38.猫人の兄妹
新たな精霊術を身に着けた俺たちは、7層の前半部分を順調に探索していった。
ただし戦法を考え直すためもあって、主要経路以外の外縁部も、丹念に探索していく。
その過程でまた薬草を見つけたり、ミスリルなどの鉱石も発見できているので、稼ぎもなかなかのものだ。
しかし7層の後半に入った辺りから、急に難易度が上がった。
「うわっ、また出てきた。みんな、迎撃だ」
「せわしいのう」
「まったくです」
「うっとうしい、でしゅ」
「クエ~」
新たに遭遇した10匹ほどの影狼に、俺たちは対応する。
さすがにこれだけいると、ニケとガルバッドは防戦一方だ。
彼らが前線を支えている間に、俺とアルトゥリアスが後方から攻撃を放つ。
数が多いので俺は散弾をぶっぱなし、アルトゥリアスが弓矢でとどめを刺すのが最近のパターンである。
それでも手が足りなくて、前衛を抜けようとする敵を、ゼロスが食い止めてくれたりする。
最近のゼロスはイノシシよりも大きくなり、鼻の上の角も立派な武器になっていて、なかなかに頼もしい。
しかし大きくなったおかげで、問題も出ていた。
ゼロスは清潔で賢いため、今までは宿への連れ込みも大目に見られていたのだが、とうとう断られてしまった。
仕方なく近くの厩舎に預けているのだが、悲しそうな声を出されるのが辛い。
なのでいずれは、彼も一緒に住める家を探そうと思っている。
数分後、みんなの奮戦でなんとか敵を撃退したものの、俺たちは疲労困憊だった。
「ウハ~、つっかれたな~」
「ほんと、でしゅ」
「たしかに、少々しんどいですね」
「……」
「クエ~」
1,2回ぐらいならまだしも、何回も続けて襲撃を受けると、さすがにうんざりする、
俺たちは地面にへたり込んで、動く気にもなれなかった。
特に多くの敵を引き受けていたガルバッドは、言葉も出ないほどだ。
「ませき、とるでしゅ」
しかしいつまでも休んでいると、魔石が迷宮に取り込まれてしまう。
それを心配したニケが、真っ先に動きだした。
さすがに幼女だけに頼るわけにもいかず、俺とアルトゥリアスも重い腰を上げる。
「う~、しんどい」
「めんどう、でしゅ」
愚痴を言いながらも、俺たちはシャドーウルフの胸を切り開き、魔石を回収していく。
この魔石は1個で銀貨7枚にもなるので、捨てるにはあまりにも惜しい。
なんだかんだ言って、今日の収穫はすでに40個を超えるので、金貨3枚近い収益だ。
ひと通り魔石を回収すると、俺たちは改めて地面に腰を掛け、休憩を取った。
「しっかし、なんでこんなに多いのかね? シャドーウルフは」
「元々、集団型の魔物なので、こんなものでしょう。迷宮は下へ行けば行くほど、敵が厄介になるのも常識ですし」
「それはそうなんだけどね~……そういえば他のパーティーは、どうやって対処してるのかな?」
ふと気になった疑問を口にすると、ガルバッドが教えてくれた。
「さすがに7層以下に潜るパーティーは、フルメンバーで潜っとるぞ。うちはゼロスを入れても半分じゃからの。しんどいのも当然じゃ」
「結局そこに行き着くのか……だけどよく10人ものメンバーを、統制できるもんだよね」
するとアルトゥリアスが苦笑しながら言う。
「他のパーティーも、決して楽ではありませんよ。メンバーが多いほどトラブルも起きますし、信頼できる者を見つけること自体が難しいですからね。まあ、それを乗り越えたものが、一部の上位パーティーとして君臨できるのでしょう」
「なるほどねえ……なんにしろ、今日はもう帰ろうか」
「ええ、その方がよさそうです」
「さんせい、でしゅ」
「賛成じゃ」
「クエ~」
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その後はほとんど魔物にも遭わず、地上へ帰還することができた。
そして早めの夕食を兼ねていつもの酒場へ入り、酒を飲みはじめる。
「プハ~ッ、五臓六腑に染み渡るな」
「ああ、まったくじゃ」
「しみるでしゅ」
もちろんニケはジュースだが、俺たちが揃って疲れを顕にするのを見て、アルトゥリアスが苦笑する。
「皆さん、お疲れですね。しかし人員不足をどうにかしないと、この先が思いやられます」
するとそれを聞いていたのか、隣の席の客が話しかけてきた。
「なあ、あんたら。メンバーを探してるのか?」
そう問いかけてきたのは、オレンジの髪が目立つ、獣人の男性だった。
おそらく猫人族であろう彼は、同族の女性を連れていた。
「ああ、そうだけど、あんたらは?」
「俺はルーアン。こっちは妹のメシャ。最近、故郷から出てきたばかりの、冒険者だ」
「へ~。俺はタケアキだ」
「ニケでしゅ」
「アルトゥリアスです」
「ガルバッドじゃ」
悪い奴ではなさそうだったので、こちらも名乗る。
ちなみにゼロスは外で待機中だ。
体がでかくなり過ぎて、とうとう店にも入れてもらえなくなった。
俺たちの反応を見て、ルーアンがほっとした顔をする。
「良かった。あんたらはやっぱり、差別しないんだな」
「差別?」
俺の疑問には、アルトゥリアスが答えてくれた。
「ここは人族中心の国ですからね。実績の無い獣人などは、相手にされない場合が多いのですよ」
「ああ、そういうことか。まあ、別に名乗るぐらい、どうってことないだろ?」
しかしルーアンは苦笑しながら続ける。
「いや、そうでもないんだ。ほとんどの奴らは、口も聞いてくれないんだぜ。寄ってくるのは、俺たちからむしろうと考えてる、悪党ぐらいのもんさ」
「ふ~ん、大変だね。それで、何か用?」
「ああ、実は俺たちも、仲間に入れてくれるパーティーを探してるところなんだ。良ければ、お試しで使ってみてくれないかな? 最初の分け前は、食い扶持だけで構わない」
ルーアンは真剣な顔で頭を下げる。
俺は突然の売り込みに戸惑い、なんとなく妹の方に目をやると、彼女はにっこりと笑いながら、ウインクをしてきた。
ちょっと吊り目がちでキツそうだが、なかなかに魅力的な女性ではある。
そんな彼女の行動にドギマギしつつ、俺はアルトゥリアスたちに話を振った。
「み、みんなは、どう思う?」
「私は悪くないと思いますよ。とりあえず浅い層で、実力を見ればよいのでは?」
「そうじゃな。儂も反対はせんぞ」
そこでニケに目をやると、なぜか彼女は毛を逆立てて怒っていた。
「お、おい、ニケ。どうしたんだ?」
「タケしゃまに、いろめつかったでしゅ」
「なんでそれをお前が怒るんだよ……」
予想外の答えに呆れていると、妹の方が喋る。
「あら、ごめんね。お嬢ちゃんの大事な人なんだね。私は手を出さないから、許して欲しいな~」
「なんかしんよう、できないでしゅ」
ジト目のニケが、妹の方をにらんでいる。
俺は苦笑し、ニケをたしなめようとすると、ルーアンとメシャの胸元が、キラキラと光るのが目に入った。
ああ、これは当たりみたいだな。




