43.迷宮の暴れ者
ルーアンとメシャを加えての探索行は、想像以上に順調だった。
まるで虫のように次から次へと出てくる影狼を、ちぎっては投げ、ちぎっては投げしているうちに、あっさりと8層へ到達したのだ。
「さて、ここからはまた違った戦いになるぞ。ここに出てくる短刀猪は、数こそ少ないものの、格段に手強くなるからな」
「たのしみ、でしゅ」
「強い敵を楽しみとか、頭おかしいぜ。しかもその歳で……」
ワインレッドの瞳をキラキラさせているニケを、まるで狂人のように言うルーアン。
俺の女神になんということを。
すると俺が口を出す前に、メシャが彼をたしなめた。
「こら、そんなこと言わないの。ニケちゃんはかわいいんだから」
「だから余計にだよ!」
なんか言い合いをしているが、たしかに彼の言うことも分からないではない。
しかし獣人種というものは、元々そういうのが多い連中なのだ。
加えてニケの体力や鍛錬を怠らないその姿勢は、大人に負けていない。
ルーアンもそれは知っているので、決してニケを馬鹿にしているのではないだろう。
しかし見た目が幼女なニケに、少なからず頼っているのを、歯がゆく思っているのかもしれない。
そんなやり取りも一段落して、8層の探索を開始する。
「さて、先へ進むぞ」
「あい」
最も感覚の鋭いニケを先に立て、慎重に進むと広い空間が見えてきた。
そこには言うまでもなく、迷宮のイノシシが待機している。
それは体重が100kgはありそうな魔物で、名前の由来である鋭い牙を生やしていた。
その数、3匹。
「1匹は俺が倒すとして、残りは2人がかりでやろうか。ニケとガルバッド、ルーアンとメシャがペアだ。アルトゥリアスは援護を頼む」
「おう、いいぜ」
「やるでしゅ」
「了解です」
それぞれに役割を振ると、俺は部屋の外から土魔法を行使した。
『大地拘束』
「ブギイッ」
地精霊が敵の足元を操作し、1匹の足を絡め取る。
そいつは突然の拘束に驚き、暴れて逃れようとする。
しかしそうはさせじと俺が、2の矢を放つ。
『石槍屹立』
「プギャァァァァッ!」
地面から立ち上がった槍が、イノシシの腹部を貫いた。
そいつはしばし暴れた末に、息絶える。
そしてその間に前衛陣は、残りのイノシシに襲いかかっていた。
「えいっ!」
「どっせい!」
「ブヒィィッ」
足の速いニケが敵に斬りつけて注意のそれたところに、ガルバッドが盾ごとぶつかった。
「えいやっ」
「とうっ」
「ブゴゴゴッ!」
もう一方のイノシシにも、メシャとルーアンが斬りかかる。
いきなり切られた敵が激怒して反撃したものの、ルーアンたちはすばやく攻撃をかわしてみせる。
『減圧回廊』
そこへアルトゥリアスが、的確に矢を撃ち込み、敵の体力を奪っていた。
手が空いた俺も、要所で”大地拘束”を行使し、前衛をサポートする。
おかげで5分もしないうちに、残りのナイフボアを降すことができた。
「ハァッ、ハァッ……さすがは、8層。なかなか手ごわいじゃねえか」
「アハハッ、そのわりに、余裕そう、だったじゃん」
「ブハアッ……たしかに、しんどかったが、危険は、感じなかったのう」
息を弾ませながらも、満足そうに会話を交わす仲間に近寄る。
するとニケがナイフボアを切り開き、魔石を取り出してくれた。
「タケしゃま、ませきでしゅ」
「おっ、ありがとな、ニケ。さすがに大きな魔石だな」
「あい♪」
いつものように頭を撫でてやると、彼女は尻尾をフリフリしながら顔を輝かせる。
ニケが誇らしげに掲げる魔石は、クルミほどもあり、黒曜石のような輝きを放っていた。
おそらくシャドーウルフの倍は、高値がつくであろう。
ここでアルトゥリアスから提案が出される。
「ナイフボアは牙も売れますからね。忘れずに取っておきましょう」
「ああ、そうだったね。みんなで手分けして、取ろうか」
「おう、任せろ」
その名前の由来となっている牙は、長さは20センチ以上あり、ナイフのように鋭かった。
これは6層のアサシンマンティスのカマと一緒で、魔法的な処理を施して武器にできる。
上手くやれば、強度や魔力伝導性に優れた武器になるんだとか。
俺たちは手分けをして魔石と牙を採取すると、軽く休んでからまた探索を再開した。
その後も3~4匹のナイフボアを倒しながら、8層を順調に進む。
合計で20匹ほどを倒した時点で、いい時間になったので、地上へと帰還した。
そこで魔石を売却すると……
「金貨3枚……1個で銀貨15枚か。いい値段だな」
「すげえ。さすがは8層だな」
ナイフボアの魔石が銀貨15枚で売れたので、金貨3枚の収入だ。
さらにその牙が1本当たり、銀貨10枚なので、40本で金貨4枚となる。
その前にシャドーウルフも狩っていたので、今日の収入は金貨8枚を超えた。
1人当たり金貨1枚以上の収入とは、破格である。
もっとも、俺たちの収入の3割は、パーティー全体の支出を賄うサイフに回される。
これで住居費や諸々の生活費、武器のメンテ費用や、迷宮の探索物資の購入に充てられている。
ちなみに武器のメンテだが、優秀な職人であるガルバッドがやってくれるので、かなり安く済んでいる。
ぶっちゃけると、材料費プラスアルファって感じだ。
しかも彼は買ったばかりの竜車を改造し、購入前よりも快調にしているし、借家の設備も修理改良して、俺たちの生活を便利にしてくれる。
おかげで最近は生活が快適になり過ぎて、彼がいなくなったらどうなるのかと、心配するくらいだ。
ガルバッド、マジ有能。
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その後も順調に、8層の探索は進んでいった。
7層と同じように、奥へ進むほど数は増えるのだが、最高でも6匹までだった。
その場合はまずは俺が1匹を潰し、前衛にゼロスも加えて1対1に持ち込んだ。
さすがに1対1でまともにやりあえるのは、ゼロスぐらいのものだ。
いつの間にか大きく成長したゼロスは、ナイフボアと正面からぶつかり合っても、ひけを取らなくなっている。
その立派な角で敵を迎え撃ち、手ひどい傷を負わせるほどだ。
その他のメンバーはさすがに正面からはヤバイので、ヒラリヒラリとかわしながら翻弄するパターンである。
唯一、足の遅いガルバッドが苦戦しているが、彼は盾も使ってなんとかしのいでいる。
その間に俺とアルトゥリアスが魔法と弓矢で支援すれば、倒しきるのも困難ではない。
「ブハ~ッ……疲れた!」
「ああ、まったくだ。命がいくつあっても、足りねえよ」
「私もヤバイ~」
とはいえ、苦戦しているのも事実だ。
なんとか敵を倒したガルバッド、ルーアン、メシャは、すぐにその場にへたり込んでしまう。
そんな中、ニケだけは敵の魔石を取り出すと、俺のところに持ってくる。
「タケしゃま、ませき、とったでしゅ」
「ああ、いつもありがとな。少し休め」
「あい♪」
どんなに疲れ、汗を流していても、ニケは同じことをする。
そして俺は決まって、そんな彼女の頭を撫でてやるのだ。
本当に嬉しそうに笑う彼女を見て、俺は改めてその笑顔を守りたいと思っていた。




