44.悪夢の暴走牛
多数の短刀猪に苦労しながらも、俺たちは着実に8層を踏破していった。
それは主要経路だけでなく、外縁部の探索も怠らない。
さすがに全てを調べ尽くすほどではなかったが、おかげで8層について、多くの情報と成果を得た。
なんといっても外縁部には薬草だけでなく、貴重な鉱石や宝石なども産出する。
それらを採集して売るだけで、けっこうな儲けになった。
さらにはガルバッドが作成した地図も、大きな成果物となるのだ。
「うわぁ、こんなに探索して回ったの? 頭おかしいんじゃない」
「なんちゅう失礼な言い方を。別にいらないなら、買わなくてもいいんだよ」
「あ~、ゴメンゴメン。ぜひ売ってください」
俺たちの探索成果をけなすのは、ギルド受付嬢のステラだ。
こいつは俺たちの専属にでもなったつもりらしく、どんなことにも首を突っ込んでくる。
その挙句にこの物言いだ。
いっぺん、泣かしたろか。
そう思ってにらみつけていると、彼女がヘラヘラ笑いながら言い訳をする。
「そんなに怒らないでよ。実際に7層から下で、こんなにていねいに探索するパーティーなんて、他にいないんだから」
「だからって、その言い方はないだろう」
「だからごめんなさいって。それで、この情報をギルドに売ってくれるってことで、いいのよね?」
「まあね。だけどやっぱり、やめよっかな~」
「もう、そんなこと言わないでよ。これはギルドにとっても、有益な情報になるんだから」
彼女の言うとおり、ギルドにとってこの情報は有用だ。
特に7層より下になってくると、冒険者は余計な回り道をしない傾向にある。
そのため下層への階段へ向かう最短経路以外は、極端に情報が少ないのだ。
そんな中で、どの階層で何が採れて、道がどうなっているかが分かるというのは、非常にありがたい。
ギルドには薬草や鉱石の採取依頼も入ってくるもので、その仕事が割り振りやすくなるからだ。
もし情報の少ない階層での仕事なら、それなりの金額で上位のパーティーに頼まざるを得ない。
しかし情報さえあれば、そこそこのパーティーに任せられるのだから、ギルドとしてはとても楽になる。
そんな事情を踏まえて強気で商談を成立させると、ステラが訊いてきた。
「8層をこれだけ調べたからには、次は9層へ行くのよね?」
「ああ、明日にでも挑むつもりだよ」
俺が何気なく答えると、彼女は深刻な顔で忠告する。
「だったら今まで以上に気をつけなさいよ。9層の暴走牛は、本当にヤバイんだから」
「そんなの当たり前だろ? 4層以降でヤバくなかった相手なんて、いないぜ」
今さら何をって感じで反論すれば、ステラが怒りだす。
「馬鹿っ! 今までの延長で考えていたら、死んじゃうわよ。なんてったって9層は、5層に次ぐ難関なんだから」
「それって、どういう意味?」
「5層のキラービーが、下級冒険者の難関なのは、知ってるわよね?」
「ああ、あの毒針にやられて、死亡者が続出してるんだろ?」
そう言うと、ステラは深くうなずきながら、先を続ける。
「そう。あなたたちはわりと簡単に攻略してるけど、普通はすっごい苦労するのよ。そしてそれは9層にも当てはまるの。ここのスタンピードブルを、8層のナイフボアよりちょっと強いぐらいの感覚で行くと、確実に失敗するわ。いきなり強くなるもんだから、”迷宮の悪意”って言われてるぐらい」
「な~るほど。ひとつ上との格差がひどすぎて、死亡者が続出してるのか。手強いとは聞いてたけど、さすがにそこまでとは知らなかったな」
「そりゃそうよ。9層を突破できる冒険者なんて数が少ないし、私たちみたいに冒険者の動向をチェックしてないと、分かりにくいもの」
ステラが声をひそめながら、教えてくれた。
それはある意味、ギルドの内部情報であり、気を使う内容なのだろう。
あえてそれを教えてくれたことに、俺は感謝の念を覚えた。
「そいつはありがとさん。それだけ俺のことを、心配してくれてるってことだな」
「馬鹿ね。ニケちゃんのためよ」
「またまた、照れちゃって。なんにしろ、参考になったよ。できるだけ態勢は整えるとしよう」
「絶対に生きて帰りなさいよ」
えらそうな物言いだったが、その表情には俺たちを案じる思いが感じられた。
俺はそれをありがたく思いながら、礼を言ってギルドを後にした。
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予定どおりに、翌日から9層にチャレンジした。
7、8層を最短経路で駆け抜けると、いよいよ9層への階段を降りる。
しかしそこにあったのは、予想外の光景だった。
「なんじゃ、こりゃ」
「ひろい、でしゅ」
「草原じゃねえか」
「迷宮じゃありませんね、これ」
そこに広がっていたのは、広大な草原だった。
その空間の向こう端はかすんで見えず、天井も高い。
やはり天井や壁が光っているのか、昼の曇り空ぐらいの明るさもある。
そして草原の上には、ポツポツと動くものが見えた。
「あそこにいるのが暴走牛だろうな。けっこう数が多い」
「ああ、しかもあれ、かなりでかいぞ」
500メートルほど先に10匹ほどの牛が見えた。
その姿は北米に住むバッファローによく似ていて、ずんぐりした体は茶色の毛皮に包まれ、頭部には黒光りする大きな角が付いている。
しかもルーアンが言うように、普通の牛の倍ぐらいはありそうだ。
「本当にでかいな。あれが10匹って、戦う気もしないんだけど」
「ああ、とりあえず、迂回してみるか」
ルーアンの提案で、まずは安全策を取ってみる。
それでしのげるのなら、まだ希望はあるだろう。
俺たちはブルを刺激しないよう、そろそろと歩を進めたが、迷宮の魔物はそれを見逃してくれなかった。
「ヤバい! 気づかれたみたいだぞ」
「マジかよ。どうする? タケアキ」
「迎撃するしかないだろうが。前衛は防御態勢。俺とアルトゥリアスは、少しでも敵を減らすぞ」
そう言ってる間にもスタンピードブルが、地響きを立てて移動しはじめた。
その行き先は、もちろん俺たちだ。
『減圧回廊』
まだだいぶ距離があるが、アルトゥリアスが矢を撃ちはじめた。
風精霊によって作られた低圧経路に沿って、目にも留まらぬ速度で矢が飛んでいく。
そのうちの何本かは、ブルの急所に当たり、敵に悲鳴を上げさせた。
しかし10匹の猛牛を止めるには、あまりに力不足である。
ほとんど勢いを弱めずに、敵が15メートルほど手前に迫っていた。
その瞬間、俺は新たな魔法を行使する。
『土壁防御』
すると幅10メートル、高さ1.5メートルほどの壁が、敵の前にそそり立った。
10匹ものブルがその壁に突っこみ、突進の勢いが止められる。
「ヴモーッ」
「ブフーッ」
しかし奴らはそこで諦めず、その角で壁を打ち砕き、壊してしまう。
「チッ、足りなかったか。だけどこれで終わりじゃないぞ。『石槍屹立』」
「ヴモーッ!」
「ブヒーッ!」
動きを止めた猛牛の群れの足元から、2本の槍が突き上がる。
おかげで2匹のブルが串刺しになったものの、それが残りのブルの怒りに火をつけたようだ。
奴らは盛大に鳴き声を上げ、角を振り回して突撃の構えを見せた。
『疾風迅雷』
しかしそんな威嚇をものともせず、飛び出した影があった。
小さな影は瞬時にブルとの距離を詰め、銀色のナタを振り下ろす。
『鋭刃金剛』
「ヴモーッ!」
ニケが新たに身に着けた、武器強化の魔法によって、その刃がブルの頭をかち割った。
するとそれに負けじと、ルーアンやメシャも飛び出していく。
「俺も負けねえぜ」
「わたしも」
『減圧回廊』
さらにはアルトゥリアスの弓射も加わって、次々とスタンピードブルに痛手を与えていく。
足の遅いガルバッドだけはそばで盾を構えているが、おかげで俺やアルトゥリアスは安心して攻撃ができる。
『石槍屹立』
俺も攻撃に加わったことで、じきにスタンピードブルの群れは、殲滅されていた。
たしかに9層の敵は厄介そうだが、この仲間たちとなら切り抜けられる。
そんな手応えも感じていた。




