「了解」」」
こちらが迎撃態勢を取って待ち構えていると、敵の群れは近づくにつれ、速度を増しはじめた。
巨獣の群れが地響きを立てて押し寄せる中、俺は魔法を行使する。
『土壁防御』
20メートルほど手前に、土の壁がそそり立つと、ほとんどの敵が止まろうとする。
しかし驚いたことに、先頭の赤ツノはそれをものともせずにぶち抜いた。
「まずい! 全員退避っ!」
そう言いながら逃げようとしたものの、とても間に合いそうにない。
するとガルバッドとルーアンが、盾を構えながら、敵に立ち向かった。
「ここは儂らがなんとかするっ!」
「そうだ、お前らはにげ――」
「ルーアーンっ!」
しかしそんな覚悟も虚しく、彼らは宙に舞い上げられた。




